第12話 酒呑童子の正体 / THE TRUE FORM OF SHUTEN-DOJI
「――宴は、これからだ」
酒呑童子は笑っていた。
神便鬼毒酒を、確かに飲んだ。
一滴ではない。
杯を重ね、そのすべてを腹の底へ流し込んだ。
広間では、すでに異変が始まっている。
先ほどまで酒を喰らい、笑い、騒いでいた鬼たちが、一体、また一体と崩れ落ちていった。
巨体が畳を叩く。
杯が転がる。
やがて、うめき声すら消えた。
神々より授けられた毒酒。
――神便鬼毒酒。
鬼にとっては猛毒。
人にとっては力となる、神域の酒。
その効力に疑いはない。
倒れ伏した鬼たちが、何よりの証だった。
そして。
酒呑童子の身体にも、確実に届いている。
[ ONI RESPONSE : NEURAL COLLAPSE ]
[ MOTOR FUNCTION : RAPID DECLINE ]
[ TOXIN PENETRATION : CONFIRMED ]
頼光は、安綱の柄に手を置いた。
酒呑童子の呼吸は深い。
立ち上がった巨体も、わずかに揺れている。
あれほど鋭かった眼光にも、確かな鈍りがあった。
普通の鬼ならば。
もう立つことさえできない。
――そのはずだった。
酒呑童子は自らの掌を見つめた。
ゆっくりと手を開き、指を一本ずつ動かす。
そして。
笑った。
「……なるほど」
静かな声だった。
「これが、神々の酒か」
頼光の背筋を、冷たいものが走る。
童子は倒れない。
それどころか。
一歩。
こちらへ踏み出した。
ずん、と床が沈む。
その瞬間。
[ COMBAT CAPABILITY : 73.4% ]
頼光の目が見開かれた。
神経は侵されている。
身体機能も落ちている。
それでも――
七割を超えている。
次の瞬間、金時が動いた。
「おおおおおッ!」
床を蹴る。
一気に間合いを潰し、大江山へ入ってから温存してきた力を真正面から叩き込む。
坂田金時の一撃。
酒呑童子は避けなかった。
片腕を上げる。
激突。
轟音。
空気が破裂した。
「――ッ!」
金時の身体が宙を舞う。
広間を横切り、そのまま柱へ叩きつけられた。
木片が飛び散る。
「金時!」
綱が叫ぶ。
だが、すでに身体は動いていた。
一閃。
狙いは首筋。
死角から放たれた刃が、一直線に頸へ走る。
だが。
止まった。
刃は届いていない。
酒呑童子の手が、綱の腕を掴んでいた。
「な――」
指が締まる。
骨が軋んだ。
「ぐっ……!」
綱の顔から血の気が引く。
頼光が走った。
安綱を抜く。
刃が閃き、綱を掴む腕へ迫る。
硬い。
肉を斬ったとは思えない抵抗が、柄を通じて腕へ返ってきた。
それでも刃は入る。
酒呑童子が綱を放した。
一歩、退く。
その胸元を、安綱の切っ先が浅く裂いた。
鮮血が飛ぶ。
赤い滴が畳へ落ちた。
酒呑童子は自らの胸を見下ろす。
傷口へ指を這わせ、血のついた指先を眺めた。
そしてまた笑う。
「人の刃で、我に血を流させたか」
頼光は答えない。
安綱を構えたまま、相手を見る。
遅くなっている。
間違いない。
先ほどまでなら、今の一撃すら届かなかった。
神便鬼毒酒は、確実にこの鬼を弱らせている。
だからこそ。
頼光には理解できてしまった。
もし、この酒がなければ。
もし、神々が力を貸していなければ。
六人でこの広間へ踏み込んだ、その瞬間に終わっていた。
最初の一太刀すら、許されなかったかもしれない。
視界の隅には、まだ数値が残っている。
[ COMBAT CAPABILITY : 73.4% ]
「……これで、七割か」
頼光が呟いた。
瓦礫が動く。
金時が立ち上がった。
口元の血を腕で拭う。
「……効いてるんだよな」
誰も答えない。
答える必要もなかった。
綱も、痺れの残る腕で刀を握り直す。
季武。
貞光。
保昌。
誰一人、退かなかった。
六人は、同じ現実を理解していた。
目の前にいるものは、ただ強い鬼ではない。
人間が、本来なら戦ってよい存在ではない。
神々の毒がなければ。
同じ場所に立つことさえ許されなかった怪物。
その存在を。
神便鬼毒酒によって。
ようやく、人の刃が届く場所まで引きずり下ろした。
それだけだった。
勝ったわけではない。
追い詰めてもいない。
ようやく。
戦える。
ただ、それだけ。
酒呑童子がゆっくりと両腕を広げた。
足元には、倒れ伏した鬼たち。
転がる杯。
こぼれた酒。
向かいには、六人の人間。
「よい」
低い声が、大江山の奥深くまで響いた。
「酒もよい」
一歩。
「人もよい」
また一歩。
頼光たちは動かない。
酒呑童子が牙を見せる。
「ならば――宴の続きをしよう」
空気が震えた。
六人が同時に構える。
頼光は安綱を握り締める。
金時が腰を落とす。
綱が刃を上げる。
神便鬼毒酒は効いた。
鬼の王は、確実に弱っている。
それでもなお。
六人全員で挑んで。
届くかどうかすら分からない。
戦いはようやく――
始まったばかりだった。
――第12話 END
後書き
次話
第13話 童子切 / DOJIGIRI
THE GATE IS OPEN.
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
第12話では、ついに神便鬼毒酒がその力を現しました。
宴を囲んでいた鬼たちは次々と倒れ、酒呑童子の身体にも確実な異変が現れます。
[ ONI RESPONSE : NEURAL COLLAPSE ]
[ MOTOR FUNCTION : RAPID DECLINE ]
[ TOXIN PENETRATION : CONFIRMED ]
しかし――
酒呑童子は倒れない。
[ COMBAT CAPABILITY : 73.4% ]
神々の毒によって大きく力を削がれながら、それでもなお七割以上。
金時を吹き飛ばし、綱の刃を止め、頼光の安綱でようやく傷を負わせることができる。
頼光たちは、ここで初めて理解します。
神便鬼毒酒は、酒呑童子を倒したのではない。
本来なら人間が戦うことすらできない鬼の王を、
ようやく人の刃が届く場所まで引きずり下ろしただけなのだと。
そして酒呑童子は、なお笑う。
「ならば――宴の続きをしよう」
次回。
頼光たち六人と酒呑童子の戦いは、さらに激しさを増していきます。
そして大江山で、一振りの刀がその名を刻む時が近づいています。
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