第四話 壊された教会と、戦う理由
自然エリアを満喫したヨハネとノエルは、教会のある27階フロアへと戻った。
エレベーターのドアが開く。
その瞬間、嫌な気配がフロアに蔓延していた。
硝煙と焼け焦げた匂い。
飛び交うドローン。
轟く不規則な重低音。
無言でノエルは教会へ走り出した。
「おい、ノエル!!」
ノエルを追いかけ、教会へたどり着いた時、ヨハネの心が凍りついた。
教会のところどころから火の手があがり、消火用ドローンが忙しなく飛び回る。
扉は打ち破られ、その前に高坂夫妻が倒れていた。
「先生!!真理子さん!!一体何が――」
「ヨハネ、わからないのか?」
「何がだ?」
「敵だ」
ノエルから放たれる明確な殺意。
「敵って……一体誰が――」
「わからない。でも絶対に許さない」
「と、とりあえず先生達を助けないと……LOGOS」
『はい、マスター』
「高坂先生と真理子さんの容態は?」
『負傷度:中、生命存続には問題なし、直ちに医療機関へ』
「わかった、ノエル、大変だが真理子さんを頼めるか?」
「……わかった」
高坂夫妻をなんとか担ぎ上げ、別フロアの医療施設へと運び込んだ。
「しかし、一体何が起きたんだ……」
「ヨハネ、まだわからないのか?」
「……敵、か」
「そうだ」
「でも何処の誰かもわからないだろ?」
「それはこれから調べる」
「そうか、そうだな……LOGOS」
『はい、マスター』
「あの場の状況を分析できるか?」
『複数の存在が教会を襲撃。その結果、小規模の炎上が発生。その後解体ロボットが教会を破壊。消化ドローンが鎮火。以上です』
「誰がやったのかはわからないのか?」
『解体ロボットを動かせるのは政府の指令のみです』
「嘘だろ、統合政府がちっぽけな教会を壊したってのか?」
『肯定。現在の状況からは強く推察されます』
「ヨハネ、政府って何だ?」
「政府は……政府だ、インテグレーターがトップの、この街、この星を動かすところだ」
「インテグレーター……あのうざい話のやつか?」
「ま、まあそうなるが……LOGOS、インテグレーターがあんなことをしたのか?」
『不明。私は政府の情報にアクセス不能』
「くそっ」
「ヨハネ、これ以上その小さなのにはわからないんだな?」
「そうみたいだ……」
「とにかく、あのうざいやつに会いに行く」
「無理だ!!」
「じゃあどうする?このままか?」
「いや、それは……」
「アタシは一人でもやる」
静かな足取りで病室を出るノエル。
「おい、ノエル待てよ!!」
『マスター、その少女について行くのは――』
「黙れ!!」
『了解』
無言が歩くふたりを包み込む。
夜の巨大アーコロジー、セクターJをエレベーターで登っていく。
『システム警告:現在フロア300階。これ以上あなた達の権限で上階に行くことはできません』
エレベーターの管理AIが無機質な警告文を垂れ流す。
「くそっ、政府関係の組織があるのは最上階付近のはずだ」
「歩いていけないのか?」
「ここから300階も上だぞ?正気か!?」
「そうか」
「どうすればいいんだ……」
ノエルはうなだれるヨハネを置いて、エレベーターホールへ出た。
あたりを鋭い目つきで歩き回り、暗い廊下の先で小さな四角い扉を見つけた。
「ヨハネ、こっちに来い」
「……どうした」
「この扉は?」
「『メンテナンスシャフト』……保守ドローンが通る道に繋がってる」
「人が通る道じゃないのか?」
「そ、そうだな、機械が通る」
ヨハネの言葉を聞いた瞬間、ノエルは扉を激しく蹴り始めた。
「お、おい!!やめろ!!人が来る!!」
「どうすれば開く?」
「そ、それは……きっと、あの赤いレバーを……」
ヨハネが言い終わるのを待たずに、ノエルはレバーを引き、保守点検用シャフトへの道を開く。
ノエルは一切のためらいもなく、シャフトの中に入った。
「くそっ、こうするしかないのか!?」
慌ててヨハネはノエルを追いかける。
