9 喋る蓮
黒猫が虚空から現れ、イザベラのそばに降り立った。
「ご主人様、大丈夫ですか?」
「生ける死者の如し」
黒猫は首を傾げた。
「……どういう意味?ですか」
「見た目は生きてる。でも、中身はもう半分死んでる人のことよ」
イザベラは力なく手を振った。
「前世で、依頼人に追い詰められて正気を失いそうだった同僚たちが、みんなそう言っていたわ」
黒猫は「前世」という言葉を聞いて一瞬黙り込み、振り返った。
「前の方に行ってみます。 何か食べものがないか探してきます」
「……うん」
この黒猫は、彼女がもうかつての自分ではないことを、やはり察していたのだ。
少し休んだだけで、黒猫は蛇を一匹引きずって戻ってきた。
「……ネズミを持って来なかったことに、感謝するわ」
とはいえ、ただの愚痴に過ぎない。
イザベラは蛇を怖がったりはしない。
私立探偵の調査員になる前、イザベラは過酷な戦乱地域でしばらく暮らしていたことがある。
人が極度の空腹に陥れば、何でも食べてしまうことを知っていたのだ。
ヘビの頭を切り落とし、皮を剥ぎ、胆嚢を取り出し、本来の姿が判別できないそのヘビを木の枝に吊るした。
手についた血の臭いを草で拭い、さらに匂いの強い草を摘んで手で揉み、手の生臭さを消し去る。
イザベラは手慣れた手つきでこれらをこなしていた。
何を思い出したのか、彼女の口元に懐かしさを帯びた笑みが浮かんだが、その笑みは広がる間もなく消えてしまった。
というのも、彼女は大きな問題に気づいたのだ。ライターがない!
「はあ……」
イザベラはため息をついた。
まだ明るいうちに、彼女は枯れた木の枝を見つけ、最も原始的な方法で火をおこし始めた。
しかし、霧隠秘境はあまりにも湿気がひどく、火がつくまでに1時間以上もかかってしまった。
黒猫は傍らで興味津々に見つめており、感情的な満足感をたっぷりと与えてくれた。
「わあ、ご主人様、すごいですね」
「わあ、煙が出てる」
「わあ、火がついた」
イザベラ:「……」
「そういえば、私たち、今まで火を焚いたことなかったっけ?」
「焚いたことありますよ、ご主人様」と黒猫は言った。
「へえ、そう? じゃあ、どうやって火を焚いてたの?」
「こうやって、しますよ」
黒猫が片方の前足を上げると、爪先から小さな炎が立ち上った。
……イザベラは、水ぶくれがいくつもできた自分の手を一瞥し、犬歯を舐めた。
ついに焼きヘビ肉を食べられた。香ばしくて、大満足だ。
ああ、人生ってやっぱり素晴らしい。
その隣では、頭を包帯でぐるぐる巻きにされた黒猫が、まるで丸いパンのようにぐったりと横たわっていた。
お腹を満たし、焚き火を消すと、イザベラは大きな木に登り、そこで快適な場所を見つけると、迷うことなく黒猫を頭の後ろに枕にして、一晩ゆっくり休むことにした。
こんな場所にいる以上、焚き火を灯すわけにはいかない。さもないと、夜が更けるやいなや、たちまち妖獣の標的になってしまうからだ。
案の定、夜が更けるにつれて、森の中から様々な遠吠えがかすかに響き渡り、その音はとりわけ人の心を震わせた。
しかしイザベラは、目を閉じて黒猫の結界の中でぐっすりと眠りにつき、その遠吠えをまるで森の夜の子守唄のように聞いていた。
その後の数日間、イザベラは仙草を探しつつ、仮面の男の追撃をかわし続けた。
「帰ったら絶対にじいちゃんに言うわ。このクソ野郎どもをぶっ殺してやるわあああ――」
イザベラはまたしても追撃をかわした後、怒りに任せてそう叫んだ。
どの仙草にも守護する妖獣がおり、数日が経っても、イザベラが見つけた仙草はたった二株だけだった。
その日、イザベラは何度目かの追跡をかわしたが、疲れと空腹で、もう力尽きそうだった。
崖の端を通りかかったとき、なんと小さな池が見えた。
水の中央には一輪の白蓮が咲いており、蓮の実がふっくらと実り、蓮の種は透き通るように輝いていた。
イザベラの目がぱっと輝いた。蓮の種、食べられる!
彼女は興奮して水の中を歩き、蓮の種を摘み取ろうとしたが、どうやっても取れなかった。
イザベラは空腹のあまり、そのまま歯を立ててかじりついた――
「あああああ――痛い痛い痛い痛い痛い!うわああああ――」
イザベラは手榴弾を投げるかのように、蓮の花を放り投げた。
ママ、植物が喋ったよ!
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