第13話 童子切 / DOJIGIRI
「ならば――宴の続きをしよう」
酒呑童子が牙を見せた。
次の瞬間。
消えた。
「散れ!」
頼光が叫ぶ。
六人が同時に飛ぶ。
直後。
轟音。
頼光が立っていた場所へ、酒呑童子の拳が叩き込まれた。
畳が裂ける。
床板が砕ける。
衝撃だけで、広間の灯が激しく揺れた。
神便鬼毒酒は効いている。
身体は鈍っている。
それでも。
まともに受ければ、一撃で終わる。
「右!」
綱の声。
季武と貞光が左右へ散る。
保昌は背後へ。
金時だけが、真正面から酒呑童子へ走った。
「おおおおおッ!」
拳を叩き込む。
酒呑童子が受け止める。
激突。
金時の足元で畳が裂けた。
「ぐ……ッ!」
腕が軋む。
肩が悲鳴を上げる。
それでも金時は退かない。
「今だ!」
季武。
貞光。
左右から二つの刃が走る。
酒呑童子が身を捻った。
一方をかわす。
もう一方を腕で弾く。
その瞬間。
綱が入った。
低く。
鋭く。
狙いは首。
先ほど握り潰されかけた腕には、まだ力が戻り切っていない。
それでも。
刃は止まらない。
酒呑童子の手が伸びる。
再び綱を掴もうとする。
「二度は喰らわん!」
綱が沈む。
指先を紙一重でかわし、そのまま斬り上げた。
刃が肩を裂く。
鮮血。
「ほう」
酒呑童子が笑う。
「学ぶか、人間」
次の瞬間。
保昌の刃が背後から迫った。
酒呑童子が振り返る。
そこへ。
季武。
貞光。
休ませない。
一人が攻めれば。
一人が次を繋ぐ。
一撃では倒せない。
ならば。
六人で、一つの刃になる。
「頼光!」
金時が叫んだ。
酒呑童子の身体が、ほんの一瞬だけ止まる。
頼光が踏み込む。
安綱。
一閃。
酒呑童子が初めて大きく身を引いた。
それでも間に合わない。
刃が胸を裂く。
深い。
血が飛んだ。
「……」
酒呑童子の笑みが消えた。
一瞬。
ほんの一瞬だけ。
そして。
「人間がァッ!」
咆哮。
空気が爆ぜた。
六人の身体が揺さぶられる。
酒呑童子が暴れた。
拳。
金時が受ける。
「ぐあッ!」
宙へ飛ぶ。
脚。
季武がかわしきれない。
身体ごと畳を転がった。
腕が振るわれる。
貞光の刀が弾き飛ばされる。
保昌の顔すれすれを拳が通過した。
風圧だけで頬が裂ける。
血が走った。
綱が斬り込む。
酒呑童子の肘が腹へ入る。
「――ッ!」
息が消えた。
綱の身体が折れる。
頼光が安綱で受ける。
凄まじい衝撃。
腕が痺れた。
指が開きそうになる。
それでも。
安綱だけは離さない。
六人が離れる。
荒い呼吸。
誰も無傷ではない。
金時の口から血が落ちる。
綱は腹を押さえている。
季武は片脚を引きずっていた。
貞光は飛ばされた刀を拾い上げる。
保昌の頬から血が流れている。
頼光の両腕も、すでに感覚が薄い。
対する酒呑童子も。
肩。
胸。
腕。
いくつもの傷から血を流していた。
呼吸は荒い。
足元も、わずかに揺れている。
神便鬼毒酒。
確かに効いている。
それでも。
倒れない。
「これほどか……」
保昌が息を吐いた。
酒呑童子が一歩進む。
畳が沈んだ。
「どうした」
低い声。
「神の酒まで使って、この程度か」
沈黙。
その中で。
瓦礫が動いた。
金時が立ち上がる。
膝が震えている。
口の中に溜まった血を吐き捨てた。
「……まだ」
酒呑童子を見る。
「六人とも立ってるぞ」
酒呑童子の目が細くなる。
金時が腰を落とした。
頼光も。
綱も。
季武も。
貞光も。
保昌も。
構える。
もう誰にも、余力などほとんど残っていない。
次にまともな一撃を受ければ。
誰かが立てなくなる。
だから。
次で決める。
頼光が息を吸った。
「行くぞ」
六人が動いた。
金時が真正面から突っ込む。
酒呑童子の拳。
金時はかわさない。
両腕で受けた。
骨が軋む。
「ぐっ……!」
踏み止まる。
綱が右から入る。
酒呑童子が腕を振る。
綱がかわす。
季武が左。
貞光が背後。
保昌が退路へ。
酒呑童子の視線が動く。
右。
左。
後ろ。
前。
六人。
すべてを同時には捉えきれない。
毒が。
確実に。
鬼の王から速さを奪っていた。
「今だ!」
金時が酒呑童子の腕を押さえ込む。
「離せ!」
酒呑童子が振り払う。
金時の身体が飛ぶ。
だが。
その一瞬で十分だった。
綱の刃。
季武の刃。
貞光の刃。
三方向から同時に走る。
酒呑童子が二つを防ぐ。
一つが脇腹へ入った。
保昌が踏み込む。
さらに一撃。
鬼の王の巨体が揺れる。
そして。
頼光。
安綱を振り抜いた。
斬撃。
胸を深く裂く。
血が噴き出した。
「ぐ……ッ!」
初めて。
酒呑童子の口から。
明確な苦悶の声が漏れた。
一歩。
後退する。
さらに一歩。
そして。
膝が落ちた。
ドン――
巨大な身体が畳へ沈む。
六人は動かなかった。
喜びもしない。
