第四話:黒幕の胃痛と、初めてのデート(※作戦会議です)
無敵の超過保護スーツ『ジャスティス・ギア』を手に入れた日向陽の勢いは、もはや誰にも止められなくなっていた。
「見よ! これぞ正義の拳『ジャスティス・パンチ』だぁぁぁっ!」
放課後の生徒会分室。大型ホログラムモニターには、ここ数日で陽が繰り広げた「華麗なる大活躍」のダイジェスト映像が流れていた。
火災現場に取り残された市民を救うため、炎の中に飛び込んでドアを蹴破るジャスティス・レッド。 銀行強盗のマシンガン乱射を正面から胸で受け止め、堂々と歩み寄って強盗を失神させるジャスティス・レッド。 連続ひったくり犯のバイクを全力疾走で追い詰め、素手で後輪を掴んで強制停止させるジャスティス・レッド。
「ふふふ……どうだ氷室オペレーター! 俺とこのスーツの相性は抜群だろ!」
陽は腕組みをして、鼻が高々といった様子で胸を張った。 一方、オペレーションシートに座る氷室澄は、眉間を手で押さえながら深々と、心底重苦しい溜め息をついていた。
(……死ぬ。私の胃が、物理的に死にそう……!)
確かに、スーツのおかげで陽自身が怪我をすることはなくなった。出撃ごとのコストも大幅に削減された。 だが、新たな、そしてより深刻な問題が発生していたのだ。
「日向くん……あなたね、自分がどれだけ目立っているか分かっているの?」
澄が冷ややかな声で告げ、モニターの表示をSNSのトレンドランキングへと切り替えた。
『1位:ジャスティス・レッド』 『2位:赤マフラーのヒーロー』 『3位:鳳ヶ丘高校の噂』 『4位:ネオ・アーマード壊滅の危機』
「いまやテレビのニュース番組も、ネットのまとめサイトも、警察の特別捜査本部も、全員があなたの正体を追っているのよ! 『謎のヒーロー・ジャスティス・レッドは一体誰なのか』ってね!」
「へへっ、照れるなぁ。でも大丈夫だ! 俺の正体は『秘密』だからな!」
「全然大丈夫じゃないわよこの大バカ!!」
バン! と澄が激しくデスクを叩いて立ち上がった。
「あなたが調子に乗って街中で派手に暴れ回るから、警察も防犯カメラ映像を必死に解析し始めているの! このままだとあなたの正体がバレて、その『裏で超科学スーツを供給している黒幕』として、私の存在まで引きずり出されるでしょうが!!」
「えっ……氷室さんの正体まで……!?」
陽がガーンとショックを受けたように目を見開いた。
「そ、それはマズい! 氷室さんは『静かに暮らしたい一般女子生徒』なんだろ!? 俺のせいで氷室さんがメディアに追われたり、怪しい機関に狙われたりしたら……俺、取り返しのつかないことを……!」
陽は頭を抱え、本気で申し訳なさそうに肩を落とした。 根がどこまでも純粋で善人だからこそ、澄の「目立ちたくない」という願いを傷つけることだけは絶対に避けたいのだ。
(……う、罪悪感を刺激されると、こっちまで胸が痛むじゃない……)
澄はコホンと小さく咳払いをして、メガネの位置を直した。
「……分かればいいのよ。だからね、これからは『目立たないヒーロー活動の戦略』をしっかり立てる必要があるわ」
「戦略……! 氷室オペレーター、俺にどうしろと!?」
「放課後のこの部屋だけじゃ時間が足りないわ。……明日、土曜日でしょ。私服で、街中で極秘の『作戦会議』を行うわ」
「えっ」
陽の動きがピタリと止まった。
「休日に……街中で……私服で二人きり……? それって……それって……!」
「なによ」
「デ、デデデ……デートじゃないかぁぁぁぁっ!?」
「違うわよバカ!!」
真っ赤になって叫ぶ陽に、澄は顔を朱に染めながら即座に怒鳴り返した。
「純然たるミリタリー的作戦ミーティングよ! 勘違いしないで!!」
土曜日、正午。鳳ヶ丘駅前の時計台広場。
(……なんで私、こんなに気合が入っちゃってるのかしら)
待ち合わせ場所で、澄は一人でそわそわと自分の服装を気にしていた。 いつもの制服姿ではなく、今日は白のオフショルダーニットに、チェック柄のフレアスカート。黒髪ロングには控えめなリボンをあしらっている。
(別におしゃれをしてきたわけじゃないわ。休日に私服で出歩く以上、クラスメイトに見つかった時に『私服のセンスがダサい』と思われるのが嫌だったから、最適解のコーディネートを脳内演算で弾き出しただけよ。そう、ただの防衛策よ……!)
