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SHADOW MATRIX /AIによる人類滅亡寸前の未来とそれを救う九つの鍵【23世紀 → 平安初期編】  作者: 九頭龍雷電


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6/16

第5話 もう一人のKAITO / THE OTHER KAITO

「もう一人のお前だ」



頼光の冷徹な宣告と同時だった。


北門の方角から、世界を揺るがすような凄まじい轟音が爆ぜた。



ドン――ッ。



屋敷全体が根底から揺さぶられ、古びた天井から細かな埃の雨がパラパラと落ちてくる。



[ WARNING ]


[ MATCHING SIGNATURE DETECTED ]


[ IDENTITY : KAITO ]


[ DISTANCE : 2.3 km ]



「……来てる」



KAITOは青く光るディスプレイを、血走った目で睨みつけた。



2.4キロ。


2.3キロ。



冷酷な数字が、確実に縮まっている。


こちらへ向かって。


逃げ場のない速度で。



「頼光」



KAITOは振り返る。



「そいつは……本当に俺なのか?」



頼光は、抜き身の刀を握ったまま、微動だにせず答えた。



「顔も、声も、同じだ」


「端末もか?」


「ああ」



KAITOの乾き切った喉が、かすかに鳴った。



「……そんなはずがない」



「この夜に」



頼光は静かに、しかし絶対的な重みを持って言い放った。



「あり得ることなど、もう一つも残っておらぬ」



その言葉を遮るように、障子が荒々しく引き裂かれた。



「頼光様――ッ!」



血まみれの兵が、広間へと転がり込むように駆け込んでくる。



「北門、突破されます!」


「鬼の数、およそ五十……!」


「さらに後方から、次々と増援が!」



頼光の表情が、一瞬で切り替わった。



人間に過ぎなかった男から、


血に飢えた戦場を支配する「修羅」へと。



「綱」


「はっ」


「北門を死守しろ」


「承知」



「金時」


「おうっ!」


「正面の群れを根こそぎ潰せ」



坂田金時が、規格外の巨体を揺らしながら、自身の背丈ほどもある巨大な鉞を無造作に肩へ担いだ。



「五十か。山で熊を相手にしてた頃より、ずいぶん賑やかだな」



綱が横目で金時を見る。



「熊と鬼を一緒にするな、金時」



「俺には大して変わらねえよ」



金時の口元に、獣のような笑みが浮かぶ。



「なあ、頼光様。何匹までなら皆殺しにしていい?」



頼光は、一瞥もくれずに冷たく言い捨てる。



「数える暇があるなら、一匹残らずだ」



金時が、獣のように笑った。



「――ヒャハッ、それでこそ俺の頼光様だ!」



「貞光、季武」



二人の武者が、同時に深く頭を下げる。



「左右の路地を完全に塞げ。一匹たりとも民を北へ逃がすな」



「「御意ッ!」」



四天王が、それぞれの戦場へと一斉に弾き出された。



だが――。



KAITOだけは、その場から一歩も動けなかった。



網膜に固定された端末の数字から、目を離せなかったからだ。



[ DISTANCE : 2.1 km ]



