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SHADOW MATRIX /AIによる人類滅亡寸前の未来とそれを救う九つの鍵【23世紀 → 平安初期編】  作者: 九頭龍雷電


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12/16

第11話 人肉血の卓 / THE TABLE OF FLESH AND BLOOD

広間へ足を踏み入れた瞬間、頼光は空気そのものに重さを感じた。



大江山の最深部。



そこは京のどの御殿とも、寺社のどの神域とも違っていた。



黒く滑らかな壁。



その奥を、血管のような青白い光が脈打っている。



頭上には、紫の光が格子のように走り、ときおり空間そのものが水面のように揺れた。



頼光には、それが何なのか分からない。



神仏のものとも、鬼の妖術とも違う。



ただ、人が長く留まってはならぬ場所だということだけは、身体が理解していた。




[ SECTOR-04 : INNER CHAMBER ]


[ TEMPORAL INTEGRITY : 34.2% — DEGRADING ]


[ BIO-SIGNATURES : 6 HUMAN ]


[ STEALTH PROFILE : ACTIVE ]




「セクター04、インナー・チェンバー到達……タイムラインの完全性が34パーセントまで低下している!」



23世紀の端末室で、KAITOは青ざめた顔でモニターにしがみついていた。



あいつら、まさかあの怪物の懐の奥まで……。




鉄錆。



腐肉。



酒。



そして、雷が落ちた直後のような、鼻を刺す焦げた匂い。



六人は山伏の衣の下に武具を隠し、ゆっくりと宴席へ進んだ。



源頼光。



渡辺綱。



坂田金時。



卜部季武。



碓井貞光。



平保昌。



その誰一人として、刀へ手を伸ばしてはいない。




広間には、無数の鬼がいた。



赤い肌。



青い肌。



額から角を生やした者。



人に似ていながら、口だけが異様に裂けた者。



巨大な獣の骨を噛み砕く者。



血に濡れた腕を振り回しながら笑う者。




その中心。



一段高い場所に、一人の男が座っていた。




酒呑童子。




長い髪。



白い肌。



鬼の王と呼ぶには、あまりにも端正な顔立ち。



その手には、赤い酒を満たした杯。



そして唇には、静かな笑み。




「珍しい客が来たものだ」




大声ではなかった。



だが、その一言だけで広間の喧騒が止まった。



何十、何百という目が、一斉に六人へ向く。




金時の拳が、衣の中で固く握られた。



綱は横目だけでそれを見る。




動くな。




その視線だけで伝える。




酒呑童子は六人を眺め、わずかに首を傾げた。




「山伏か」




頼光は静かに頭を下げた。




「諸国を巡る修行の途中、道を違えましてございます」




「道を違えて、大江山へ?」




酒呑童子が笑う。




「それはまた、随分と運の悪い修行者たちよ」




鬼たちが一斉に笑った。



頼光も薄く笑う。




「山も道も、すべては御仏の導きにございますれば」




一瞬。



酒呑童子の目が細くなった。



その視線が、頼光の腰のあたりで止まる。




衣の下。



安綱。




鞘の中で、刀身が微かに震えた。




ギ……




頼光は動かない。



酒呑童子も何も言わない。



ただ、笑った。




「ならば今宵は、我らの客だ」




酒呑童子が指を鳴らした。



鬼たちが大きな膳を運んでくる。




頼光の背後で、季武の呼吸が止まった。




膳に積まれていたのは肉だった。



しかし獣のものではない。




白い指。



爪。



焼け焦げた皮膚。



切断面から、まだ赤黒い液体が滲んでいる。



皿の端には、小さな手首まで残っていた。




その隣には、大きな杯。



濁った赤い液体。




酒ではない。



少なくとも、酒だけではない。




金時の視線が止まる。




赤い川。



血を洗っていた女。




彼女の言葉が蘇る。




――酒呑童子は、人が怯える顔を見るのが好きです。



――怒りも。



――嘘も。



――殺そうとする心も。




すべて見ています。




金時の奥歯が軋んだ。




[ SUBJECT : SAKATA NO KINTOKI ]


[ HEART RATE : 168 BPM ]


[ HOSTILITY : CRITICAL ]


[ EXTERNAL EXPRESSION : SUPPRESSED ]


[ STEALTH PROFILE : 89.7% — DEGRADING ]