自分に言い訳を重ねていた澄の耳に、聞き覚えのある元気な声が届いた。
「氷室さーん! お待たせ!」
走ってきた陽は、シンプルなネイビーのシャツにジーンズというカジュアルな装いだった。……首には相変わらず、私服用の小さな赤マフラー(※本人曰く『アイデンティティ』)が巻かれている。
「日向くん……そのマフラーは私服でも巻くのね……」
「当たり前だろ! これが俺のヒーロー魂……って、うわあぁぁぁ……!」
陽の視線が澄の全身を捉えた瞬間、彼の言葉が途切れた。 陽の顔が、あっという間にリンゴのように真っ赤になっていく。
「ど、どうしたのよ急に……変かしら?」
「へ、変なわけないだろ!! すっごく……すっごく可愛いよ、氷室さん……! いつもの制服もすごいけど、今日の私服、マジで天使かと思った……!」
「〜〜〜っ!?」
不意打ちすぎるストレートな言葉に、澄の頭の中のCPUが一時的にフリーズした。 顔にカーッと熱が集まり、耳まで真っ赤になる。
「な、ななな何を言ってるのよこのバカ!! 戯言を言ってないで、早く作戦会議の場所に行くわよ!」
「あ、待ってくれよ氷室さん! 顔赤いぞ! 熱でもあるのか!?」
「うるさいわね! あなたのせいでしょうが!!」
二人がやってきたのは、駅前のオシャレなカフェ『カフェ・ド・ルミエール』だった。 澄は「周囲の雑音(マスキング音)で会話が盗聴されにくいオープンカフェのテラス席」を選んだつもりだったが、周りから見ればどう見ても「お似合いの高校生カップル」である。
「うわぁ……こんなオシャレなカフェ、初めて入ったよ……」
陽は緊張した面持ちでメニューを見つめ、ストロベリーパフェとアイスコーヒーを注文した。澄はアールグレイの紅茶を注文する。
「……いい? 日向くん。本題に入るわよ」
パフェが運ばれてくると、澄は一口も付けずに真剣な表情でタブレットを開いた。
「現在の最大の問題は、あなたが『街中で目立ちすぎている』ことよ。これからは『ステルス・ヒーロー戦略』に移行してもらうわ」
「ステルス・ヒーロー……?」
「ええ。これまでは怪人が現れたら正面から堂々と突撃していたけれど、これからはダメ。敵が現れたら、まず周囲の一般人を完璧に避難させる。そして『防犯カメラの死角』や『建物の影』に敵を誘導してから、一撃で無力化するの」
「なるほど……! 陰からコッソリ倒せば、目撃者も増えないし、ニュースにもならないってわけか!」
「そういうことよ。ヒーローの第一の条件は『派手に勝つこと』じゃない。『誰も巻き込まず、静かに事態を収束させること』よ」
澄が諭すように言うと、陽はパフェのフォークを止めて、澄の目をじっと見つめた。
「……やっぱり、氷室さんはすごいな」
「え……?」
「俺はさ、ただ目の前の悪党を倒すことしか頭になかった。でも氷室さんは、周りの人たちの平和や、街の平穏のことまで考えてくれてる。……俺のオペレーターが氷室さんで、本当に良かったよ」
陽の真っ直ぐな瞳と、澄み渡るような笑顔。 そこには下心も嘘もなく、ただ心からの尊敬と感謝が込められていた。
ドキン、と。 澄の胸の奥で、小さく、けれど確実な音が鳴った。
(な、なになに今の……!? 心拍数が急上昇したんだけど……!?)
澄は慌てて紅茶を口に含み、動揺を隠そうとした。 いつも自分を「黒幕」「オペレーター」として頼り、どれだけ振り回されても一切嫌な顔をせず、自分を全肯定してくれる男。ただの熱血バカだと思っていたのに、その愚直な純粋さが、澄の頑なな心の壁をあっさりとすり抜けてくるのだ。
「……べ、別にあなたのためじゃないわよ。私が静かに暮らしたいからやってるだけなんだから」
「へへっ、照れ隠しか? 氷室さんって本当は優しいよな」
「照れてないわよ!!」
澄が顔を赤くして抗議していた、その時だった。
『緊急警告。駅前地下街にて、高エネルギー反応を検知』
澄のイヤホンに、AI『無名』の警告アナウンスが入った。
(……っ! また来たの!?)