また縮まった。



「KAITO」



頼光が、初めてその名前を呼んだ。



迷いのない、絶対的な統率者の声で。



KAITOが、強張った顔を上げる。



「来い」


「どこへ行く気だ」


「確かめたいのだろう」



頼光は、燃え盛る北の空を見据えた。



「お前自身を、な」



二人は、崩れかけた屋敷の戸を蹴破り、狂乱の夜へと飛び出した。



冷たい雨。


紅蓮の炎。


人々の叫び。



一歩外へ踏み出した瞬間、そこは再び、地獄の底のような現実へと引き戻された。



北へ向かう大路を、血まみれの兵たちが次々と退避していく。



その向こうの闇から、悍ましい巨影がいくつもうごめいていた。



鬼。



一匹や二匹ではない。



何十体もの異形の怪物が、燃え崩れる建物の隙間を埋め尽くしている。



「こんな数……人間が勝てるわけないだろ……!」



KAITOが息を呑んだ、その刹那。



先頭を走っていた巨大な鬼が、足場の悪い石畳を蹴って跳んだ。



逃げ惑う兵たちの頭上を飛び越え、一直線に頼光の首筋へと襲いかかる。



だが――。



頼光は、足を止めない。



流れるような動作で、愛刀を振り抜く。



一閃。



重い肉体が裂ける音すら置き去りにし、鬼の巨体が宙でねじ曲がって地面へと叩きつけられた。



KAITOの瞳孔が開き切る。



速い。



先ほど見た綱の剣とも違う。



綱の剣が「鋭利な死」だとすれば、頼光の剣は――



迷いがない。



斬る前から、その怪物がどこで息絶え、どう倒れるのかの「設計図」が完成しているような、絶対的な死の軌道だった。



二体目。



三体目。



頼光は走りながら、無駄な動作一切なしで鬼を屠っていく。



無駄に追わない。


足を止めない。



自分の進路を塞ぐ「障害物」だけを、ただ機械的に排除していく。



背後から、負傷した兵が追いつく。



「頼光様、ここは危険です……っ!」



「負傷者を南へ送れ」



頼光は振り返りもしない。



「北の道を完全にあけろ」



「しかし、鬼の群れが――」



「綱がいる」



その言葉を証明するかのように、遥か彼方の闇で銀色の閃光が幾重にも走った。



鬼の巨体が崩れ落ち、地面に沈む。



渡辺綱。



さらに。



別方向から、地鳴りのような衝撃。



坂田金時が巨大な鉞を横薙ぎに振り抜いた。



轟音。



数体の鬼が、砕けた石畳とともにまとめて吹き飛んだ。



「うおおおオオオッ!!」



KAITOは、圧倒され、言葉を失っていた。



伝説。



神話。



後世の人間が作り上げたお伽話。



そのすべてが、今、目の前で血と肉を持った現実として暴れている。

挿絵(By みてみん)



だが――。



KAITOの左こめかみの端末は、そんな神話の光景を嘲笑うかのように、別の異常な現実を突きつけていた。



[ MATCHING SIGNATURE ]


[ DISTANCE : 1.4 km ]



「……速すぎる」



KAITOは掠れた声で呟いた。



さっきまで二キロ以上離れていたはずだ。



もう1.4キロ。



向こうも走っている。



こちらに向かって――



いや。



KAITOは反射的に、端末のマップ機能を開いた。



二つの点。



自分。



そして、もう一人のKAITO。



その移動軌跡を見た瞬間、背筋の髄まで凍りついた。



「俺に向かって……るんじゃない」



頼光が、横目で冷ややかに問う。



「何だというのだ」



KAITOは、震える指でマップを拡大する。



もう一人のKAITOが突っ走る、その進路の先。



そこには、自分以外の――別の「強烈な反応」が鎮座していた。



[ LOST KEY SIGNAL ]


[ DISTANCE : 0.8 km ]



「こいつ……」



KAITOの呼吸が、恐怖で浅くなる。



「LOST KEYに向かってる……!」



頼光の双眸が、鋭い刃のように細められた。



「やはりか」



「知ってたのか……ッ!?」



「三日前にも、奴は全く同じ場所を探していた」



「なんでそれを早く言わない!」



「お前がどちらの側に属する人間か、見極められなかったからだ」



KAITOはその場で足を止めた。



「……どちら側、だと?」



頼光もまた、泥濘の中で足を止める。



降りしきる雨が、二人の間の空気を冷たく冷やしていく。



「三日前に現れたお前は、私にこう言い残した」



頼光の低く、底冷えのする声が響く。



「『次に現れる自分を、絶対に信用するな』と」



KAITOの顔から、血の気が一瞬ですべて引いた。



「……何を、言ってるんだ」



「そして」



頼光は、逃げ場のない眼差しでKAITOを捉える。



「『次に現れるお前もまた、同じ恐怖を抱えてここへ来るだろう』と、な」



「待てよ……!」



KAITOの脳髄が、追いつかない思考に焼き切られそうになる。



「じゃあ、あいつは……一体何なんだよ……!」



その時。



こめかみの端末が、脳を直接殴りつけるようなけたたましい警告音を鳴らした。



[ LOST KEY SIGNAL : CRITICAL ]


[ MATCHING SIGNATURE : 620 m ]


[ ACTIVATION SEQUENCE : 31% ]



31%。



起動の閾値へ向けて、数字が跳ね上がっていく。



「ふざけんな……上がってる……っ!」



KAITOは絶叫し、再び泥を蹴って走り出した。



[ DISTANCE : 510 m ]


[ 430 m ]



雨のカーテンの向こう。



崩壊した古寺の境内。



その中心に、信じられないものがそびえ立っていた。



巨大な鳥居。



だが、それはKAITOがこの時代へ落ちてきたときに見た『TIME GATE』とは違う。



遥かに古びており、石造りの柱の半分はすでに地面の泥に沈み込んでいる。



そしてその表面には――



生々しいまでに青紫色の二十三世紀のデジタルコードが、蛇のように這いずり回っていた。



「なんだ……あれは」



平安時代の宗教的遺構。



その骨組みを、未来のバグコードが侵食している。

挿絵(By みてみん)



[ LOST KEY : 01 ]


[ DISTANCE : 280 m ]


