第五話:黒幕の試練と、学園祭のヒーローショー
鳳ヶ丘高校の校内は、一年に一度の大イベント「鳳華祭(学園祭)」の準備で熱気に包まれていた。
渡り廊下には色とりどりの看板が並び、各クラスの催し物の設営が進む中、2年B組の教室では日向陽が目を輝かせてクラスメイトに囲まれていた。
「いいかみんな! 今年の2年B組の出し物は『体験型ヒーローショー』だ! 俺が悪の怪人をなぎ倒す勇姿を、子どもたちに見せてやるんだ!」 「おおー! 相変わらず熱いねえ日向!」 「まあ、お前最近街で噂の『ジャスティス・レッド』の真似ばかりしてるもんな!」
クラスメイトたちが笑い合う中、教室の隅で手作り衣装の裁縫作業(という名の監視)をしていた氷室澄は、深々と溜め息をついた。
(……能天気でいいわね、あいつは。こっちがどれだけの裏工作をしているかも知らずに……)
ここ数週間、澄の「ステルス・ヒーロー作戦」は見事に機能していた。 陽が怪人を倒しても、市民や警察には「原因不明の自然現象」や「敵の自滅」として処理され、メディアの熱狂も鎮静化しつつあったのだ。
(これで私の平穏なモブ生活は守られた。学園祭も、適当にクラスのヒーローショーを手伝って、静かに終わらせれば――)
澄が胸を撫でおろした、まさにその時。
『緊急警告。校内および周辺地域にて、異常な集団精神汚染波を検知』
澄の伊達メガネのフレームに仕込まれた骨伝導イヤホンから、AI『無名』の緊急アナウンスが低く響いた。
(……なんですって!?)
澄は手にしていた針と糸を置き、平静を装ってタブレットを操作した。 校内ネットワークの防犯カメラ映像をジャックし、データを解析する。
『解析完了。校内展示用に持ち込まれた旧式大型プロジェクターの内部に、ネオ・アーマードの特殊マイクロチップが組み込まれています。あと30分で発動。校内にいる全生徒・来場者を洗脳し、暴徒化させる計画です』
(……ネオ・アーマードの奴ら、街中での直接戦闘でジャスティス・レッドに勝てないと悟って、学校という密室を狙ってきたのね……!)
澄の脳内で、瞬時に計算が弾き出された。
(まずいわ。学園祭当日は、近隣の小学生や一般の保護者も大勢来校する。もし学校内で怪人が暴れ、大パニックになったら……日向くんがどれだけ注意しても、目撃者をゼロに抑えることは不可能。あいつの正体が全校生徒にバレるわ!)
「氷室さーん! この悪役の仮面、どこに置けばいいー?」 「……そこに置いておきなさい、日向くん」
無邪気に声をかけてくる陽を見つめながら、澄は瞳の奥に冷徹な決意を宿らせた。
(……やるしかないわね。あいつの手を煩わせるまでもない。この学園祭の平穏と、あいつの日常は――私が裏で完全に処理する!)
午後1時。体育館ステージ。 2年B組による「体験型ヒーローショー」が開演した。
パイプ椅子には近所の子どもたちや保護者がギッシリと詰めかけ、手作りの「ジャスティス・レッド応援うちわ」を振っている。
「ガハハハ! 俺様は悪の怪人ブラック・マスクだ! この会場の子どもたちをみんな子分にしてやるー!」
クラスメイトが演じる拙い怪人がステージ上で暴れ回ると、舞台袖から赤マフラーをなびかせた陽が颯爽と飛び出した。
「そこまでだ悪党! 街の平和と、子どもたちの笑顔は俺が守る! 正義のヒーロー、ジャスティス・レッド、参上!」 「きゃあー! ジャスティス・レッドだー! がんばれー!」
子どもたちの黄色い声援援援が飛ぶ。 陽は「手作りのウレタン製スーツ」を着て、ノリノリでアクションを披露していた。
――しかし、そのステージの真裏。 体育館のキャットウォーク(天井裏のキャットウォーク)および旧校舎の地下室では、全く別の「本物の戦い」が繰り広げられていた。
「フフフ……間抜けな高校生どもめ。自分たちが操り人形になるとも知らずに……」
校内の大型プロジェクター制御室。 黒いローブを纏ったネオ・アーマード幹部『マインド・コントローラー』が、不気味な起動スイッチに手をかけていた。
「さあ、洗脳電波を発動し――」
バシュッ!!