狭いシャフト。
ヨハネとノエルがギリギリ進める広さだ。
シャフトを真っ直ぐ進むと、ドローンが飛び交う縦穴があった。
縦穴は遥か上まで続いている。
「登ろう」
「無茶だ!!何百メートルあると思ってる!!」
「じゃあ諦めるのか?」
「……LOGOS、ここを登る方法はあるか?」
『警告:これ以上上層へ向かうことは認められません』
「うるさい、結果だけ言え」
『……IDの更新が必要……』
「どうすれば手に入る?」
『……奪取……』
「ノエル、どれでもいい、飛んでるのを捕まえられるか?」
「こんなの簡単だ」
ノエルは二人が通って来たシャフトに入り込んだドローンを素早く捕まえた。
「LOGOS、このドローンがどこまで行けるか解析しろ」
『……このドローンは……清掃用……セクターJ全域を清掃……』
「よし、LOGOS、このドローンのIDを俺達のIDに追加しろ」
『拒否:越権行為』
「やれ」
『……ID確認……追加……完了……』
「ノエル、この機械に捕まれ」
「わかった」
清掃用ドローンはややふらつきながらもしがみつく二人を落とすことなく、最上層のフロアまで到達した。
セクターJ。
580階。
「ノエル、ここからは慎重にな」
「わかってる」
保守点検シャフトを静かに抜け、政府専用フロアに踏み入った。
「インテグレーター様が方針を変えたらしい」
「ああ、どうやら今まで文化財産として保護していた宗教ってやつを排除するそうだ」
「まああんな旧時代の遺物にすがるやつなんてもうここにはいないだろう」
「そうだな、全くだ」
薄暗い通路の奥で、耳をすませ、政府職員の話を盗み聞きする二人。
ヨハネの中で薄暗い炎が、ノエルの中で燃え盛る炎が立ち上る。
二人はその会話を聞くと、警備が厳重な580階を出た。
また清掃用ドローンに捕まって300階まで降り、さらにエレベーターに乗り換えて記憶を振り払うかのようにセクターJから離れた。
「畜生、なんで急にインテグレーターは宗教を排除するんだ?」
「ヨハネ、神って何だ?」
「なんだ急に?神様ってのは俺や高坂先生たちが信じるイエス様のことだが?」
「あのうざい話、関係あるんじゃない?」
「うざい話?車で聞いた演説か?」
「そう、もう神は必要ないって言ってただろ」
「確かにあの新しい演説が始まったのは最近だが……」
「それが関係あるはずだ」
「まさか……」
「私はあのウザイ話をしたやつを殺す」
「そんなことは無理だ!! インテグレーターは多分セクターJの最上階だぞ?」
「でも許せない」
「それは俺もそうだが……」
「ヨハネ、諦めるな。考ろ。あたしたちはやらないといけない」
「……今の俺達じゃ無理だ……」
「どうすればいい?」
「……そうだな、まずは力と仲間が必要だろう……」
「どこでそれは得られるんだ?」
「……軍事学校かな」
「そこに行こう」
「軍事学校か……手続きしてみる。LOGOS」
『はい、マスター』
「俺とノエルを軍事学校に編入させる手続きをしてくれ」
『マスターヨハネはその意思があるなら手続き可能です。ですがその少女はセクターJの居住ライセンスがありません』
「さっき入手したドローンのIDと俺のIDを使って合成、偽造しろ」
『拒否:明確な政府への違反行為です』
「政府は教会を拒否した。俺も今の政府は認められない。教えろ。できるのか、できないのか」
『技術的には可能』
「実行しろ、命令だ」
『…………2つのIDを分析…………合成…………新造完了』
「よし、手続きを進めてくれ」
『注意:私はネットワークに接続しています。もし個人情報にアクセスされたらこの違反行為は法的に処罰されます』
「……構わない。やれ」
『三沢ヨハネ、明坂ノエル(仮称)をセクターJの軍事学校へ編入。時期は30日後』
「ノエル、1ヶ月後に軍事学校に入る」
「わかった」
ノエルの短い返答の後、二人はセクターJの周りに広がるスラムへと消えていった。




