4 恋愛脳だった悪役令嬢の黒歴史
黒猫は彼女に揺らされて鈴がチリンチリンと鳴り、耳をピクッと動かしたが、無表情のままイザベラの八つ当たりに耐えていた。
そして、夕闇の奥から、妖獣の咆哮がまた少し近づいてきたようだった。
「ねえ、どんな任務なの? 次の任務場所を予言してくれない?」
「予言できないですよ」
黒猫は首を傾げた。
「ですが、ご主人様。あなたが運命の相手にもうすぐ出会うことなら、予言できます」
「……君、恋愛以外は何一つ予言できないの? もっと役に立つ予言とかは?」
「でも、ご主人様……」
黒猫は不満そうに尻尾を揺らした。
「今までずっと、僕をそういう風に使ってきたじゃないですか……」
イザベラ「……」
忘れちゃった。
元の持ち主は筋金入りの恋愛脳で、この猫の予言能力は全部恋愛にしか使わなかった。
なるほど。
どうやら、この予言黒猫もろくに役に立ちそうにない。
イザベラは騒ぐことにも疲れ、草の上に体を横たえた。
「まあ、いいわ……」
体をひっくり返し、目を閉じた。
とりあえず眠ろう。
目が覚めてから考えよう。もしかしたら元の世界に戻れるかもしれないし、死んちゃうかもしれないし。
死んでも悪くないな、もうどうでもいいや……
イザベラがちょうど眠りにつこうとしたその時。
「……っ!」
脳の奥で、突然激しい痛みが走った。
見覚えがありながらも見知らぬ情報が、波のように押し寄せてきた。彼女は見た――
3歳、おじいさんが彼女を抱きかかえ、黒翼犬頭鷲に乗って空を飛ぶ姿。その旅の途中、二人の笑い声が響き渡っていた。
7歳、彼女が泣きながら「お姫様みたいな髪飾りが欲しいの」とたったそれだけの一言のために、おじいさんは国王陛下の寝室の扉を蹴り飛ばした。
14歳、仙力天賦測定。仙力天賦測定用の水晶玉が一瞬光ったかと思うと消え、会場は静まり返った。彼女は泣きながら走り去り、後ろから追いかけてきたおじいさんが叫んだ。「光らなくてもいい! おじいさんが水晶玉を100個買ってあげるから、毎日投げて遊べばいい!」
そして、セドリックの顔が浮かんだ。顔を近づけて笑いながら「俺が君を守るよ。今度、霧隠秘境でデートしよう」と言う――
イザベラはハッと目を見開いた。
「……くそっ」
前世ではこの言葉で自分を追い詰めた上司を罵り、今世では元の持ち主を裏切った婚約者を罵った。
一人は彼女を過労死に追い込み、もう一人は元の持ち主を絶望の果てへ追いやった。結局、不運に見舞われたのは「彼女」だったのだ。
イザベラはこめかみを揉みながら、混乱した情報を整理した。
元の持ち主、イザベラ・フェアフィールドは、シルヴィリア王国の護国将軍の唯一の孫娘だ。
おじいさんは王国で唯一のS級仙士であり、国王陛下でさえ敬意を払わざるを得ない存在だった。
二人の息子を戦場で失ったおじいさんから溺愛され、幼い頃は王国中で恐れられるお嬢様だった。
イザベラが王太子に目を付けたというだけで、フェアフィールド将軍は一切を顧みず、国王に威圧をかけて政略結婚を強要した。
一方、王太子セドリックは自身の地位を固めるため、快くその婚約を受け入れた。
しかし、誰も予想しなかったのは、14歳の仙力天賦測定で、イザベラが低級仙力であると判定されたことだった。
強さだけが価値を決める世界で、彼女は一瞬にして「落ちこぼれ」になった。
それだけならまだよかった。
最大の問題は、彼女が筋金入りの恋愛脳だったことだ。
そして今回、彼女がしだしたことはさらに常軌を逸していた!
王太子が「君を守るよ、デートに行こう」と言っただけで、恋愛脳のイザベラは何の疑いも抱かなかった。
彼女はなんとおじいさんに内緒で危険な霧隠秘境へと向かってしまったのだ。
……だが、王太子が欲しかったのは婚約者本人ではなく、狙いは彼女が持つ法宝だった。
今回の採集任務でも彼女を利用し、白霧仙芝を採らせようとした。
元の持ち主は恋に浮かれたまま秘境へ踏み込んだ。
白霧仙芝の守護妖獣に一撃を食らい、さらに王太子の浮気現場を目撃して、そのショックで死んでしまった。
……そして問題は任務がまだ終わっていないことだった。