「グアッ!?」
突然、闇の中から一筋の青い高周波レーザーが走り、幹部の腕のスイッチを焼き切った。
「な、なに奴……!?」
暗闇の中からカツン、カツンと静かな足音を立てて現れたのは――白衣のような薄手のコートを羽織り、両手には小型のレールガン型デバイスを構えた氷室澄だった。
「せっかくの学園祭なのに、野蛮な電波で水を差さないでくれるかしら?」
澄の冷ややかな声が制御室に響く。
「お前は……ただの女子生徒!? なぜここに――」 「無名、ターゲットの電子脳をハッキング。思考言語の帯域をジャックして」
『了解。敵幹部の神経系へ直接介入を開始』
「な、なんだと……身体が動か……!?」
澄は一切の無駄のない動きで歩み寄ると、手にした麻酔針射出器を幹部の首筋に一閃。幹部は崩れるように床に倒れ伏した。
(よし、制御端末の無力化完了。残るは校内5箇所に設置された増幅器ね……!)
澄はインカムを叩き、あらかじめ校内各所に配置しておいた自作の「超小型ステルス掃除ロボット(※対怪人用自爆ドローン)」を遠隔操作した。
『第一増幅器、破砕完了』 『第二増幅器、機能停止』 『第三、第四増幅器、消滅』
モニター上で、ネオ・アーマードの脅威が次々と「処理」されていく。 澄の正確無比な先回りハッキングと暗躍により、怪人たちの計画は、陽が気づくことすらなく芽を摘まれていっていた。
(ふぅ……これで最後の一箇所――って、嘘でしょう!?)
澄の顔色がサッと変わった。
最後の増幅器が設置されていたのは、あろうことか体育館ステージの真下――陽たちがヒーローショーを行っている、まさにその足元だったのだ!
「喰らえ! ジャスティス・パンチ!」 「グハッ! やられた〜!」
ステージの上では、陽が華麗な決めポーズをとり、客席から大歓声が上がっていた。
だが、その舞台下(奈落)では――。
増幅器を守るために潜んでいたネオ・アーマードの大型重装怪人『グランド・ビルド』が、目を血走らせて起動ボタンに手を伸ばしていた。
「ええい、幹部どもがやられたか! だがこの最後の増幅器さえ動けば、体育館の中の奴らは全員狂暴化するのだー!」
「させないわよ!!」
狭い奈落の空間に、澄が飛び込んできた。
「ぬオッ!? チョロチョロとウザい女め!」
怪人は巨大な鉄の腕を振り回した。 狭い空間で逃げ場がない。澄は間一髪で攻撃をかわしたものの、手にしていた小型レールガンが叩き落とされ、壁に激突して壊れてしまった。
(くっ……! 物理的な攻撃力が足りない……! 生身の私じゃ、この装甲は突破できない……!)
怪人の巨大な拳が、無防備になった澄へと迫る。
(私としたことが……計算を誤ったわ……!)
澄が死を覚悟し、ギュッと目を閉じた――その時。
ズドォォォォォォン!!!!
体育館の床板が豪快にぶち抜かれ、上空から猛烈な勢いで「誰か」が飛び込んできた。
木片が舞い散る中、澄の前に立ちはだかったのは――ウレタン製の安っぽい衣装を着た、日向陽だった。
「氷室さんに……手を出すなあああぁぁぁっ!!」
陽は生身(ウレタン衣装)のまま、怪人の巨大な鉄拳を正面から両腕で受け止めた!
バキバキバキッ!!
