45 感情的な猫
ヴァルターは素早く仙力を巡らせ、自らの聴覚を封じた。
妖獣「黒缟妖猫」の鳴き声には魂を攻撃する性質がある。今の段階では仙級が低いため、ダメージはそれほど大きくないものの、非常に強い影響力を持っている。
クラリスは一歩遅れてしまい、耳をつんざくような猫の鳴き声に頭がズキッと痛み、剣を振るう手も一瞬遅れてしまった。
一方、イザベラはそのまま膝をついた。
片手で頭を抱え、もう片方の手ではしっかりと剣を握りしめ、顔には苦痛の表情を浮かべていた。
彼女の命魂は不安定で、魂への攻撃は彼女にとって最も致命的だ。
「イザベラ! 避けろ!」
クラリスが叫ぶ。彼女の剣先が、空中に歪んだ弧を描いた。
黒縞妖猫はすでに飛び出し、全身の筋肉を張り詰め、イザベラめがけて一直線に迫ってきた。
ヴァルターはとっさにイザベラを蹴り飛ばし、振り抜いた剣で黒縞妖猫の右前足を受け止めた。
鋭い妖猫の爪が妖力を帯びて重厚な長剣をかすめ、火花が散る。続いて爪が剣面に激しく当たり、耳をつんざくような音を響かせながら滑っていった。
「ちょっと、首席!なんで蹴り飛ばすの? そのまま防げばいいじゃない? わざわざ私を蹴るなんて!」
イザベラは空中で宙返りをし、着地して二歩よろめいた後、ようやく体勢を立て直した。
ところで、自分が蹴られたことで正気を取り戻したことに気づく。
「……あ」
蹴り飛ばされたおかげで頭がはっきりしたイザベラは、その隙に剣を振るい、かろうじて剣気を使って空中に飛び出した黒縞妖猫の速度を多少抑え込んだ。
しかし、それはほんの一瞬の遅れに過ぎず、黒縞妖猫はすぐさま体勢を立て直し、怒気を全身から迸らせながら急降下してきた。
三人は黒縞妖猫を相手に、激しい戦いを繰り広げた。
やがて、ヴァルターは目を細めた。
この妖獣は……
「やっぱり妖獣って、皮が厚くて肉も硬いんだね。 人間なら、あんな一撃を食らったら、少なくとも血は出るはずなのに」
クラリスがツッコミを入れた。彼女は衝撃でしびれた右手を振ると、親指の付け根に細い傷ができ、そこから血がにじんでいる。
しかしすぐに、クラリスは異変に気づいた。
黒縞妖猫の体から漂う妖力が、かすかに黒ずんでいるのだ。さっきまでは、猫の毛の反射光だと思っていた。
「首席! この黒縞妖猫、堕魔しようとしているんじゃない? まさか……」
彼女の声には、初めて明らかな動揺が混じっていた。
堕魔とは、通常、極端な感情の暴走や歪んだ執念などをきっかけに起こるものだ。本人の意思とは無関係に起こる例もあるが、それはまた別の話だ。
しかし、彼らはただ戦っただけで勝敗すら決まっていないのに、どうして堕魔の域にまで達してしまったのか?
