第三話 新しい街、いつもの違和感
「ふぁぁ……朝か」
スラムの廃墟の中、硬いコンクリートの上でノエルは目覚めた。
「腹、減ったな……」
ぐるぐると唸る腹。
「でも、あそこに行けば……」
ヨハネにもらった教会の食事、真理子に入れてもらった風呂を思い出し、ノエルは獣のように跳ね起き、元気にスラムを駆けた。
「それにしてもでかいビルだな」
教会の入ったセクターJを見上げ、呟くノエル。
カードキーを見せると、警備員は事務的に受け取り「27階だ」とだけ告げ、エレベーターを指さした。
慣れないエレベーターに乗り込み、ヨハネが押した27という数字を入力し、教会へとたどり着いたノエル。
「おはよう!!」
「あら、ノエルちゃん、おはよう。元気いっぱいね」
「この子がノエルちゃんか。はじめまして。私は高坂隼人、牧師だよ」
「牧師?」
「まあここの長みたいなものだ」
「スラムの長と一緒か」
「そんなところだね」
「ノエルちゃん、まずは朝ごはんにしましょう」
「飯か!!食う!!」
ノエルは隼人と真理子に連れられ、ダイニングへ入った。
用意された食事は白米と青菜の味噌汁、焼いた塩鮭、目玉焼きなど。
「どれもうまいな!!」
「ふふ、ヨハネくんの小さい頃を思い出すわね」
「そうだな」
「ん?そういやヨハネはどこだ?」
「まだ朝早いから。でももうすぐ来るんじゃないかしら」
ビッ―――
「おや、来たようだね」
無機質なインターホンがなってから数秒して、ヨハネがダイニングへ入ってきた。
「おはようノエル」
「ヨハネ、この飯もめちゃくちゃ美味いぞ!!」
苦笑するヨハネ。
「ノエルちゃん、ヨハネくんにおはようを言ってあげて」
「お、そうだな、おはようヨハネ」
「うん、おはよう。先生、僕もいただいていいですか?」
「もちろん、たくさん食べなさい」
四人で仲睦まじく、ノエルだけ野性的に朝食を終えた。
「さて、私たちは仕事に戻るが、二人はどうするね?」
「そうだな、ノエル、この街を見て回らないか?」
「お、いいな。この街は不思議なことばっかりだ!!」
「ふふ、ヨハネくんノエルちゃんをよろしくね」
高坂夫妻に見送られ、教会を後にするヨハネとノエル。
「じゃあ他のフロアに行くか」
「どんなところだ?」
「そうだな、ここなんてどうだろう?」
ヨハネは125をコンソールに入力し、二人は軽い浮遊感に包まれる。
エレベーターのドアが開くと、そこはセクターJの中心部だった。
「うおーー、すげーー!!なんだあの乗り物?」
高速で移動する自動運転の車両を指差すノエル。
「あれに乗るといろんなところにいけるんだ。乗ってみるか?」
「面白そうだ、乗りたい!!」
『マスターヨハネ、その少女は車両に乗る料金を持っていません』
「今は俺が出すよ」
『しかし、それはあなたの――』
「俺はお前のマスターだ。指示には従え」
『了解』
「今のなんだ?ちっこい人間が浮いてたぞ?」
「便利な奴なんだ、ちょっと理屈っぽいけどな」
「ふーん」
そんな会話をしつつ、無人の自動車に乗り込む二人。
「ひゃー、あたしが走るよりずっと速いな!!」
「そうだな、便利なもんだ」
二人が高速移動する自動運転車を堪能していると、聞き覚えのある無機質な演説が車内に響いてきた。
「私は地球統合者、インテグレーター」
「神は、もはや必要ない」
「人類は自らの力のみで進歩する」
「私が合理を尽くして統合し、全人類を導く」
この街ではおなじみの演説。
「ちっ、こいつどこでも喋るんだな」
スラムまで響いてくるのと同じ演説を聞いて、ノエルは嫌悪感をあらわにした。
「……」
合理、統合、神の不要。
その3つの言葉が、ヨハネの心に突き刺さった。
「こいついつまで喋るんだ?うざいな」
「……そうだな」
ヨハネは知っている。
この素晴らしい都市を創り上げたのはインテグレーターだ。
だから、彼の言うことは正しいはず。
でも、聖書の教えることは……
そこまで思考すると、数分間続いた演説は止まった。
「やっと終わったか」
「ああ、気分を切り替えるか。止めてくれ」
ヨハネは車を止め、高層ビルから外界に突き出した自然エリアに入った。
「うわーー、木と水がいっぱいだな!!」
「ここは割りと空気がうまい」
整備された小川、調整された池、その周りに生える剪定された木々。
「おっ、ヨハネ、あれなんだ?動いてるぞ?」
「あれはうさぎだな。あっちは鹿」
管理された庭を闊歩する動物たち。
二人に危害を加える様子はない。
「あははは、舐めるなよ、くすぐったいだろ」
「ここの動物はやたらと人懐っこいんだ」
しばし動物と戯れ、水場を駆け回るノエル。
「うおー、つめてー!!でも気持ちいいな!!」
「ノエル、あまり濡れすぎないようにな」
「わかったーー」
高坂夫妻にもらった白いワンピースとサンダルのまま、小川で遊んでいるノエル。
「俺にもあんなころがあったかな……」
数年前、両親が死んでから教会を飛び出し、スラムで生活していた頃を思い出すヨハネ。
「どうしたヨハネ、変な顔して?」
「いや、なんでもないんだ。それより、喉乾かないか?」
「そういやそうだな、なんか飲み物あるのか?」
「あっちにカフェがある」
「カフェ?」
「行けばわかるさ」
不思議そうな顔をしたノエルをカフェに連れて行った。
「なんだこれ、甘いな!!」
「オレンジジュースだな、フルーツを絞ったものだ」
「フルーツ?わかんないけど、美味い!!」
ごくごくとあっという間にジュースを飲むノエル。
隣でヨハネは少しずつブラックコーヒーを飲んでいる。
いつの間にか、太陽は空の真上から少し外れ、少し西に傾いていた。
「また腹減ってきたな……」
「おっと、もう昼を過ぎてるな」
「ここに飯もあるのか?」
「あるぞ、サンドイッチでいいか?」
「なんだかわからんが、ヨハネが頼むものがいい!!」
「了解」
ヨハネはタッチパネルを操作し、サンドイッチを3人前注文した。
無機質な配膳ロボットが運んできたのは、BLT、卵サンド、ハムサンドだ。
「美味い!!ヨハネは飯を作る天才だな!!」
「俺が作ったわけじゃないぞ?」
ヨハネは苦笑しながら、ノエルは相変わらず野性的に2人前のサンドイッチを平らげた。 その後、しばらく自然エリアを堪能し、さらに太陽は西へ傾いた。
ガラス越しの空に美しい夕日がかかる。
「綺麗だな……」
「そうだな……」
ノエルはスラムの混沌とした日々を、ヨハネは整えられた理想の街への違和感をそれぞれ夕日に感じた。
「さて、今日はもう戻るか」
「ああ、教会に帰ろう!!」
また自動車に乗り込み、教会へのエレベーターで教会まで降りる二人。
この美しく、でも人工的な理想郷を体験したノエル。
そこに住み、でも違和感を消しきれないヨハネ。
それぞれの想いを胸に、これからの生活が始まる。




