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SHADOW MATRIX /AIによる人類滅亡寸前の未来とそれを救う九つの鍵【23世紀 → 平安初期編】  作者: 九頭龍雷電


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第9話 血を洗う女/ THE WOMAN WHO WASHES BLOOD

水音だけが、やけに鮮明に響いていた。


赤く染まった川。



 

その岸辺に、一人の女がいた。


白い衣を水へ沈めている。


引いては、浸す。


擦る。


また沈める。


何度も。


何度も。


まるで、決められた動作を永遠に繰り返しているかのように。


六人は足を止めた。


先頭を歩く頼光が、右手を僅かに上げる。


「……待て」


五人が止まる。


川風が吹いた。


血の匂い。


鉄に似た、生臭い匂い。


だが、その奥に。


頼光は別の匂いを感じた。


雷が落ちたあとのような。


冷たい、焦げた空気。


女が動いた。


ゆっくりと。


首だけをこちらへ向ける。


黒い髪。


白い肌。


整った顔立ち。


だが。


その瞳だけが。


青白く、一瞬だけ光ったように見えた。


頼光が目を細める。


次の瞬間には。


ただの黒い瞳へ戻っていた。


[ BIOLOGICAL ANOMALY DETECTED ]


[ SECTOR-04 / PRE-GATE ]


[ UNKNOWN ENTITY — MONITORING ]


もちろん。


六人に、その文字を見ることはできない。


女が口を開いた。


「……旅のお方ですか」


声は静かだった。


美しい。


だが。


谷に響くその声には。


ほんの僅かに。


もう一つの音が重なっていた。


人間の声ではない。


高く。


冷たい。


聞き取ろうとすると消える。


「こんな深い山奥へ」


女は六人の法衣を見る。


「山伏の方々が、六人も」


頼光は答えない。


金時が、背負った鉞へ手を伸ばしかける。


綱がその腕を掴んだ。


金時が横を見る。


綱は何も言わない。


ただ。


動くな。


そう目で命じていた。


頼光が一歩前へ出る。


「道に迷った」


「まあ」


女が微笑む。


「この山で?」


「川を遡れば、人の住む場所へ出られると聞いた」


女は頼光を見た。


長い沈黙。


やがて。


小さく笑った。


「人の住む場所……」


その言葉を。


まるで遠い昔のものでも思い出すように繰り返す。


「もう、ありません」


金時の眉が動いた。


頼光は女の手元を見る。


白い衣。


赤黒い染み。


ひとつではない。


女の隣には。


洗い終えた衣が何枚も積まれていた。


小さなもの。


男物。


女物。


破れたもの。


すべてに。


血の跡がある。


頼光が問う。


「それは誰の衣だ」


女の手が止まった。


川の音だけが響く。


「……姉のものです」


一枚。


「父のもの」


もう一枚。


「これは」


女が小さな衣を持ち上げる。


声が一瞬だけ震えた。


「名も知らない子のもの」


誰も言葉を発しなかった。


女は衣を川へ戻す。


「鬼に連れて行かれた者たちの衣を、私は洗っています」


綱が問う。


「なぜ」


女は答えなかった。


ただ。


擦る。


擦る。


それでも。


血は落ちない。


「洗えば」


女が呟いた。


「いつか、この赤が消えると思っていました」


布を持ち上げる。


赤い。


「でも」


女は笑った。


「消えない」


その瞬間。


川面へ落ちた一滴が。


不自然な波紋を作った。


円ではない。


六角形。


幾重にも重なる。


紫色の光。


そして。


すぐに消えた。


[ LIQUID SAMPLE — UNKNOWN ]


[ TEMPORAL CONTAMINATION DETECTED ]


[ ORIGIN : OEYAMA CORE ]


季武が川を見る。


「……妙な水だ」


貞光が低く答える。


「ああ」


頼光は女を見る。


「酒呑童子を知っているな」


女の手が止まった。


風が変わった。


「知っています」


「どんな男だ」


女はしばらく答えなかった。


そして。


極めて静かに言った。


「優しい方です」


金時が目を見開く。


「何?」


「怒鳴りません」


女は衣を畳む。


「いつも笑っています」


「客には酒を勧めます」


「食べ物も与える」


「言葉も穏やか」


頼光は黙って聞く。


女の指が震える。


「だから」


顔を上げる。


「恐ろしいのです」


綱の目が細くなる。


女は続けた。


「人が怯えている時ほど、よく笑う」


「命乞いをすると」


一拍。


「もっと優しくなる」


金時の拳が固くなる。


「……それで」


女は言った。


「気に入らなければ」


川へ視線を落とす。


「食卓へ呼ばれます」


誰も動かない。


「翌朝」


女は積まれた衣を見る。


「残るのは、これだけです」


金時が低く呟いた。


「……殺す」


綱が振り向く。


金時は川を見たままだった。


「絶対に殺す」


頼光は何も言わなかった。


女が金時を見る。


「それを」


「城の中では言わない方がいい」


金時が顔を上げる。


「なぜだ」


「酒呑童子は」


女の声が少しだけ低くなる。


「人の恐れを好みます」


「嘘も」


「怒りも」


「殺意も」


「すべて見ているように感じる」


頼光の目が鋭くなる。


「……見ている?」


女は答えない。


ただ。


ゆっくりと。


川の上流を指した。


霧。


深い。


何も見えない。


女の指先が。


僅かに動いた。


すると。


霧が左右へ割れ始めた。


六人の顔から表情が消える。


その先に。


門があった。


巨大な門。


鬼の城。


だが。


頼光たちの知る城とは違う。


黒い壁。


異様に滑らかな表面。


その隙間を。


青白い光が脈打っている。


古い城郭の姿をしている。


しかし。


どこかがおかしい。


木でもない。


石でもない。


金時が呟く。


「……何だ、あれ」

挿絵(By みてみん)


