第三話:黒幕の資金調達と正義の仕立て屋
放課後の生徒会分室。 無数のホログラムモニターが怪しい青光を放つ室内で、氷室澄は眉間に深々とシワを寄せていた。
モニターの中央に大きく表示されているのは、目を覆いたくなるような惨状を示す財務レポートだ。
『過去2回の出撃による試作ドローン大破数:7機。光学レンズ焼失:7枚。高周波発振器過熱破壊:3基。累積消費金額:1100万円』
「……じ、じゅういちひゃくまん……」
澄は頭を抱え、デスクにガクンと突っ伏した。 いくら彼女が実家の隠し口座や過去の発明の特許料で高校生離れした個人資産を持っているとはいえ、このペースで日向陽の突撃をプロデュースし続ければ、一ヶ月もしないうちに破産してしまう。
(あいつ……! 毎回毎回、生身で突撃しては重傷寸前になるから、こっちが緊急で出力100%のドローン特攻を仕掛ける羽目になるのよ……! そもそも、生身の制服姿で戦うから怪我をするのよ!)
原因は明確だった。 陽は防御力ゼロの学校の制服姿で怪人の前に立ちはだかる。そのため、澄は敵の攻撃が陽に着弾する前に、超高価格のドローンやレーザーを全開で放って攻撃を相殺・遠殺しなければならない。
(……待ちなさいよ。もし、あいつに『絶対に怪我をしない頑丈な服』を着せたらどうかしら?)
澄の脳内で、高速の演算がはじまった。
(あいつ自身に超軽量のナノアーマー製ヒーロースーツを着せる。そうすれば敵の攻撃を直接受けてもピンピンしてるし、スーツの関節アクチュエーターで運動能力を何倍にも補正できる。そうすればドローンの過剰照射がいらなくなって、一回あたりの出撃コストが10分の1以下に抑えられるわ……!)
名案だった。完璧なコストカット作戦である。 だが、ここで新たな問題が浮上した。
(ナノカーボンナノチューブ織物と液状衝撃吸収ポリマーの合成……スーツ一着の初期開発コスト、およそ5000万円……!!)
「初期投資が高すぎるわよぉぉぉっ!!」
静かな分室に、澄の切実な叫びが響き渡った。 目の前の口座残高では到底足りない。どこからか一瞬で5000万円という莫大な資金を、足のつかない形で調達しなければならなかった。
「……やるしかないわね」
澄は伊達メガネを指でクイッと押し上げると、瞳に冷徹な天才科学者の光を宿らせた。 彼女はタブレットの画面を切り替え、世界の株式市場と為替(FX)のリアルタイムトレーディング画面を立ち上げた。
「無名。世界中の金融市場のアルゴリズム、市場心理、および直近の気象データと物流データを解析。ミリ秒単位でのHFT(高頻度取引)を開始して」
『了解しました、マスター。ミリ秒単位の超高速株式トレードプログラムを起動。ターゲット:東証、ニューヨーク証券取引所、ナスダック』
澄の指先が、鍵盤を叩くピアニストのようにキーボードの上を爆速で滑った。 世界の金融マーケットに、姿なき「AIの幽霊」が介入する。 微小な株価の歪みを察知し、1秒間に数万回の買いと売りを繰り返す超高速取引。大企業の決算発表のコンマ何秒前にニュース記事の文脈を完璧に読み解き、株価の変動をミリ秒単位で予測して利益を掠め取っていく。
「日経平均の先物をショート、同時に半導体銘柄の押し目を拾い上げて……ドル円を149.82で打診買い。10秒後に利確!」
『利益確定。+350万円。続いて原油先物と金市場へ資金を分散』
画面上の資産メーターが、恐ろしい勢いで跳ね上がっていった。 100万、500万、2000万、4000万――。
「ふぅ……相場の歪みを少し突くだけだから、市場への影響は最小限ね。……よし、目標額の6000万円到達!」
開始からわずか15分。 澄は画面に表示された「資金確保完了」の文字を見て、ふーっと息を吐き出した。冷や汗で制服の背中がうっすらと湿っている。
「……高校生が放課後にやる作業じゃないわね、これ」
しかし、休んでいる暇はなかった。 澄は即座に確保した資金をダミー会社経由で流用し、地下基地の3Dプリンターとナノマシン合成ドックをフル稼働させた。 黒と赤を基調とした、極薄かつ金剛石並みの硬度を誇る特殊繊維が、自動アームによって紡がれていく。