「ひ、日向くん!? なんでここに!?」
目を見開く澄に、陽はニッと歯を見せて笑った。
「ステージの上から、下に変な気配がするのが見えたんだ! それに……氷室さんの匂いがしたからな!」
「に、匂いって……バカ言わないで!! あなた、今は『ジャスティス・ギア』を着ていないのよ!? 生身でそんな怪人の攻撃を受けたら――」
「関係ねえ!!」
陽の全身から、凄まじい「熱気」が立ち昇った。
「スーツがあろうとなかろうと! 氷室さんがピンチなら、俺は絶対に駆けつける!! それが……俺のヒーロー道だぁぁぁっ!!」
ドガァァァァンっ!!
衝撃波が吹き荒れる。 陽はスーツのアシストなど一切なしの、純粋な生身の腕力と気迫だけで、三トンの重装怪人の腕を押し返し、そのまま奈落の壁へと叩きつけた!
「な、なんだこの人間はぁぁぁ!? バケモノかぁぁぁっ!?」
怪人が恐怖で悲鳴を上げる。
「氷室さん! 指示をくれ! こいつをどう倒せばいい!?」
陽が振り返り、真っ直ぐな目で澄を見つめた。 その瞳には、澄への絶対的な信頼が宿っていた。
澄はハッと息を呑み、胸の奥が熱くなるのを感じた。
(……ああ、そうだったわ)
澄はメガネを指でクイッと押し上げ、口元に不敵な笑みを浮かべた。
(この男は……私が作り上げた超科学のスーツがなくても、最初から本物の『ヒーロー』だったんだわ)
「日向くん! 怪人の胸のコア……そこが回路の集積地よ! 出力100%の『生身の』右ストレートを叩き込みなさい!」
「了解だぁぁぁっ!! 喰らえぇぇぇっ!!」
陽の拳が、赤く輝く熱気を帯びる。
「これが……俺と氷室さんの……学園祭を守る『ジャスティス・ファイヤー』だぁぁぁぁっ!!」
ドドドドドドォォォォォンっ!!!!
奈落の空間を揺るがす大爆発とともに、重装怪人は木っ端微塵に粉砕され、最後の増幅器も完全に消失した。
数分後。体育館ステージ。
「いや〜、演出とはいえ、今の床の爆破と演出はすごかったねえ!」 「さすが2年B組! 迫力が違うよ!」
客席の子どもたちと保護者は、奈落からの爆音と煙を「そういう大仕掛けの演出」だと思い込み、大割れんばかりの拍手を送っていた。
ステージの上で、ボロボロになったウレタン衣装を着た陽が、胸を張ってポーズを決めている。
「ハハハ! みんな、応援ありがとうー!」
舞台袖でその光景を見つめていた澄は、手元の端末で校内全域の安全を確認し、フッと満足そうに息を吐いた。
『被害状況:体育館床の破損(※修繕費約30万円)。洗脳被害:ゼロ。正体発覚リスク:ゼロ』
(修繕費の30万円くらい、株のトレードで3秒で稼げるわね)
澄が微笑んでいると、ステージから降りてきた陽が走ってきた。
「氷室さん! 怪我はなかったか!?」 「ええ、おかげさまで無事よ。……ありがとう、日向くん」
澄が素直に感謝を口にすると、陽は一瞬驚いたように目を見開いた後、照れくさそうに鼻の下を掻いた。
「へへっ、お礼なんていいよ。俺と氷室さんは『相棒』だろ?」
「相棒、ね……」
澄は少しだけ言葉を噛み締め、それからツンとそっぽを向いた。
「まあ、今日のあなたのスタンドプレーは減点対象だけどね。後で生徒会分室で反省会よ」
「えぇ〜!? また説教かよ〜!?」
頭を抱える陽の姿に、澄はくすりと小さく笑った。
黒幕としての完璧な計算と、熱血ヒーローの破天荒な情熱。 二人の歪で、けれど最高の「共犯関係」は、これからも街と学園の平和を、裏と表から守り続けていくのだった。