「この猫、どうしてこんなに感傷的なの? 過敏だよね」
クラリスは呆然と呟いた。
黒縞妖猫から巨大な妖力が爆発し、砕けた剣気が空中に飛び散った。
三人では黒縞妖猫を封じ込めることができず、瞬く間に振りほどかれてしまった。可能性はただ一つしかない。
この黒縞妖猫は本当に堕魔しようとしているのだ。
激しい剣気がイザベラとクラリスの前に横たわり、続いて黒い長剣が下から上へと鋭く斬り上げられた。
その一撃に、黒縞妖猫は数歩後退させられた。剣風がその腹部の長い毛を翻し、その下にある貫通傷を負った腹部が露わになった。
ヴァルターの目に何か走った。素早く横へ飛び退き、クラリスに告げた。
「傷つけるな。 しばらく時間を稼いでくれ。 できるだけ長く引き留めるんだ」
剣を振りかざして突進しようとしていたクラリスは、ぴたりと動きを止めた。
「引き留める? どうやって?」
クラリスの目には信じられないという色が浮かんでいた。
凶暴な妖力を帯びた三度の急降下と襲撃に追い詰められ、後退を余儀なくされたクラリスの表情は、まるで「首席、冗談はやめて」と訴えているようだった。
そこへイザベラが前に出て、クラリスとともに黒縞妖猫を引き留め始めた。
「クラリス、小説を書く実力を発揮して!言葉でその子を感化して!」
クラリスはイザベラの言葉を聞いた。これは自分の小説を認めてくれたということだ!
クラリスはぱっと表情を輝かせたかと思うと、すぐに真剣な顔になり、黒縞妖猫に向かって説教を始めた。
「お猫さん、会った途端に手を出すなんてどういうこと? 座ってゆっくり話し合うのはどう?」
「何が欲しいのかはっきり言ってよ。 意見が合わないからって、いきなり堕魔しようなんて、ありえないでしょ? 一体何がお猫さんをそんなに怒らせたの?」
「堕魔した者は必ず殺す。 これは我ら修仙界の不文律よ。 あなたが堕魔したと言うなら、殺すべきか、殺すべきでないのか?」
「それにお猫さん、何より私たちなんて肉が少なくて骨ばかりだから、食べてもきっと食感が悪いでしょう」
そう言いながら、クラリスは長剣で猫の爪による猛烈な攻撃を次々と受け流し、慎重に猫の体を避け続けていた。
イザベラ……まさか本当に猫に理屈を説いているのか?
彼女は防御を手伝いながら心の中で激しくツッコミを入れ、思わず口元が引き攣った。
クラリスとイザベラは、襲いかかってくる黒縞妖猫をなんとか食い止め続けていた。
「首席! あと五分がんばれる!」
クラリスの額にはすでに細かい汗がにじみ出ており、頬を伝って流れ落ちていた。
傍らでずっと戦いをじっと見つめていて、加わろうとはしなかったヴァルターが、突然剣先を下に向け、地面を力強く突き刺した。
仙力が剣を伝って瞬く間に地中へと流れ込んでいった。
ヴァルターは顔を上げ、すでに限界を迎え、かすかに震えているクラリスとイザベラを見つめた。
「よし、後退しろ」
クラリスとイザベラは腕の力が抜け、自分たちに向かって飛びかかってくる黒縞妖猫から素早く後退した。
二人の手足が芝生を擦り、地面にいくつもの深い跡が残る。
黒縞妖猫がすぐ後ろを追ってきた。イザベラとクラリスは手を上げて顔を覆った。
この時、二人の心にはただ一つの思いしかない。
首席、頼りないことなんて許さないわよ! さもないと、幽霊になってもあなたを許さないから!
その時、草地に浅く埋もれていた白い仙力が突如として地中から噴き上がり、黒縞妖猫の腹部へとまっすぐに突き進んだ。
二人に迫っていた黒縞妖猫は、突然空中でひっくり返り、四足を上に向けて丸くなり、奇妙な姿勢のまま重々しく落下してくる。
しかし、白い仙力は黒縞妖猫を攻撃せず、むしろ落下する黒縞妖猫の体を支え、ゆっくりと地面に下ろしていく。
草地に着くと、仙力は縄へと変わり、黒縞妖猫の体に巻きついた。
「さて、そろそろまともに話せるか?」
ヴァルターは黒縞妖猫を見つめ、その表情は相変わらず冷淡だった。
「かっこいい!」
疲れ果てたイザベラとクラリスは背中合わせになり、思わずヴァルターの方に向かって親指を立てた。
ヴァルター……