「坂田金時のバイタルが跳ね上がっている……! おい、感情を抑えろ、このままではサーベイランスに捕捉されるぞ……!」



KAITOの指がキーボードを叩き、データレートの変動に冷や汗を流す。




酒呑童子が金時を見る。




「どうした?」




金時は答えない。




「山伏殿」




酒呑童子は楽しそうに続ける。




「我が山の馳走は、お気に召さぬか?」




広間が静まり返る。



鬼たちが見ている。




誰か一人でも顔を歪めれば終わる。




頼光が口を開こうとした、その前に。




綱が動いた。




膳から肉を一切れ取る。



指先ほどの大きさ。



焦げた皮膚が残っている。




綱はそれを見つめることなく、口へ入れた。




噛む。




一度。




二度。




喉が動く。




飲み込んだ。




金時が綱を見る。



綱は何も言わない。




続いて赤黒い杯を取る。




血の臭いが立った。




それも飲んだ。




鬼たちがどっと笑った。




「喰ったぞ!」



「山伏が人を喰らった!」



「こいつは面白い!」




綱は静かに杯を置く。




酒呑童子は笑わない。



じっと綱を見ていた。




そして次に、頼光へ視線を移す。




「そなたは?」




頼光は膳へ手を伸ばした。




腹の奥が強く拒絶している。




人の肉だ。




おそらく昨日まで生きていた。



名があった。



家族がいた。



帰る場所があった。




それを今、自ら口へ運ぼうとしている。




――剣を隠せ。



――武者であるな。



――知恵をもって鬼を欺け。




三社で受けた同じ神託。




頼光は肉を口に入れた。




噛む。




生温かな脂が舌に広がる。




鉄の味。



血の味。




吐き気がこみ上げる。




それでも顔には出さない。




飲み込んだ。




「旨いか?」




酒呑童子が訊く。




頼光は静かに答えた。




「修行の身にございますれば、与えられたものに良し悪しを申しませぬ」




酒呑童子の口元が、わずかに上がった。




「気に入った」




残る四人も続いた。




季武。



貞光。



保昌。



そして最後に、金時。




金時は膳の肉を掴んだ。




太い指に赤黒い汁が付着する。




殺す。




必ず殺す。




胸の中では、それしか考えていない。




だが顔には出さなかった。




口へ入れる。




噛む。




飲み込む。




そして突然、大声で笑った。




「なんとも景気の悪い宴よ!」




鬼たちが静まる。




綱の目が一瞬だけ動いた。




金時は杯を掲げた。




「鬼の酒とは、この程度か! これでは山伏一人、酔わせることもできぬぞ!」




一拍。




そして。




鬼たちが爆笑した。




「言ったな!」



「もっと飲ませろ!」



「人のくせに面白い!」



「酒を持て!」




酒が運ばれる。



杯が回る。




鬼たちの視線が金時へ集中する。




頼光は気づいた。




金時もこちらを見ない。




だが。




これは偶然ではない。




頼光の袖の内側。



小さな酒壺。




神便鬼毒酒。




三人の老翁から授かった切り札。




鬼には毒。



人には力。




酒呑童子はまだ、その存在を知らない。




知られてはならない。




綱が立ち上がった。




「坂田殿、旅の恥を晒すでない」




金時を止めるふりをして身を乗り出す。




袖が徳利に触れた。




カラン。




徳利が倒れた。




酒が卓へ広がる。




「これは失礼」




鬼の一人が怒鳴る。




「何をしておる!」




綱が布を取る。




季武と貞光が立ち上がり、卓を拭くふりをする。



保昌が鬼へ頭を下げる。




すべてが一瞬だった。




六人の身体が、長年戦場で培った呼吸のまま動く。




頼光の右手が袖へ入る。




酒壺の栓を抜く。




無色の液体。




一滴。




二滴。




三滴。




新たに運ばれてきた徳利の中へ。




[ UNKNOWN SUBSTANCE DETECTED ]


[ FOREIGN AGENT : INTRODUCED ]


[ CHEMICAL PROFILE : UNRESOLVED ]


[ HUMAN RESPONSE : ENHANCEMENT ]


[ ONI RESPONSE : NEURAL COLLAPSE ]


[ ORIGIN : UNKNOWN ]