「デザインは……あいつの好みに合わせて、ちょっとバカっぽくて、でも最高にかっこいいヒーロースーツにしてあげるわ」
澄はタブレット上に流れるスーツの設計図を見つめながら、少しだけ楽しそうに口元を緩めた。
翌日の放課後。
「氷室さーん! 呼び出しってなんだー!?」
ガチャリと音を立てて生徒会分室の扉が開いた。 首に赤マフラーを巻き、相変わらず元気いっぱいの陽が飛び込んでくる。
「うるさいわよ日向くん。大声を出さないの」
デスクで優雅に紅茶を飲んでいた澄は、フッと息を吹きかけてからカップを置いた。
「日向くん。あなたに重大な知らせがあるわ」 「重大な知らせ……!? まさか、ネオ・アーマードの総統が俺に決闘を申し込んできたのか!?」 「違うわ。……あなたの『覚醒したヒーローの力』に、あなたの生身の肉体が耐えきれなくなってきているの」
「な、なんだってー!?」
陽は自分の両手を見つめ、ガクガクと震えた。
「昨日も言ったでしょう? あなたの力は強大すぎるの。このまま普通の制服で戦っていたら、あなたの肉体が『熱血波』の衝撃で内部から崩壊してしまうわ(※実際はただの打撃による骨折リスク)。だからね……作っておいたの」
澄が手元のリモコンのボタンをポチッと押した。
ジーッという機械音とともに、室内奥の壁が左右に開き、厳重なガラスケースがせり上がってきた。 内部が眩いスポットライトで照らされる。
そこに飾られていたのは、息をのむほど洗練された一着の「強化スーツ」だった。
深みのある漆黒のベーススーツに、胸元から肩にかけて走る情熱的な赤いライン。胸部にはスタイリッシュな『J』のエンブレムが刻まれ、背中には風にたなびく高機能ナノ繊維の赤マフラーが一体化されている。さらに、フルフェイス型のスマートヘルメットには、敵の位置を自動検知するバイザーが備わっていた。
「う、うわあぁぁぁぁぁぁっ……!!! か、かっこいいいいいいっ!!!」
陽の目が、まるでクリスマスの朝にプレゼントを開けた子どものように輝いた。 ガラスケースにへばりつき、涎を垂らしそうな勢いでスーツを見つめる。
「これ……俺の……!? 俺専用のヒーロースーツなのか!?」 「ええ。あなたの力を外部へ安全に効率よく伝達するための特殊増幅スーツ……コードネーム『ジャスティス・ギア』よ」
(本当は、あいつが怪人のパンチを受けても痛くもないように全身に超衝撃吸収ライナーを仕込んだ『超過保護・絶対防護服』だけどね)
澄は心の中で補足した。 このスーツを着ていれば、怪人のドリルが胸に刺さっても、衝撃が分散されて「ちょっと押されたかな?」程度で済むのだ。さらに、スーツの関節に仕込まれた超小型油圧アシストが、陽のパンチ力を自動で10倍に増幅してくれる。
「装着してみて、日向くん」 「おうっ!!」
陽は吸い寄せられるようにスーツへと手を伸ばした。
スーツは陽が触れた瞬間、スマートデバイスと連動して自動でパーツが分離し、陽の全身を包み込むようにカチリ、カチリと吸着していった。 わずか三秒。 完璧にスーツを装着した「ジャスティス・レッド」が、そこに降臨した。
「す……すげぇ……! 軽い……! それになんだか、全身に力が満ち溢れてくる感覚がするぞ……!!」
陽は腕を曲げ伸ばしし、跳び上がったりポーズを決めたりして大興奮していた。 ヘルメットのバイザー越しに見える陽の顔は、感動で涙ぐんでいる。
「氷室さん……! こんなすごいものを、俺のために……! 一体どうやって作ったんだ!?」 「……私の実家の研究室の試作品をちょっと改良しただけよ(※15分間で5000万円分稼いで自作した)」
澄はツンとそっぽを向きながら、胸を撫でおろした。 これで、日向陽の生命の安全は99.9%保障された。澄の口座コストも劇的に抑えられる。
「いい、日向くん。そのスーツを着ている時は、あなたの防御力も攻撃力も格段に跳ね上がっているわ。でも調子に乗っちゃダメ。戦闘の指示はすべて私のオペレーションに従うこと!」 「分かった! 頼むぜ、氷室オペレーター!」
陽がバシッと力強く敬礼した、その時。
