59 鈴と麻ひも
翌日、アスランは少し考えてから、黒縞妖猫のことだけをマリーに話した。
マリーは優しく言った。
「心配なら見に行ってみたら? あなたに矢を射られてもこの程度の傷で見逃されたんだから、凶暴な妖獣ではないはずよ。 魚を何匹か持って行って。 あら、黒縞妖猫って魚好きかしら?」
そこでアスランは魚を数匹、麻ひもに通して、またあのカエデの森へ向かった。
アスランは前回黒縞妖猫に出会った、あの古いカエデの木の下に魚を置いた。
少し考えてから、子どものために買った緑色の鈴を懐から取り出した。
マリーは「子どもはまだ小さいから遊べないし、万が一飲み込んでしまったらもっと厄介だ」と言ったので、彼は仕方なくそれをまたしまい込んだ。
ふと思い直したアスランは、もう一度鈴を取り出して揺らしてみた。澄んだ音が、静まり返った森の中に響き渡る。
何の反応もなかった。
アスランは鈴を懐にしまうと、踵を返してその場を去った。
翌日行ってみると、魚はなくなっていて、木の下には黒い毛が数本落ちていた。
アスランは微笑んだ。
こうしてアスランは、不定期に黒縞妖猫に食べ物を届けるようになった。
時には魚、時にはヤマウズラ、ある時はイノシシを狩ったこともあった。アスランは後ろ足を一本切り落とし、残りはすべて黒縞妖猫に届けた。
イノシシを届けた翌日、彼が再びカエデの森に行き鈴を鳴らし始めると、その音が響くやいなや、黒縞妖猫が木の梢から音もなく降りてきた。
アスランには近づかず、ただゆっくりと食べ物を食べ始める。
そのとき、アスランは黒縞妖猫の腹部の傷がまだ治っていないことに気づいた。
そこでアスランは村医のところへ行って傷薬を少しもらってきて、家に備えていた小さな壺に入った米酒を少し傷口に塗って消毒してから、傷薬を塗った。
黒縞妖猫は痛みに歯をむき出し、喉の奥から「ウウッ」と威嚇の声を上げたが、それでも逃げることはなく、大人しく包帯を巻かせた。
その後、アスランと黒縞妖猫の間には、いつしか暗黙の了解が生まれていた。
アスランが鈴を取り出してしばらく振ると、黒縞妖猫はのんびりと姿を見せる。
次第に黒縞妖猫の目から凶暴さが薄れ、時折アスランの頭に体をすり寄せてくることもあった。
その頃アスランは知らなかったが、村ではすでに彼のことが噂されていた。
「アスランは毎日山へ駆け上がっている。狩りだと言っているが、獲物を連れて山へ行き、手ぶらで帰ってくる狩りなんてあるものか?」
「あいつ怪しげな様子だし、山で何かよからぬことをしているに違いない」
「怪しげだなんて。 奥さんが出産したばかりなんだから、山で薬草を掘って売っているだけじゃない?」
「じゃあ、獲物を連れて山に行くのは何のため?」
「焼いて食べるのがダメか? 余計な口出しはよせ。 一日中疑り深すぎだぞ」
アスランはこうした噂話を耳にしていたが、気にも留めなかった。
ある日、アスランは村の小さな酒場で酒を飲んでいた。
ほろ酔い気分になった頃、隣の席にいた数人の猟師たちが近づいてきて、世間話を始めた。
アスランは酒の勢いもあって気が緩み、うっかり口を滑らせてしまった。「三寿湯」の話を漏らしてしまったのだ。
「何だって?」
「それは本当か?」
アスランは言ってはいけないことを口にしてしまったと気づき、すぐに取り繕った。
「そんなに不思議なことじゃないよ。 ただの物語で、話して楽しむだけさ」
「ああ、確かにその通りだな。 聞いただけにしておこう。 それに、俺たちのような一般人が妖獣を捕まえられるわけがない。 野獣を狩るだけでも一苦労だ」
「みんな、根拠のない噂を広めないで、しっかり生活しようじゃないか。 安全第一だ」
村長が口を開いた。
「村長のおっしゃる通りですね、ははは、酒を飲もう、飲もう」
皆が笑い出し、もう誰もそれを真に受けていないようだった。
しかし、隅のテーブルでは、話を終えた村長がゆっくりと酒を一口を飲む。
村長の体のことは、彼自身が一番よく分かっていた。
村医が言った。
あとせいぜい二年だ。
村長は酒杯を置き、濁った瞳を灯りの影の中できょろきょろと動かした。
「二年……」
彼は小声で呟いた。
独り言のようでもあり、自分自身への問いかけのようでもあった。
「二年、一体何ができるというのか?」
彼は六十七年生きてきた。
若い頃は数年ほど仙士修行に励んだが、後に体調のせいで修行を断念し、緑鈴村でひたすら村長を務めてきた。
彼は当初、それで満足していると思っていた。
しかし死が近づくにつれ、自分が本当にそれで満足していたのか分からなくなってきた。
このまま死ぬのは納得できない。
その後の数日間、村長はこっそりとアスランの後を追って山へ登り続けた。
彼は遠く後ろに距離を置いていたが、やがて黒縞妖猫が現れる場所と時間のパターンを突き止めた。
あの鈴の音、あの古いカエデの木。そこに現れるのは、妊娠したまま傷を負った黒縞妖猫だった。
村長はゆっくりとしゃがみ込み、地面に落ちていた麻縄を拾い上げた。それはアスランが魚を通すのに使っていたものだ。
彼はその縄を手に巻きつけた。
一巻き、また一巻き。
地平線の雲は低く垂れ込め、楓の森には風の音だけが響く静けさが広がっていた。
村長が半開きにした目の中で、濁った瞳がゆっくりと動いた。
「三年……」
彼は低く呟いた。
「三寿湯を飲めば、本当に三年も生きのびられるのか……?」




