42 謎の黒い影
アンナは一瞬表情を硬くしたが、すぐに微笑んだ。
「もちろん会ったことがあります。 以前、霧隠秘境で会いました。 あの時、ヴァルター仙士は私を助けてくれただけでなく、励ましてくれました」
霧隠秘境?
イザベラは唇をすぼめた。ヴァルターは本当に心優しい人だ。自分を助けただけでなく、他の人も助けたのだ。
彼女は心の中でつぶやき、無意識に足の先で地面の小石を踏みつぶしていた。
「どうやってあなたを助けたの?」
イザベラ自身、なぜそんな質問をしたのか分からなかった。その口調には、どこか敵意さえ感じられた。
「ヴァルター仙士は、『一般人の身で、身の程知らずに他人の災いを防ごうとしてはならない』とおっしゃいました。 それはつまり、自分をしっかり守れということではありませんか?」
イザベラ……
クラリスは、数人しか聞こえないほどの小声で囁いた。
「これが助けたこと? これって首席のいつもの毒舌じゃない? 状況分からないけど、あの時、首席は絶対にこの人が邪魔だと思ったに違いないわ」
彼女は肘でイザベラを軽く突くと、目にはゴシップを嗅ぎつけたような光が宿っていた。
アルベルトとリヒターもそれに同意するようにうなずいた。
「ほら、私はもう仙術を修めることができるし、しかもD級の仙士になりましたよ。 これで、私がまだ身の程知らずだと言えるかしら?」
アンナは美しい顔に自信を宿らせつつ、口調は相変わらず穏やかだった。
ヴァルターはアンナを一瞥し、少し記憶を辿った。
霧隠秘境?
当時、魔気が渦巻く苦しみと、自分から離れようとしないイザベラのことは覚えているが、このアンナのことなど全く思い出せない。
「うーん、すまないが君のことは覚えてないな。 君が弱かろうが、俺の邪魔さえしなければ関係ない」
イザベラはもはや我慢できなくなり、プッ、と声を上げて笑ってしまった。
クラリスは白目をむき、「やっぱりね」という表情を浮かべた。
アンナの表情が一瞬こわばったが、恥じ入って怒ることはなかった。
「そうですか? あの時はあまりにもみっともなかったから、ヴァルター仙士が覚えていない方がいいかもしれませんね」
アルベルトは後頭部をかきながら、素直に感心したように言った。
「うん、このアンナ仙士はなかなか強いね」
リヒターはアルベルトの言葉を聞いてうなずいたが、クラリスは逆に何も言わなかった。
イザベラはアンナをじっと見つめた。この人、なかなかすごい。
まさに、努力を重ねて自らの道を切り開く仙士そのものだ。登場してから今に至るまでの言葉の一つひとつが極めて気品があり、初対面の者でも好感を抱かざるを得ないだろう。
「私はアンナと申します。 雪華仙門の弟子です。 皆様のお名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
アンナは軽くお辞儀をし、礼儀正しく応じた。
「ヴァルターだ。 余計な話はいい。 仙門の命を受け、グリーンベル村を守るために来た。 アンナ仙士、先ほど追い払ったのはどんな妖獣だった? 確かに智慧を持っているのか? 仙級なのか?」
ヴァルターの問いかけは、まったく遠慮のないものだった。
そこで、人々の注目は再びヴァルターへと集まった。
ヴァルターのオーラは極めて冷たく、その目には警戒心と鋭い思考が浮かび、かすかに殺気さえ感じられた。仙門の弟子というよりは、まるで森の中で道を塞ぐ「山賊組織」のようだった。
村長たちは、ヴァルターの苛立ちを見抜いていた。
村長は首を縮め、最も穏やかに見えるリヒターに小声で尋ねた。
「仙士様……お尋ねしますが、この方は、間違いなく貴方たちと同じ星詠仙門の弟子でしょうか?」
「うん」とリヒターは答えた。
「我々の首席だ」
イザベラたちも村長にうなずいたが、ヴァルターは村長の言葉を無視し、相変わらずアンナを睨みつけていた。
すると、残りの四人も一斉にアンナの方を見た。
そういえば、この「一斉に視線を向ける」という動作は、馬車に乗っていた時にイザベラが思いついたものだった。
彼女は「こうすればより威圧感が出る。そうでないと、子供たちの仙士集団だと見なされて、軽んじられやすい」と言ったのだ。
彼らはその場で試してみたが、数人が一斉にヴァルターの方を見たところ、ヴァルターに一人ずつ頭を叩かれてしまったけど……
アンナは五人の視線と向き合った……
正直に言えば、この星詠仙門の弟子たちは皆、容姿に欠ける者など一人もいなかった。冷たくもかっこいい、優雅で、清らかで、気品あふれる面々が一堂に会している。一人ずつ見れば、ヴァルターを除いて、他の誰もが話しやすい人に見えるのだが、こうして一斉に視線を向けられると、なぜか背筋が凍るような気がした。
この星詠仙門の弟子たち……なんだかおかしい。
操られている傀儡だとしても、ここまで揃っているはずがない!
イザベラは微かに眉を上げて、ゆったりとした口調で言った。
「アンナ仙士?」
アンナは我に返り、「申し訳ありませんが、私の見識が浅いせいでしょうか。あの妖獣は慌てて逃げ去ってしまったので、それがどんな妖獣なのかは分かりません。ただ、巨大な黒い影が一つ見えただけでした……」
そう言いながら、彼女は無意識に両手で袖口をねじり、すぐにまた緩めた。




