60 獣捕籠
その日、アスランはいつものように山へ登った。
鈴の音がしばらく鳴り響いたが、黒縞妖猫はいつものように姿を現さなかった。
おかしいなと思いながらしばらく待っていると、突然、遠くから騒がしい人の声と黒縞妖猫の唸り声が聞こえてきた。
アスランは全速力で駆け出した。
崖のふもとで、七人の村民が輪になっており、手には棒や捕獣籠を持っていた。
「この捕獣籠 (ほじゅうろう)、こんなに使い勝手が良くて、妖獣まで捕まえられるのか?」
その捕獣籠は、普段彼らが使っているものとは全く異なり、表面にはルーンが刻まれ、上部には稲妻の模様が描かれている。
「たまたま急いでこの捕獣籠を売りたがっていた仙士に出会ったんだ。 そういえば、村長がアスランの善良さを褒めて、山で妖獣を飼っているって教えてくれなかったら、この捕獣籠を買うこともなかっただろうな」
一人の村民が捕獣籠に近づくと、黒縞妖猫が唸り声を上げた。
すると、捕獣籠の中に小さな稲妻が走った。
「うわっ、あんなにやられてもまだこんなに凶暴だなんて。 こんなに大きいんだから、仙級が高いんじゃないか? こいつの三寿湯を飲めば、寿命がもっと延びるんじゃないか? 五年? 十年?」
村民たちの目が輝いた。
「あり得るよ、はは。 仙級が高くても所詮は畜生だ。 俺たちは人間だ、畜生とは違う。 アスランはただの馬鹿だ。 こんなものを人間扱いしてたんだからな」
黒縞妖猫は捕獣籠の中で身を縮め、体を震わせ続けていた。
「お前たち、何をしているんだ?!」
駆けつけたアスランはこの光景を見て激怒した。
「やっば!アスランが来たぞ!」
「アスランのことは放っておけ。まずは黒縞妖猫を殺せ!」
アスランは駆け寄り、最も近くにいる村民を掴み取った。
「やめろ!」
「アスラン、どけ! この黒縞妖猫は妖獣だ、寿命を三年延ばしてくれるんだ! 俺たちはまだ若いし、売れば大金になるぞ!」
「ふざけるな! この子は妊娠しているんだ!」
「妊娠しているならなおさらいい! 幼獣の肉は間違いなく柔らかいだろう!」
アスランは拳を振り下ろし、村民たちと取っ組み合いになった。
一人では七人を相手に敵うはずもなく、すぐに地面へ押さえつけられた。
すると、アスランは七人の猟師の足を死に物狂いで掴んだまま、黒縞妖猫に向かって叫んだ。
「逃げろ! 早く逃げろ!」
しかしこの捕獣籠には封獣術がかけられており、黒縞妖猫は逃げ場を失っている。
猟師はナイフをある村民に投げ捨て、
「早くあいつを殺せ!」
と叫んだ。
村民がナイフを振り上げ、捕獣籠に突き刺すと、黒縞妖猫は牙をむき出しにしてその村民の腕に噛みついた。
それとともに、捕獣籠の中大きな稲妻が黒縞妖猫に落ちた。
村民は悲鳴を上げ、反射的にナイフを振り下ろした。
黒縞妖猫は稲妻の中でうめき声を上げて再び倒れ、丸くなって腹を守るように身を縮めた。
アスランはもがきながら立ち上がろうとしたが、その瞬間、誰かが木の棒でアスランの後頭部を強く打ちつけた。
アスランの目の前が暗くなった。よろめきながら二歩ほど進んだところで足元がふらつき、そのまま険しい斜面を転がり落ち、崖の下へと落ちていった。
石や木の幹に体を打ちつけ、肋骨がパキッと音を立てるのが聞こえ、誰かが叫んでいる声も聞こえた。
「やばい、アスランが落ちたぞ!」
「あいつは放っておけ、早く黒縞妖猫を殺せ!」
アスランの意識はぼやけていった。
上から黒縞妖猫が甲高い悲鳴を上げるのが聞こえたが、その後、何も聞こえなくなった。
アスランが再び目を覚ましたのは、翌日のことだった。
アスランは山麓の小川の浅瀬に倒れ込み、そのまま一晩を過ごして寒さで目を覚ましたとき、空はまだ暗く、夜明け前だった。
後頭部の傷口には血が固まってかさぶたになっており、肋骨の痛みで体が震えた。
それでもアスランは必死に山を登った。
しかし、そこにあったのは空になった捕獣籠だけだった。
家に戻り、ドアを開けると、マリーが子どもを抱いて駆け寄ってきた。彼女の頬には、まだ乾ききっていない涙の跡が残っていた。
「みんなが……あなたが野獣に食べられたって……」
アスランは口を開いたが、喉が枯れて声が出なかった。彼はマリーと子どもを抱きしめ、こらえていた涙が子どもの小さな布団に落ちた。
家に戻ってから二日間、アスランは起こった出来事を振り返った。すべてがあまりにも偶然とは思えなかった。
傷ついた黒縞妖猫、仙士との出会いと「三寿湯」の物語、妖獣を捕らえることのできる捕獣籠……
アスランはマリーにアンナのことや、村民たちが黒縞妖猫を捕らえたことを話した。
だが、それ以上は言葉にならなかった。
口から出てくるのは、もはや人間の言葉ではなく、猫の鳴き声だけだった。
アスランは妖獣へと変貌してしまったのだ。




