第14話 死してなお / BEYOND DEATH
[ SHUTEN-DOJI SIGNAL : ACTIVE ]
終わったはずの大江山で。
何かが。
まだ。
生きていた。
「……なんだ?」
金時が呟いた。
誰も答えない。
頼光たち六人の視線は、ただ一つの場所へ向けられていた。
酒呑童子。
その首は、確かに落ちている。
安綱によって断たれた首は、畳の上に転がったまま動かない。
神々の鎖に縛られた胴体も。
呼吸していない。
鼓動もない。
血だけが、ゆっくりと畳を濡らしていた。
死んでいる。
間違いなく。
[ BIOLOGICAL FUNCTION : TERMINATED ]
それなのに。
[ SHUTEN-DOJI SIGNAL : ACTIVE ]
「……信号?」
頼光には、その言葉の意味が分からない。
ただ。
目の前で起きていることが。
何かがおかしいことだけは分かった。
ぴし。
小さな音がした。
「……?」
綱が刀を構え直す。
ぴし。
まただ。
音は。
酒呑童子の身体から聞こえている。
頼光が目を凝らした。
首を失った断面。
血に濡れた肉の、その奥。
青白い光が瞬いた。
一度。
二度。
まるで。
身体の内側で、何かが目を覚ますように。
「下がれ!」
頼光が叫んだ。
六人が距離を取る。
次の瞬間。
酒呑童子の首のない身体から。
紫色の光が噴き出した。
「――ッ!?」
格子。
光の線が。
無数の格子となって空間へ広がっていく。
縦。
横。
斜め。
平安の夜には存在するはずのない。
あまりにも正確な光。
それが酒呑童子の身体を中心に組み上がっていく。
「術……なのか?」
季武が息を呑む。
「違う」
保昌が低く言った。
「こんなものは……見たことがない」
紫の格子が。
酒呑童子の身体を包む。
その内側で。
肉体が動いた。
「嘘だろ……」
金時の声が漏れた。
首のない身体の指が。
ゆっくりと。
動いた。
一度。
握る。
開く。
六人の呼吸が止まる。
綱の刀を握る手が、わずかに震えた。
金時の喉が鳴る。
頼光もまた、安綱を握る指へ無意識に力を込めていた。
そして。
[ RECOVERY PROTOCOL : ACTIVE ]
頼光の視界へ、新たな文字が浮かんだ。
[ ENTITY RECONSTRUCTION : 07% ]
「再……構築……?」
意味は分からない。
だが。
数字は増えていく。
[ ENTITY RECONSTRUCTION : 12% ]
酒呑童子の傷口を。
青白い光が走り始めた。
血管ではない。
皮膚の下を。
細い光の線が這っている。
胸。
腕。
肩。
腹。
ぎ、ぎぎ――
低い。
硬質な音。
骨が軋む音とも違う。
金属が擦れる音とも違う。
肉体の内側から。
生き物ではない何かが形を変えている。
そんな音だった。
黒い亀裂が。
皮膚の上へ浮かび上がる。
亀裂の奥から。
紫と青白い光が漏れている。
その周囲だけ。
空気が冷たい。
頼光は息を吸った。
喉の奥へ。
冬の鉄に触れたような冷気が入り込んできた。
「鬼神が……」
貞光が呟いた。
「蘇るというのか」
誰も答えられない。
酒呑童子は。
確かに死んだ。
頼光が首を落とした。
安綱は、その肉を断ち。
骨を断った。
歴史は。
ここで終わったはずだった。
だが。
目の前にいるものは。
死という結果そのものを。
拒絶していた。
[ ENTITY RECONSTRUCTION : 31% ]
紫の格子が強く光る。
床に転がっていた酒呑童子の首が。
動いた。
ほんのわずかに。
そして。
浮いた。
「な――」
金時が目を見開く。
切り落とされた首が。
見えない力に引かれるように宙へ浮かび上がっていく。
ゆっくりと。
首のない身体へ向かって。
一尺。
半尺。
さらに。
近づく。
切断面から伸びる青白い光が。
首と胴を繋ごうとしていた。
綱が刀を構える。
「もう一度、斬る!」
踏み込もうとする綱を。
頼光が腕で止めた。
「待て」
「なぜだ!」
頼光は答えない。
安綱を握る手には。
汗が滲んでいた。
見ていた。
何が起きている。
これは。
先ほどまで戦っていた酒呑童子と。
同じなのか。
その疑問が。
頼光の足を止めた。
首と胴が。
接触する。
瞬間。
紫の光が爆ぜた。
六人が目を覆う。
空気が震える。
広間の柱が軋む。
倒れていた鬼たちの衣が、風もないのに激しく揺れた。
ぎぎぎぎ――
再び。
あの硬質な音。
今度は。
首の内側から。
何かが噛み合うように。
接続されていく。
そして。
光が収まった。
静寂。
頼光がゆっくりと腕を下ろす。
そこに。
酒呑童子がいた。
首は。
戻っている。
だが。
音がない。
息をする音も。
鼓動も。
ない。
死んでいる。
そのはずなのに。
首筋には。
安綱によって断たれた場所をなぞるように。