声も上げない。
分かっている。
まだ。
終わっていない。
酒呑童子が顔を上げた。
血に濡れた顔。
荒い呼吸。
それでも。
笑っていた。
「よい……」
低い声。
「実によい」
立とうとする。
「久しいぞ……」
両脚へ力を込める。
「我に、戦いをさせる者は」
その時だった。
――しゃらり。
澄んだ音が響いた。
戦いの場には似つかわしくない。
静かで。
清らかな音。
頼光が顔を上げる。
光。
酒呑童子の周囲へ、淡い光が降り始めた。
何もなかった空間に。
鎖が現れる。
一本。
二本。
さらに。
幾重にも。
綱が息を呑んだ。
「……あれは」
人の鎖ではない。
六人の誰かが持ち込んだものでもない。
神々の鎖。
それは意思を持つように宙を走り。
酒呑童子の右腕へ。
左腕へ。
脚へ。
胴へ。
次々と巻き付いた。
「何……?」
酒呑童子の笑みが消えた。
鎖が締まる。
「ぐ……ッ!」
鬼の王が力を込める。
太い腕が膨れ上がる。
床が軋む。
柱が震える。
「おおおおおおおッ!」
咆哮。
鎖が激しく揺れる。
だが。
切れない。
一本も。
神々の鎖が。
鬼の王を大地へ縫い付けていく。
頼光は安綱を握った。
ようやく。
ここまで来た。
神便鬼毒酒。
六人の力。
そして。
神々の鎖。
どれか一つでも欠けていれば。
届かなかった。
人の力だけでは。
決して。
酒呑童子の首へは。
頼光が歩き始めた。
一歩。
また一歩。
身体中が痛む。
腕は痺れている。
呼吸も苦しい。
それでも。
安綱だけは、静かだった。
酒呑童子が顔を上げる。
二人の目が合った。
「源頼光」
低い声。
頼光は立ち止まる。
「酒呑童子」
「我を斬るか」
頼光は答えた。
「斬る」
それだけだった。
安綱を両手で握る。
鬼の王の首へ。
刃を定める。
酒呑童子は逃げない。
神々の鎖に縛られながら。
ただ頼光を見ていた。
頼光が安綱を振り上げる。
静寂。
金時も。
綱も。
季武も。
貞光も。
保昌も。
誰も声を発しない。
そして。
頼光は振り下ろした。
一閃。
肉を断つ。
骨を断つ。
鬼の王の首を断つ。
酒呑童子の首が宙を舞った。
長い髪が弧を描く。
そして。
重い音を立て。
畳へ落ちた。
巨体から力が抜ける。
神々の鎖に縛られた身体が。
ゆっくりと沈んだ。
誰も動かなかった。
金時も。
綱も。
季武も。
貞光も。
保昌も。
頼光も。
ただ。
床へ落ちた首を見ていた。
大江山の鬼。
酒呑童子。
その首を。
源頼光が落とした。
頼光は手の中の刀を見る。
血に濡れた安綱。
鬼の王を斬った刀。
その瞬間。
歴史に。
新たな名が刻まれた。
[ LEGACY WEAPON DESIGNATION : DOJIGIRI ]
童子切。
後世まで残る、その名が。
ここに生まれた。
金時が膝をついた。
「……終わった、のか」
息をするだけでも苦しそうだった。
綱が刀を下ろす。
季武も。
貞光も。
保昌も。
誰も答えない。
頼光は。
酒呑童子の首を見ていた。
動かない。
身体も。
動かない。
鬼の王は。
確かに死んでいる。
[ BIOLOGICAL FUNCTION : TERMINATED ]
そして。
次の瞬間。
[ SHUTEN-DOJI SIGNAL : ACTIVE ]
終わったはずの大江山で。
何かが。
まだ。
生きていた。
――第13話 END
後書き
次話
第14話 死してなお / BEYOND DEATH
THE GATE IS OPEN.
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
第13話では、頼光、綱、金時、季武、貞光、保昌。
六人すべての力を合わせた、酒呑童子との総力戦を描きました。
神便鬼毒酒。
六人の連携。
そして、神々の鎖。
そのすべてが揃って、ようやく酒呑童子の首へ刃が届きます。
源頼光が振り下ろした安綱。
鬼の王の首を落としたその瞬間――
[ LEGACY WEAPON DESIGNATION : DOJIGIRI ]
後世に名を残す「童子切」が、歴史へ刻まれました。
酒呑童子は討たれた。
歴史上では、これで大江山の鬼退治は終わります。
そしてシステムもまた、その死を確認しました。
[ BIOLOGICAL FUNCTION : TERMINATED ]
しかし。
その直後。
[ SHUTEN-DOJI SIGNAL : ACTIVE ]
肉体は死んだ。
それでもなお、酒呑童子の“信号”は消えていません。
大江山で起きていたものは、本当にただの鬼退治だったのか。
次回。
終わったはずの歴史の、その先へ。
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