[ MATCHING SIGNATURE : 190 m ]



近すぎる。



目の前だ。



KAITOは荒い息を吐き出しながら、崩れた石垣を乗り越えた。



雨粒と炎の粉が視界を遮る。



その向こうの、鳥居の根元。



一人の男が立っていた。



背中を向けている。



黒いコートのシルエット。



そして、その左こめかみで――



全く同じ、冷徹な青い光が明滅していた。



KAITOの足が、ぴたりと凍りついたように止まる。



端末が、狂ったように痙攣する。



[ MATCH FOUND ]


[ IDENTITY : KAITO ]


[ GENETIC MATCH : 100% ]


[ BIOMETRIC MATCH : 100% ]


[ NEURAL SIGNATURE MATCH : 100% ]



「……嘘だろ」



男が、ゆっくりと、首を回す。



KAITOは、呼吸の仕方を忘れた。



同じ顔。



同じ瞳。



同じ肉体。



鏡ではない。



ホログラムの残像でもない。



そこに、完璧にももう一人の「自分」が立っていた。



ただ一つ。



決定的に違うものがあった。



目の前の男の「目」に宿るもの。



今の自分にはまだ無い、昏い光。



極限の疲労。



凍てついた怒り。



そして――



すべてを奪われ、世界の底で壊れ切った人間だけが持つ、底無しの絶望。



「お前……」



KAITOが、血を吐くような声を絞り出す。



もう一人のKAITOは、何も答えない。



その右手に握り締められていたのは――



第3話で鬼の肉体から現れたものと、まったく同じ禍々しい光を放つ「黒い欠片」だった。



端末が、警告の警報音を絶叫に変える。



[ LOST KEY SIGNAL ]


[ ACTIVATION SEQUENCE : 46% ]



「それを……どこで手に入れた」



沈黙。



「お前は、誰なんだよ……!」



沈黙。



「俺の……未来の姿なのか……!?」



もう一人のKAITOが、初めて、その唇を動かした。



聞こえてきたのは、他でもない、自分自身の声だった。



「――遅かったな」



KAITOの全身の血液が、一瞬で凍りついた。



頼光が口にしたのと同じ、忌まわしい台詞。



「……何がだ」



もう一人のKAITOは、手の中の黒い欠片を虚ろな目で見据えた。



「ここまで来るのに……」



ゆっくりと、顔が上がる。



「俺は、三回失敗した」



KAITOの眉が、激しく波打つ。



「三回……だと?」



「お前は……四人目だ」



この世界の構造から、音がすべて剥ぎ取られた。



理解が追いつかない。



処理能力が焼き切れる。



「何を……わけのわからないことを……っ!」



もう一人のKAITOが、一歩だけ歩み寄る。



[ PARADOX LEVEL : CRITICAL ]


[ TEMPORAL CONFLICT ]



「俺たちは――未来から過去へ落ちてきたんじゃない」



もう一人の男が、冷たく言い放つ。



「じゃあ……俺たちは何なんだよ……!」



微かな沈黙のあと、残酷な真実が落とされる。



「何度も何度も、この絶望の夜へ……引き戻されてるんだよ」



遠雷。



夜空が、眩いほどの白銀の光に引き裂かれた。



その瞬間。



二人のKAITOの間で、黒い欠片が共鳴するように激しく発光した。



[ LOST KEY : 01 ]


[ ACTIVATION SEQUENCE : 51% ]



50%の壁を、完全に突破した。



大地が、めりめりと音を立てて割れ始める。



古代の鳥居に這いつくばっていた青紫色のコードが、一斉に逆巻くようにスパークした。



「KAITO――ッ!!」



背後から、頼光の絶叫が響き渡る。



見れば、頼光、そして四天王の面々が、尋常ではない速度でこちらへ迫っていた。



もう一人のKAITOの表情が、わずかに歪んだ。



「……始まった」



「何が始まると言うんだ……ッ!」



もう一人のKAITOは、恐怖に満ちた目で、足元の鳥居を見下ろした。



そして、人生で一度も見せたことのないような、剥き出しの怯えを浮かべて告げた。



「――最初の鍵が、開く」

挿絵(By みてみん)



――第5話 END

次話


第6話 最初の鍵 / THE FIRST KEY


THE GATE IS OPEN.



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【平安怪異録:頼光四天王】


今回登場した「頼光四天王」は、


渡辺綱

坂田金時

碓井貞光

卜部季武


の四人として、後世の伝承にその名を残しています。


そして坂田金時は――

童話で知られる「金太郎」が成長した姿として語られる人物です。


巨大な鉞。

山。

熊。


第5話の金時の言葉にも、その伝承の痕跡を忍ばせています。


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