『警告。市街地第4地区、建設中の高層ビルにて怪人反応。ネオ・アーマードの大型怪人『アイアン・プレス』が出現。大規模な破壊活動を開始』
基地内に警告音が響き渡り、モニターに全高三メートルを超える全身鋼鉄の巨体怪人が映し出された。ビルの鉄骨を軽々と折り曲げ、暴れまわっている。
「ハハハ! ちょうどいいタイミングだ!」
陽はバイザーの光を輝かせ、拳を固く握りしめた。
「新スーツの初陣だ! 氷室さん、出撃承認を!」 「……はぁ。分かったわ。無理は禁物よ、ジャスティス・レッド!」 「了解! 『ジャスティス・レッド』、出撃だぁぁぁぁっ!!」
陽は分室の非常用射出カタパルト(※澄が旧校舎の搬入口を勝手に改造したもの)に飛び乗り、爆音とともに市街地へと飛び出していった。
建設中の高層ビル現場。
「ガハハハ! 壊せ壊せー! この街をネオ・アーマードの要塞にしてやるのだー!」
鋼鉄の怪人『アイアン・プレス』が、巨大な鉄球のような拳を振り回していた。現場の作業員たちが逃げ惑う中、鉄球が逃げ遅れた作業員に振り下ろされようとした――。
「そこまでだ悪党!!」
上空から風を切る音とともに、赤と黒の影が舞い降りた。 陽は作業員の前に着地すると、両腕をクロスさせて怪人の鉄球を受け止めた。
ガッッッギィィィィン!!!!
凄まじい金属音が響き渡り、周囲の砂煙が吹き飛ぶ。 ビルの一階部分の床がバキバキと砕け散った。
しかし――。
「……あれ?」
ヘルメットの中で、陽は首を傾げた。 三メートルの鋼鉄怪人が全体重をかけて振り下ろした鉄球。生身ならペシャンコになっているはずの衝撃だが、陽の手応えは「クッションを受け止めた」程度にしかなかった。
「痛くない……!? 全然痛くないぞ!!」 「な、なにぃぃぃ!? 俺様の『アイアン・プレス・クラッシュ』を受け止めて無傷だと!?」
怪人が目を見開いて怯む。
通信インカムから、澄の冷静な声が聞こえてきた。
『当たり前でしょう。そのスーツは戦車の主砲の直撃にも耐えるナノ複合装甲よ。……日向くん、そのまま右ストレートを叩き込んで。スーツのアクチュエーターが自動で出力を補正するわ』
「よーし……! 喰らえぇぇぇっ! スーツの力と俺の熱血の融合……『ジャスティス・インパクト』ぉぉぉぉっ!!」
陽が右拳を前に突き出す。 その瞬間、スーツの肘部分から青いプラズマ噴射が巻き起こり、陽の拳を猛烈な速度で加速させた。
ドォォォォォォォォン!!!!
陽の拳がアイアン・プレスの胸板に炸裂。 ドローンによる遠隔レーザーではない。スーツ自体の圧倒的な物理アンプ(増幅)によって、三トンの鋼鉄怪人がまるで空き缶のようにグニャリと折り曲がり、そのままビルの壁を突き破って遥か空のかなたへと吹き飛んでいった。
ドカーンと遠くで爆発音が響く。
「す、すげぇぇぇぇぇぇっ!!!」
陽は自分の両拳を見つめ、大歓声を上げた。
「これが……これが俺と氷室さんの絆のスーツの力だぁぁぁぁっ!!」
生徒会分室。
モニター越しに戦況を見守っていた澄は、手元のコストレポートを確認して、深々と感涙の溜め息をついた。
『戦闘による消耗:スーツバッテリー消耗2%、破損ゼロ。概算被害額:0円(※スーツ開発費除く)』
「……勝ったわ。ついにコストゼロの完全自律型アシストシステムが完成したわ……!」
これで澄の口座の平穏は守られた。 陽も怪我をせず、敵を撃退できる。澄は完全なモブとして、これからも優雅な日常を送ることができるのだ。
モニターの中では、助けられた作業員たちから揉みくちゃにされながら、「俺はジャスティス・レッド! 街の平和は俺が守る!」と誇らしげにポーズを決める陽の姿が映っていた。
「……ふふ。単純なバカでよかったわ」
澄はあたたかい紅茶を一口すすり、満足そうに目を細めた。
だが、澄はまだ知らなかった。 陽がこの「絶対に怪我をしない無敵のスーツ」を手に入れたことで、彼のヒーロー意識がさらに加速し、より破天荒で大規模な事件へと自分から突撃していくようになることを――。
黒幕美少女の苦労と、すれ違いのラブコメディは、まだまだ終わらない。




