69 お前も村民たちと同じく、俺たちが守るべき存在だ
黒縞妖猫の声は穏やかで、すでに覚悟を決めているようだった。
金色の瞳をヴァルターに向け、それからイザベラたちを見渡した。
その眼差しには恐怖はなく、ただすべてを受け入れたかのような静かな安らぎが漂っていた。
イザベラたちは皆、呆気にとられ、ヴァルターの方を見た。
ヴァルターはやれやれとため息をついた。
「仇を討つ前に、死にたいのか? それでいいのか?」
黒縞妖猫の耳が微かに動いた。
仇を討つ前に?
まだ仇がいるというのか?
イザベラたちは困惑した顔で互いを見合わせた。
「お前の体にできた貫通傷は誰が負わせた? アスランの子どもを殺したのは誰だ?」
ヴァルターは黒縞妖猫を見つめながら尋ねた。
……
黒縞妖猫は答えなかった。ただ前足を引っ込め、爪を毛の中に隠した。
「まだ俺たちを信じていないのか?」
ヴァルターは困ったように両手を広げた。
「俺たちはこの件を公平に扱ってきたつもりだ。 村民たちの味方をしたわけじゃない。 それでも、まだ信用できないのか?」
「あいつらは村民とは違う」
黒縞妖猫は、ヴァルターの視線を避けた。
自分を傷つけたのは村民ではなく、仙士だった。ヴァルターたちと同じ仙士なのだ。
「だが、お前は村民と同じだ」
ヴァルターは言った。
黒縞妖猫は首を傾げ、その言葉の意味がわからない様子だった。
「グリーンベル村の村民たちは、この村が星詠仙門の庇護下にあり、俺たちには彼らを守る義務があると言っていた。 それは間違っていない」
ヴァルターは腕を組み、黒縞妖猫を見上げた。
「お前はずっとグリーンベル村の裏山で暮らしていたんだな?」
黒縞妖猫の尾がぴたりと止まった。
ヴァルターの言わんとしていることに気づいたのか、金色の瞳が驚きに見開かれた。やがて、その瞳を潤ませながら、小さくうなずいた。
「なら、お前も村人たちと同じだ。 俺たちが守るべき存在だ」
ヴァルターは当然のことのように言った。
黒縞妖猫の目から涙がこぼれ、彼女はうつむき、前足の間に鼻先を埋めた。
妖獣を人間と同じように扱う仙士など、まずいない。たとえ人間に劣らぬ知性を持っていたとしても、妖獣はあくまで妖獣なのだ。
だが、ヴァルターたちは違った。彼女を傷つけた仙士たちとは、明らかに違っていた。
「それで、誰にやられたんだ?」
「……アンナよ。 私を傷つけたのはアンナだ。 あの捕獣籠に施されていた封獣術にも、アンナの気配があった。 アスランの子どもを殺したのは、彼女のそばにいた男の仙士。 アンナがその男を『サイモン』と呼んでいたのを聞いたの」
黒縞妖猫の声には悲しみがにじんでいた。
「私はアスランの子を救えなかった。 あの子の魂をお腹の中に取り込むので精一杯だったの。 ちょうどその時、あなたたちがやってきて、アンナは慌てていた。 私はその隙に逃げ出したけれど、あの二人が……あの子の亡骸を握り潰すのを目撃してしまったの」
ヴァルターはうなずいた。
なるほど。だから、あの現場はあれほど雑に片づけられていたのか。
「俺たちをわざと誘い出して、後を追わせたんだな?」
ヴァルターは疑わしげな口調ながらも、断定するように言った。
「私一人では幼獣を守れなかったの」
黒縞妖猫はうなずいた。
「でも、あの時はあなたたちのことも信用できなかった。それでも、あなたたちに頼るしかなかったのよ」
ヴァルターはうなずき、何も言わずに、何かを考え込んでいるようだった。
アルベルトは我慢できずに口を開いた。
「でも、アンナはなぜそんなことをしたんだ? 村で三寿湯の噂を広めたのも、罠を仕掛けたのも彼女なんだろう? 黒縞妖猫にあれほどの傷を負わせられるなら、なぜ最初から殺さなかったんだ?」
ヴァルターはアルベルトの問いには答えず、眉をひそめたまま黒縞妖猫に尋ねた。
「アンナは、俺たちが来る前日にまたグリーンベル村に戻ってきたんだな?幼獣が殺された後、俺たちが来る前日まで、彼女の姿を見かけたことはあるか?」
黒縞妖猫はしばらく記憶をたどってから答えた。
「ああ、私はずっと村に残って、魔胎を取り戻そうとしていた。でも、あの日までアンナの姿は一度も見なかった」
「つまり、彼女はお前が堕魔しなかったのを見て、いったん村を離れたわけだ。 その時点では、魔胎が生まれたことに気づいていなかったんだろう。だが、グリーンベル村から雪華仙門に再び救援要請が届いたことで、魔胎が生まれた可能性に気づいた。そこで、今度は魔胎を狙って戻ってきた……」
ヴァルターはそこで一度言葉を切った。
「最初はお前を堕魔させようとしていた。 だが、それに失敗すると村を去り、魔胎の存在を知って戻ってきた。 つまり、彼女が欲しがっているのは堕魔者か、魔胎ということになる」
考えを整理するように言葉を重ねるうちに、ヴァルターの眼差しは次第に冷たくなっていった。
アンナは人の心を操ることに長けていた。
黒縞妖猫は絶体絶命の危機に陥り、人の善意に救われたと思った矢先、再び窮地に追い込まれた。目の前で幼獣を奪われ、村民たちが三寿湯にしてしまうところまで見せつけられたのだ。
それでも、黒縞妖猫は最後まで善性を失わず、堕魔することはなかった。
おそらくアンナにとっても、それは予想外だったのだろう。さらに、母親ではなく幼獣の方が堕魔し、魔胎になってしまったことも。
「でも、アンナは普通の仙士なのに、なぜわざわざ黒縞妖猫を堕魔させようとしたの?」
アルベルトはまだ納得できない様子だった。
「堕魔者や魔胎なんて、仙士にとっては害になるだけで、何の得にもならないわ」
クラリスも首を傾げた。
「だとしたら、アンナはその魔胎を何に使うつもりなの?」




