11 悪役令嬢、狼の怒りを利用する
イザベラは逃げながら悪態をついた。
何度か追われ続けるうちに、イザベラはなぜか少しの興奮を覚えた。追われても反撃しないなんて、彼女の流儀ではない。
しかし問題は敵の人数が多く、F級の仙士である彼女一人では敵わないことだ。
どうすればいいのだろう?
森には古木が天を突くようにそびえ立ち、草木が鬱蒼と生い茂り、まさに原生林の光景が広がっていた。
かなり離れた場所からでも、耳をつんざくような妖獣の咆哮が聞こえてきた。
イザベラの目が輝いた。
「黒猫!」
イザベラが黒猫に何かささやくと、黒猫の琥珀色の瞳がぱっと輝き、尻尾の先が興奮して小刻みに震えた。
「任務を必ず遂行します!」そう言うと、黒猫は姿を消した。
イザベラはまっすぐ走るのではなく、仮面男たちを連れてぐるぐると回りながら、何かを探しているようだった。
突然、彼女は邪悪な笑みを浮かべ、ゆっくりと二文字を口にした。
「来た」
黒猫は彼女の視線の先を見やり、口では
「来た、来たよ、ご主人様!僕たちもやばくないですか?」
と心配そうに言ったが、尻尾が興奮そうに左右へ揺れた。
「今さら心配しても、遅くない?」
数百メートル先から、全身真っ白で巨大な狼が一匹、彼らに向かって走ってくるのが見えた。
その背丈は実に3メートルもあり、彼らの方に向かって遠吠えをあげ、牙からは不気味な白い光を放ち、獰猛で恐ろしい姿だった!
「白霧巨狼、よろしくね」
白霧巨狼、白霧仙芝の守護妖獣であり、イザベラが数日前にうっかりその幼獣を「連れ去って」しまったあのお母さんでもある。
巨狼はただのF級だが、その巨大な体躯と驚異的なスピードを武器に、その攻撃力は仮面男たちを恐怖に陥れるに十分だった。
イザベラが観察したところ、仮面男たちのうち、最高ランクはD級の仙士に過ぎない。
F級の彼女一人を相手にするだけでも、D級の仙士が追撃してくるのは、彼女を過大評価しているに違いない。
「ウオオオオ――!」
巨狼は咆哮し、怒りを露わにしているようだ。
通り過ぎる木々が次々と折れていく。
イザベラを追っていた仮面男たちは一瞬、動揺した。
「この狼はどうしたんだ? なぜ俺たちを追ってくるんだ?」
イザベラは突然足を止め、逃げずに、少し離れた木に飛び乗った。
一人の仮面男が首をかしげた。
「あいつ、何してるんだ? なぜ逃げないんだ?」
「どうでもいいさ。巨狼に殺されれば、俺たちが手を下す手間も省ける。F級なのに、よくもまあ逃げ回ったもんだ。俺たちの時間を無駄にさせやがって」
巨狼はイザベラにどんどん近づいてきた。
しかし、仮面男たちを驚かせたのは、巨狼がイザベラを完全に無視し、彼女を通り越して、彼らめがけて飛びかかってきたことだった。
仮面男は瞬時に事態を把握し、イザベラに向かって怒鳴った。
「お前、何をしたんだ?」
しかしイザベラはただ彼らに向かって手を振り、口パクで「頑張ってね~」と言った。
巨狼はすでに目の前まで迫っており、仮面男たちはもはやイザベラを気にする余裕などなかった。
一瞬にして水の矢、火の玉、風の刃……数え切れないほどの攻撃が巨狼に集中した。
イザベラは仙術の攻撃を目にするのはこれが初めてだったが、その光景は実に壮観で、まるでマジックを見ているようだった。
ただ、その攻撃はまったく効果がないようだった。
巨狼の周囲には薄い霧が立ち込め、水矢や火の玉が当たっても、まるで水面に小石を投げ込んだかのように、波紋を広げて消えていくだけだった。
巨狼は避けることさえせず、唸り声を上げると、一撃でそのうちのひとりを吹き飛ばした。
その動きは決して速くはなく、顔には獰猛な笑みを浮かべ、まるで泰然自若としているかのようだった。
仮面男たちは必死に攻撃を繰り出していたが、巨狼にはほとんど効いていない。それでも人数差を頼りに、かろうじて時間を稼いでいた。
仮面男と巨狼が戦っている隙に、イザベラは再び無事にその場を脱出した。
「ご主人様、なぜあいつは僕たちを攻撃しないのですか?」
「あの狼は、匂いを頼りに獲物を見分けているの」
イザベラは黒猫を撫でながら言った。
「あの幼獣の毛を仮面男の体に付けさせたでしょ。狼から見れば、幼獣をさらった犯人は、あいつらってわけ」
「わあ、ご主人様、賢いですね」
「あいつらにゆっくり遊ばせておこう」
イザベラは木から飛び降り、振り返って別の方向へと歩き出した。
背後には、巨大な狼の唸り声と、仮面男の苦痛に満ちた叫び声がまだ聞こえてくる。
「なんでか分からないけど、あの巨狼、前よりさらに凶暴になった気がする?」
黒猫は頭を掻きながら言った。
「そりゃあ当然よ。 最初は『白霧仙芝』を守るため、二回目は幼獣のせいで手が出せなかった。 今は仙芝もなくなってしまったし、幼獣も無事。 なのに三回目で、家の前で挑発されるなんて。 誰だって我慢できないわ。 ましてや、自分の子供を何よりも大切にする妖獣ならなおさらよ」
「ああ、なるほど。 ご主人様、本当に意地悪ですね」
イザベラは足を滑らせ、危うく転びそうになった。
「黒――猫!」
「あっ、ご主人様、本当に賢いですね!」黒猫はすぐに言い直した。
イザベラが黒猫を叱る間もなく、また別の仮面男たちの集団が視界に入った。
イザベラは自分の目を疑った。
「まさか、F級の私を相手にするのに、D級の仙士まで動員している上に、しかも一波だけじゃないなんて?!」
彼女を追いかけてくる連中は、いつも同じ服を着て、同じ仮面を被っていた。当然、彼女はそれが一団だけだと思っていた。
油断していた。
イザベラは嘆息を漏らし、逃げ出そうとしたその時、鼻先に異様な甘い香りが漂ってきた。
イザベラは反射的に息を止めた。
でももう遅い、次の瞬間、頭が重くなり、視界がぼやけ始めた。
……毒?
待って、あなたたち、仙人じゃないの? まさか毒を使うなんて。 仙人の品格はどこへ行ったのよ?!