澄が素早くタブレットを確認すると、二人がいるカフェの目と鼻の先――駅前地下街の防犯カメラ映像に、異様な光景が映し出されていた。
「ヒハハハ! 我は『ネオ・アーマード』が誇る暗殺幹部・ステルスガイア! ジャスティス・レッドめ、お前を誘き出すために、この地下街の人間を一人残らず人質にしてやる!」
全身に光学迷彩を纏った怪人が、地下街の出入口を特殊なバリアで封鎖し、買い物客たちを閉じ込めようとしていた。
「氷室さん……来たな!」
陽が身を乗り出す。澄は素早く立ち上がり、陽の袖を掴んだ。
「待ちなさい。さっき話した『ステルス・ヒーロー戦略』を覚えているわね? 今回は地下街という密室よ。正面から突撃したら大パニックになるわ!」
「おう! 任せろ! 監視カメラの死角から侵入して、人質に気づかれないうちに一撃で仕留める!」
「……よろしい。指示を出すわ。地下の搬入口から侵入しなさい。あそこならカメラの死角よ」
「了解だ、氷室オペレーター!」
三分後。駅前地下街の地下搬入口。
陽は物陰で瞬時に『ジャスティス・ギア』を装着し、黒と赤のスーツ姿となった。
『聞こえる、ジャスティス・レッド?』
「バッチリだ、氷室さん!」
『ステルスガイアは光学迷彩で姿を消しているわ。でも、スーツのバイザーに私の基地から赤外線サーモグラフィーと空間歪み検知データを直接送るわ。バイザーの表示に従って動いて』
「すげぇ! 視界の中に、怪人の赤いシルエットが透けて見えるぞ!」
『怪人は現在、中央広場の天井付近に張り付いているわ。人質たちの意識がバリアに向いている隙に、天井のダクトを通って背後に回り込みなさい』
「了解!」
陽は驚異的な静寂さで跳躍し、天井の排気ダクトへと滑り込んだ。 スーツの静音機能と澄の精密なナビゲーションにより、陽は一切の足音を立てずに、ステルスガイアの真上のダクトまで到達する。
(よし……真下だ!)
『出力を30%に抑えて、頸椎への寸接を叩き込みなさい。衝撃波を出さずに一撃で気絶させられるわ』
(了解だ……! 必殺・静かなるジャスティス・チョップ!!)
ダクトの天井を静かに外し、陽は真下へ向けて無音で落下。 姿を消して笑っていたステルスガイアの首筋へ、正確無比な手刀を叩き込んだ。
バシッ!!
「ゴフッ……!? な……ぜ……どこから……!?」
光学迷彩が解除され、ステルスガイアは叫び声を上げる暇もなく、白目を剥いてそのまま床へと崩れ落ちた。
バリアが消滅し、閉じ込められていた買い物客たちが「あれ? 出入口が開いたぞ?」「怪人が倒れてる!?」と騒ぎ始める。
だが、その時にはすでに――ジャスティス・レッドの姿はどこにもなかった。
数分後。カフェ近くの公園のベンチ。
「やったぞ氷室さん! 完璧なステルス勝利だ!」
私服に戻った陽が、興奮気味に澄の元へ駆け戻ってきた。
「ええ……完璧だったわ。人質もパニックにならず、警察も『怪人が突然原因不明で倒れた』と処理しているわ。あなたの正体どころか、ヒーローが介入したことすら誰も気づいていないわ」
澄はタブレットのニュース画面を確認し、心の底から安堵の息を吐き出した。
(……すごいわ。指示通りに寸分の狂いもなく動いて、完璧に成果を出してくれた……)
「全部氷室さんのおかげだよ! 氷室さんのナビゲーション、まるで俺の目と耳になってくれたみたいで、すごく心強かった!」
陽は澄の隣に腰掛け、爽やかな笑顔を向けた。
「なあ、氷室さん。作戦会議も大成功だったし……残りの時間、本当の『デート』にしないか?」
「え……?」
「せっかくの休日だしさ! 氷室さん、パフェも一口しか食べてなかっただろ? 美味しいクレープの店、知ってるんだ! 一緒に行こうよ!」
無邪気に差し出された陽の手。 澄はその手を見つめ、それから陽の真っ直ぐな顔を見上げた。
(なんなのよ、この男は……。私の胃をボロボロにするくせに……こんな顔されたら、断れるわけないじゃない……)
澄は頬を染めながら、そっぽを向いて小さく溜め息をついた。
「……一回だけよ。クレープを食べたら、速やかに解散するんだからね」
「よし! 決まりだ! 行こう、氷室さん!」
陽が嬉しそうに澄の手をギュッと握りしめ、歩き出した。
「ちょ、ちょっと待ちなさい手! 手を握る必要はないでしょうが!?」
「え? だって、はぐれたら大変だろ?」
「バカ! 子どもじゃないんだから……っ(……離せとは言ってないけど!)」
夕暮れに染まる街を、手を繋いで歩いていく二人。 勘違いと利益の一致から始まった「共犯関係」は、秋の風とともに、ほんの少しずつ、けれど確実に甘い恋心へと色づき始めていた。




