第20話 静かな最強の居場所(最終話)
朝の山は、今日も変わらず静かだった。
霧がゆっくりと引き、畑の緑が姿を現す。
土は湿りすぎず、乾きすぎず、ちょうどいい。
「……いい流れだ」
レイは地面に手を当て、小さく息を吐いた。
地脈は、無理なく循環している。
それだけで、十分だった。
「レイさん!」
後ろから、軽い足音。
ミリアが、小さな籠を抱えて駆けてくる。
「芽、また増えました」
「そうか」
覗き込むと、昨日までなかった双葉が、確かに顔を出していた。
「……ちゃんと、生きてますね」
「ああ」
その言葉には、いろいろな意味が含まれている。
畑の向こうでは、子どもたちが走り回り、
大人たちはそれぞれの仕事に戻っていく。
誰も号令はかけない。
誰も命令しない。
それでも、この場所は回っている。
「……最強、なんて言葉」
レイは、ふと呟いた。
「似合わないですよ」
「だな」
グランが、木材を担いだまま笑う。
「剣一本振るえねえのに」
「振らないからな」
「だが……」
グランは周囲を見渡す。
「ここは、強い」
それは、率直な感想だった。
王国の城壁よりも、
騎士団の剣よりも、
魔導結界よりも。
ここは、壊れにくい。
無理をしない。
奪わない。
測らない。
ただ、生きるために整えているだけだ。
「……王都から、また使者が来るそうです」
ミリアが、少しだけ困った顔で言う。
「今度は?」
「“視察”だそうです」
「断れ」
「はい」
即答だった。
もう、交渉は終わっている。
この場所は、
誰かの許可で存在しているわけじゃない。
昼過ぎ。
レイは一人、少し高い場所に立ち、山を見渡す。
ここに来た日を、思い出す。
追放された日。
価値がないと言われた日。
名前すら、残らなかった日。
――あの時、思っていた。
生き延びるだけで、精一杯だと。
「……結局」
レイは、静かに言った。
「最強になるつもりは、なかった」
ただ、生きたかった。
静かに、無理なく。
だが、生きるために整えた結果、
ここは“最強”になっていた。
人が集まり、
魔物が近づかず、
王国すら手を出せない。
それでも、
支配者はいない。
レイは、地面に手を当てる。
大地は、今日も応えている。
誰かに認められなくても。
誰かに測られなくても。
ここは、確かに――
居場所だ。
ミリアが、隣に並ぶ。
「……これからも、ここにいますよね」
「ああ」
迷いはなかった。
「追放される心配も、ないですね」
「もう、ない」
レイは、はっきり言った。
「ここは、誰にも追放されない場所だ」
夕陽が、山を染める。
焚き火の煙が、まっすぐ空へ昇る。
大きな世界の片隅で、
小さく、だが確かな場所が、今日も息づいている。
それでいい。
それがいい。
――静かに生きることこそ、
この世界での、最強だった。
完
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
本作は「追放された主人公が強くなる物語」ですが、
剣を振るう強さや、敵を倒す力ではなく、
「居場所を作れることも、強さなのではないか」
という問いから生まれました。
レイは最初から何かを支配したかったわけでも、
世界を見返したかったわけでもありません。
ただ、生きるために整え、
無理をせず、奪わず、測らない選択を重ねただけです。
それでも結果として、
王国よりも壊れにくい場所ができてしまった。
その静かな逆転を、最後まで描けたと思っています。
ミリアやグラン、
そして名もなき人たちが選んだ「残る」「去る」という選択も、
どちらが正しいという話ではありません。
選べること自体が、居場所の条件だと考えています。
もしこの物語が、
「今いる場所が少し息苦しい」
「評価や数字に疲れてしまった」
そんな方の心に、ほんの少しでも余白を作れたなら、
これ以上うれしいことはありません。
最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました。
また、どこかで。