「なんだ、この未知の成分は……!? 酒に何かを混入した……?」



KAITOの目の前で、化学プロファイルの解析エラーが点滅する。彼らが持ち込んだ「あの酒」が、歴史の歯車を狂わせようとしていた。




頼光たちには、何も見えない。




ただ。




一瞬だけ。




空中を走る紫の光が強くなった。




頼光は顔を上げる。




酒呑童子。




見ていた。




こちらを。




頼光の心臓が大きく脈打つ。




見られたか。




気づかれたか。




酒呑童子は何も言わない。




ただ、いつもの滑らかな笑みを浮かべている。




「山伏殿」




頼光が言った。




「先ほどより、随分とご馳走になりました」




徳利を取る。




「せめて、一献」




広間のざわめきが少しずつ消える。




頼光は酒呑童子の前へ進んだ。




一歩。




また一歩。




安綱が、腰の中で震えている。




酒呑童子が杯を差し出した。




「そなたが注ぐのか」




「旅の礼にございます」




酒を注ぐ。




とく。




とく。




とく。




赤い酒が杯を満たしていく。




頼光の背中を汗が流れる。




綱は動かない。




金時も笑顔を崩さない。




季武。



貞光。



保昌。




全員が、ただ待つ。




酒呑童子が杯を持ち上げた。




鼻先へ近づける。




一瞬だけ止まった。




頼光の呼吸も止まる。




酒呑童子は頼光を見る。




そして笑った。




「面白い」




杯を傾ける。




一口。




二口。




すべて飲み干した。




カン。




空になった杯が卓へ置かれる。




その瞬間。




安綱が鳴った。




ギィィン――




鞘の中から響いた音が、広間を走った。




鬼たちが振り返る。




青白い光が床の奥で一度だけ脈打つ。




紫の格子が、空中に浮かんでは消えた。




酒呑童子の右手。




杯を置いた指が。




ほんのわずかに震えた。




頼光は見逃さなかった。




酒呑童子自身も、その指を見る。




笑みが消える。




一瞬。




ほんの一瞬だけ。




瞳の奥に、人のものとも鬼のものとも思えぬ光が走った。




[ SHUTEN-DOJI SIGNAL : UNSTABLE ]


[ BIOLOGICAL RESPONSE : ABNORMAL ]


[ SYSTEM INTERFERENCE : DETECTED ]


[ LOST KEY PROXIMITY : 71.6% ]


[ TEMPORAL INTEGRITY : 28.9% — FALLING ]




「馬鹿な……酒呑童子の生体シグネチャーが異常変動を起こしている……! セクター04の安定性が限界だ!」



KAITOの叫びも届かない歴史の向こう側で、取り返しのつかない臨界点が迫っていた。




頼光の手が、安綱へ近づく。




まだだ。




まだ抜くな。




酒呑童子がゆっくりと顔を上げた。




そして。




再び笑った。




先ほどまでと同じ。




穏やかな笑み。




だが頼光には、もう同じものには見えなかった。




「……なるほど」




酒呑童子が呟く。




その声は、不思議なほど静かだった。




床の奥。




大江山そのものが、一度だけ低く震えた。




ドン――




鬼たちの笑い声が止まる。




誰かが周囲を見回した。




「何だ?」




壁の青白い光が、一斉に明滅する。




[ SHADOW MATRIX ANOMALY ]


[ THRESHOLD APPROACHING ]


[ SECTOR-04 STABILITY : CRITICAL ]




酒呑童子だけが、動かなかった。




頼光を見つめたまま、杯を差し出す。




「山伏殿」




「……はい」




「良い酒だ」




そして、静かに笑った。




「宴は、これからだ」




頼光の腰で。




安綱がもう一度、鳴った。




――第11話 END


次話

第12話 酒呑童子の正体 / THE TRUE FORM OF SHUTEN-DOJI


THE GATE IS OPEN.


第11話を読んでいただき、本当にありがとうございます。


人肉と血酒を前にしても、武者であることを隠し続けた頼光たち六人。

怒りも、恐怖も、殺意も見せることのできない極限の宴席の中で、ついに切り札である「神便鬼毒酒」は酒呑童子の体内へと入りました。


そして最後に現れた不気味な異変。

鞘の中で鳴り響く安綱の振動。

空中に走る紫の格子。

崩れ始める時間軸。


冷たい端末の光に照らされた23世紀。歴史の乖離率がレッドゾーンを突破した衝撃で、強制的に接続を断たれたKAITOは、荒い息を整えながら暗いモニターを睨みつけています。


――ここで引き下がる気はない。


視界を奪われようとも、彼が映し出す過去には、自分と瓜二つの顔を持つ男――源頼光が命を削って立っているのだから。

あの男がこの時代で何をなし、どこへ向かおうとしているのか。

その真実を見届けるまで、そして再びあの地平へ戻るための道をこじ開けるまで、KAITOの意思が折れることはありません。


酒呑童子の身体の内側で、そして大江山の空間そのもので、歴史の防壁が音を立てて崩壊しようとしています。


次話では、

大江山の宴は完全に崩壊し、酒呑童子の「鬼」という恐るべき姿の奥に隠されていた真実が、ついにその牙を剥きます。


ここまで読んでくださっている皆さん、本当にありがとうございます。

現在も『SHADOW MATRIX』は週間・月間ランキングに掲載いただいています。


続きを楽しみにしていただけましたら、ブックマークや評価(★)で応援していただけると、執筆の大きな励みになります。よろしくお願いいたします!


YouTube — SHADOW MATRIX

物語の始まり

『SHADOW MATRIX — FULL PROLOGUE』

https://youtu.be/AoCUu_vJxi4


映像で体験する『SHADOW MATRIX』

https://youtube.com/shorts/nvDEUqtF_nk


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