黒い亀裂が一周していた。
その奥で。
青白い光だけが。
一定の間隔で脈動している。
どくん。
――ではない。
命の鼓動ではない。
ただ。
光だけが。
規則正しく明滅していた。
胸にも。
腕にも。
頬にも。
細い光の筋が走っている。
美しい人の形は。
まだ残っている。
赤い髪も。
端正な顔も。
鬼の王としての姿も。
だが。
ところどころ。
肉体ではない何かが。
露出し始めている。
黒い。
滑らかな構造。
金属にも見える。
骨にも見える。
しかし。
そのどちらでもない。
表面には、生き物の温度がない。
光を受けても。
血のような艶を返さない。
ただ。
冷たい。
無機質な黒。
[ NON-BIOLOGICAL CORE : DETECTED ]
[ ENTITY RECONSTRUCTION : 68% ]
誰も動けない。
聞こえるのは。
六人の呼吸だけ。
金時の荒い息。
綱の喉が鳴る音。
刀を握る指が、わずかに震える。
それなのに。
目の前の酒呑童子からは。
何一つ。
生き物の音がしなかった。
酒呑童子の瞼が。
ゆっくりと開く。
瞳。
そこにあった光は。
先ほどまでとは違っていた。
紫。
深い紫。
人でも。
鬼でもない。
冷たい光。
金時が一歩退いた。
「……酒呑童子」
呼びかける。
返事はない。
酒呑童子は。
ゆっくりと自分の手を見る。
指を動かす。
第12話と同じように。
一本ずつ。
確かめるように。
ぎ。
指が動くたび。
かすかな硬質音が鳴った。
その指の隙間から。
青白い光が漏れている。
[ ENTITY RECONSTRUCTION : 92% ]
静寂。
鼓動はない。
呼吸もない。
ただ。
数字だけが。
進んでいく。
頼光は安綱を握り締めた。
先ほど。
この刀で。
確かに殺した。
それなのに。
目の前で。
もう一度。
立とうとしている。
神々の毒も。
人の刃も。
斬首すら。
終わりにはならなかった。
酒呑童子の口元が。
わずかに上がる。
あの笑み。
同じはずなのに。
頼光には。
まるで別のものに見えた。
そして。
[ ENTITY RECONSTRUCTION : 100% ]
一瞬。
すべての光が消えた。
完全な闇。
完全な無音。
次の瞬間。
紫の格子が。
酒呑童子の背後いっぱいに広がった。
[ ENTITY DESIGNATION : CYBER SHUTEN-DOJI ]
酒呑童子が。
立ち上がる。
神便鬼毒酒によって弱り。
六人の武者に追い詰められ。
神々の鎖に縛られ。
安綱によって首を落とされた。
その鬼が。
いま。
再び。
頼光たちの前に立っていた。
金時が掠れた声で呟いた。
「……化け物め」
酒呑童子は。
静かに笑った。
だが。
その笑みには。
もう。
宴を楽しむ鬼の王の温度は残っていなかった。
大江山の戦いは。
終わってなどいなかった。
むしろ。
ここから先は。
歴史に残されていない。
――第14話 END
次話
第15話 神々の外側 / BEYOND THE GODS
THE GATE IS OPEN.
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
第13話で、源頼光は酒呑童子の首を落としました。
[ LEGACY WEAPON DESIGNATION : DOJIGIRI ]
後世へ残る「童子切」の伝説は、ここで成立しました。
歴史の上では。
酒呑童子は、確かに死んだ。
[ BIOLOGICAL FUNCTION : TERMINATED ]
しかし第14話で、その先が始まります。
[ SHUTEN-DOJI SIGNAL : ACTIVE ]
呼吸はない。
鼓動もない。
それでも、酒呑童子の肉体は再び動き始めました。
[ RECOVERY PROTOCOL : ACTIVE ]
[ NON-BIOLOGICAL CORE : DETECTED ]
[ ENTITY RECONSTRUCTION : 100% ]
そして。
[ ENTITY DESIGNATION : CYBER SHUTEN-DOJI ]
平安の武者たちに見えているのは、
死してなお蘇った「鬼神」。
しかし読者の前に現れたものは、
もはや神話だけでは説明できない存在です。
源頼光が酒呑童子を討った。
安綱が「童子切」となった。
そこまでは、歴史に残っています。
では。
その後に何が起きたのか。
ここから先は――
歴史に残されていない『SHADOW MATRIX』の領域へ入ります。
次回。
神々の毒。
神々の鎖。
そして童子切。
そのすべてを越えて再び立った存在と、六人の戦いが始まります。
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