季武は答えられない。


門そのものが。


生き物のように。


ゆっくりと呼吸しているように見えた。


[ GATEWAY — ACTIVE ]


[ SIX UNREGISTERED SIGNATURES ]


[ STEALTH PROFILE : PARTIALLY ACCEPTED ]


[ ACCESS ROUTE : OPEN ]


頼光たちには。


ただ。


霧の向こうで。


巨大な鬼の門が開き始めたようにしか見えなかった。


女が言った。


「この先です」


頼光が見る。


「お前は行かぬのか」


女は笑った。


「私は」


血に染まった衣へ目を落とす。


「ここから動けません」


「なぜだ」


返事はない。


ただ。


女の足元。


川面の下を。


一本の紫色の光が走った。


女の足首へ。


鎖のように繋がって。


消えた。


頼光は見た。


だが。


何も言わなかった。


女が最後に告げる。


「酒を勧められたら」


六人を見る。


「恐れてはいけません」


「恐れた顔を」


微笑む。


「酒呑童子は、何より好みます」


頼光が一礼する。


「名を聞いてもいいか」


女はしばらく黙っていた。


そして。


「もう」


寂しそうに笑った。


「忘れました」


六人は歩き出す。


赤い川へ足を入れる。


冷たい。


だが。


足首へ触れた瞬間。


頼光は何かを感じた。


脈動。


水ではない。


巨大な何かの中を流れる。


血。


あるいは。


もっと別のもの。


安綱の太刀が。


法衣の中で震えた。


一度。


二度。


三度。


激しく。


頼光が柄を押さえる。


「……静まれ」


太刀へ語りかける。


だが。


振動は止まらない。


まるで。


この先にある何かを。


刀自身が知っているかのように。


六人が川を渡り終える。


その瞬間。


背後で。


水音が止まった。


金時が振り返る。


「……おい」


女がいない。


衣も。


石の上の血も。


すべて。


消えていた。


ただ。


赤い川だけが流れている。


綱が低く言う。


「前を見ろ」


巨大な境界門が。


完全に開いていた。



その先。


暗闇。


そして。


遠くから聞こえてくる。


笑い声。


杯がぶつかる音。


笛。


太鼓。


誰かが歌っている。


楽しげな宴の音。


その奥に。


何かを引きずるような音が混じる。


金時の顔から笑みが消える。


六人は。


門を越えた。

挿絵(By みてみん)

その瞬間。


空気が変わった。


酒。


肉。


香。


血。


そして。


先ほどまでの山とは明らかに違う。


青白い光。


壁の奥を走る。


細い光の筋。


頼光がそれを見る。


一瞬。


まるで。


巨大な蛇の血管のように見えた。


[ OEYAMA CORE — ACCESS CONFIRMED ]


[ HUMAN UNITS : 6 ]


[ UNKNOWN LEGACY WEAPON SIGNATURE DETECTED ]


[ LOST KEY PROXIMITY : 41.2% ]


その時。


城のさらに奥から。


男の笑い声が響いた。


低い。


静かな声だった。


怒鳴り声ではない。


むしろ。


妙に優しい。


「……珍しい客が来たものだ」


六人が足を止めた。


頼光の目が細くなる。


姿は。


まだ見えない。


だが。


分かった。


酒呑童子。


この城の奥にいる。


そして。


もう。


六人が来たことを知っている。


頼光は安綱の柄へ手を置いた。


抜かない。


まだ。


抜いてはならない。


「行くぞ」


五人が頷いた。


六つの影が。


青白い光の走る廊下の奥へ消えていく。


その先で。


巨大な宴が。


彼らを待っていた。


――第9話 END

次話

第10話 鬼の宴 / THE BANQUET OF DEMONS


THE GATE IS OPEN.


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


第9話では、血に染まった川辺で白い衣を洗い続ける女と出会い、その先にある巨大な境界門へと頼光たち六人が進みました。


女が語ったのは、怒鳴ることもなく、ただ穏やかに笑いながら人の恐怖を楽しむ酒呑童子の姿。


そして門の向こうでは、


[ OEYAMA CORE — ACCESS CONFIRMED ]


[ LOST KEY PROXIMITY : 41.2% ]


平安の武者たちには見えない、別時代のシステムが確実に動き続けています。


安綱は城へ近づくほど強く震え、ついにその奥から酒呑童子の声が響きました。


次回、六人はついに鬼たちの宴へ足を踏み入れます。


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▶ 物語の始まり『SHADOW MATRIX — FULL PROLOGUE』

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