46 首席、猫を殺さないで
この黒縞妖猫は実力がC級に近く、さらに堕魔寸前であるため、その力は侮れない。
クラリスとイザベラは今、全身の力が抜けてなかなか立ち上がれず、草の上に座ったまま、首席が悠然と歩み寄ってくるのを見つめていた。
身なりは整い、佇まいは優雅だ。実にハンサムである。
「この黒縞妖猫、なんでずっとお腹を守ってるの? お腹がこんなに小さいから、 妊娠してるようにも見えないけどね」
イザベラは首を傾げながら黒縞妖猫を見つめていた。
「もうどうでもいいよ、疲れた。死ぬかも……」
クラリスが口を開いたが、その声にはまだ息切れが残っていた。
彼女とイザベラは、近づいてくる首席を切なげに見つめ、手を差し伸べた。首席が自分たちを助けてくれることを期待している。
ヴァルターはただ彼女たちの前に歩み寄ると、嫌そうに一瞥を投げかけ、そして二人の後ろに回り込み、片手ずつ襟元をつかんで、仙力もなしで二人を立ち上がらせた。
その動きはまるで子猫二匹を持ち上げるかのように手際が良く、全く苦労している様子はない。
二人が差し出した手は宙に浮いたまま固まった。
「えっ?」
冷たいなあ、頑張ったのに。
「たった一匹の黒縞妖猫にここまで追い詰められるとは、やはり修行が足りない。 帰って修行の強度を上げろ」
ヴァルターは手を離し、指先に存在しないほこりをはたいた。
かろうじて立ち上がったクラリスは、その言葉を聞くや否や、膝ががくっと折れた。
ドサッ。
再び草の上に倒れ込み、そのまま口いっぱいに草の屑を噛み込んだ。
ヴァルター……
イザベラは先ほどクラリスが豪語していた言葉を皮肉を込めて、そのまま返すように彼女を見つめながら
「首席! あと五分が頑張れる!か…」
とぼやいた。
クラリスは地面にうつ伏せになり、かろうじて持ち上げた頭を恥じ入るようにうつむけた。
「ごめんなさい。 自分の実力を過大評価していたわ。 かわいいイザベラちゃん。ねえ、手を貸して…本当に立ち上がれないの」
「……もういいわ」
イザベラはため息をついた。
仙力を回復させる復仙丹を一粒取り出すと、しゃがみ込んでまずクラリスの口の中に押し込み、それから彼女を引き上げ、体をひっくり返した。
クラリスは丹薬を飲み下して初めて、自分の丹田にある仙力が著しく枯渇していることに気づいた。
彼女が何か言おうとしたその時、経脈から強烈な仙力が流れ込み、丹薬を瞬く間に溶かしていった。
クラリスは強烈な仙力の衝撃で身震いしたが、すぐにそれが首席の仙力だと気づいた。
「首席、私は女の子なんだから、もう少し優しくしてくれない?」
ヴァルターが冷ややかに彼女を一瞥すると、クラリスはたちまちおとなしくなった。
「首席、ありがとうございます!」
イザベラは笑いをこらえながら、クラリスに親指を立てた。まったく、クラリスはどこまでも自分で墓穴を掘る。
すぐに丹薬の薬効が体内に浸透し、仙力が補われていく。クラリスの体はたちまち温かくなり、もともと疲弊していた筋肉にも徐々に力が戻ってきた。
クラリスは指を動かして、拳を握りしめた。驚いて尋ねた。
「イザベラ、あなたの丹薬は他の人とは違っているの? こんなに効果が高いなんて」
イザベラは、エドガーから空間指輪いっぱいの丹薬をもらったことを思い出し、得意げに眉を上げて言った。
「もちろんよ。 S級仙医が作った特製なんだから!」
「あなたたちの家も変ね。 あなたのおじいさんがS級で、もう一人S級の仙医がいるなんて。 他の場所なら小さな仙門を一つ立てられるのに。 なぜわざわざ一国に固執するの? おじいさんは一体何を考えているのかしら?」 」
イザベラはこれまでそのことを考えたこともなかったが、そう言われてみると確かに奇妙だった。
修仙界では、四大仙門を頂点に、その下に数多くの小仙門が存在する。国家はそのさらに下に位置する。
しかもシルヴィリア王国はフェアフィールド家を信用していないというのに、なぜおじいさんはこの国に固執するのだろうか?
しかも、S級の仙医であるエドガーや、S級の符陣師であるアルフレッドは、全く不満を漏らさずにおじいさんに従っている。
そう、ほとんど誰も知らないことだが、実はアルフレッドもS級であり、しかも修仙界では極めて稀な符陣師なのだ。
符陣師は、仙符と陣法に精通している。トップの符陣師は、複雑な仙符を描くだけでなく、仙符を用いて陣法を敷くこともできるため、大規模な結界、封印、防御陣の分野において、他の仙士には代えがたい強みを持っている。
その時、イザベラはまた婚約破棄のことを思い出した。
彼女がセドリックに星詠仙門からの脱退を求めた際、彼はほとんど躊躇することなく承諾した。
それは本当に彼が愚かだったからなのか? それとも、シルヴィリア王国には彼女が知らない秘密があるのだろうか?
「イザベラ? イザベラ?」
クラリスはイザベラに話しかけていたが、彼女がぼんやりしていることに気づいた。彼女は手を伸ばして、イザベラの目の前で手を振った。
「あ、ごめんなさい」
イザベラははっと我に返った。
「何を考えてたの? そんなに夢中になるほど?」
「うーん、どうしても理解できないことがあって――」
イザベラが答え終わる前に、仙力に縛られた黒縞妖猫が、歯で噛みつき、爪で仙力の縄を引き裂こうと激しく暴れ始めた。咆哮と爪が擦れる音が絶え間なく響き渡った。
もともと騒がしいのが嫌いなヴァルターも思わず眉をひそめたが、クラリスとイザベラの恐怖に満ちた表情をよそに、長剣を握りしめて黒縞妖猫へと歩み寄った。
ちょうどその頃、リヒター一行も駆けつけた。
「首席、猫の命だけは助けてくれ」
この証拠一つで、殺したらやばいよ。




