第二話:ヒーローは裏方プロデュースから始まる
校庭での「怪人一発撃滅事件」から一晩が明けた。 私立鳳ヶ丘高校は、朝から蜂の巣をつついたような大騒ぎになっていた。
「おい見たかよ昨日の動画! SNSに上がりまくってるぞ!」 「日向が手をかざした瞬間、地面が爆発して怪人が吹っ飛んだやつだろ!?」 「あいつマジで超能力者なんじゃないの!?」
登校する生徒たちの話題は、完全に日向陽一色だった。 下駄箱の前でも、廊下でも、クラスの教室でも、陽が通りかかるたびに周囲から熱い視線と歓声が送られる。
「ふふん……みんな、そんなに称えるなよ。俺はただ、当たり前のことをしただけさ……!」
陽は下駄箱で上履きに履き替えながら、これ見よがしに真っ赤なマフラーの形を整えた。 心の中では全能感が爆発していた。 ついに覚醒した自分の中に眠るヒーローの力。あの右拳から放たれた目に見えない衝撃波(自分では『熱血波』と名付けている)の感触が、今も手に残っている気がする。
「おーい、日向! 今日からお前のこと『鳳ヶ丘の赤マフラー』って呼んでいいか!?」 「バカ言え小林! 俺のコードネームはまだ検討中だ! だが……街の平和は俺に任せておけ!」
陽がドヤ顔で親友の小林の肩を叩いていると、後ろから冷ややかな声が降ってきた。
「日向くん。……ちょっといいかしら」
振り返ると、そこには黒髪ロングの髪をなびかせた学年一の美少女――氷室澄が立っていた。 手には生徒会の出席簿を抱え、完璧な優等生の笑みを浮かべている。だが、その瞳の奥にはどこか冷徹で、逃げ場を許さないプレッシャーが宿っていた。
「お、氷室さん! おはよう! 昨日は無事に帰れたか?」 「ええ。……それより、あなたに渡したい資料(……生徒会のアンケート調査)があるの。放課後、旧校舎の三階にある生徒会分室に来て頂戴」 「えっ、二人きりで!?……あ、いや! 秘密のヒーローの打ち合わせだな! 分かった、必ず行くよ!」
陽が真っ赤になりながら鼻の下を伸ばして頷くと、澄は「失礼するわ」と優雅に一礼して去っていった。 周りの男子生徒たちから「おい日向、なんで氷室さんとそんな親しそうなんだよ!?」「まさかお前、ヒーローパワーで氷室さんまで攻略する気か!?」と一斉に締め上げられたが、陽は「ふっ、ヒーローに恋の噂は付き物さ」と見当違いな返答をして余計に怒らせていた。
そして放課後。 言われた通り、陽は旧校舎の奥深くにある「生徒会分室」の扉を叩いた。 普段は使われていない備品置き場のような場所だ。ギシギシと音を立ててドアを開けると、そこは陽の知る「学校の部屋」ではなかった。
「うわっ……なんじゃこりゃ!?」
薄暗い部屋の中央には、巨大な複数のホログラムモニターが浮かび上がり、怪しい緑色のコードや街の防犯カメラ映像が超高速でスクロールしていた。整然と並べられた精密機械、そして壁に掛けられた謎のスーツやガジェット群。 まるでSF映画に出てくる悪の組織の秘密基地、あるいは特撮ヒーローのサポートメカドックそのものである。
その中央のオペレーションシートに座り、伊達メガネを光らせながら高速でキーボードを叩いていた澄が、ゆっくりと振り返った。
「遅かったわね、日向くん。鍵は閉めて」 「ひ、氷室さん……!? ここ、一体なんなんだよ!? まさか君、生徒会じゃなくて国家秘密機関のエージェントだったのか!?」 「違うわよバカ」
澄は冷たく言い放つと、キーボードから手を離して溜め息をついた。
「ここは私の『プライベート・ラボ』。……昨日、あなたに『二人だけの秘密』と言ったでしょう? これが私の秘密のすべてよ」 「超科学基地……! すげぇぇぇっ! 男のロマンが詰まりまくってる!!」
感動に目を輝かせて部屋を見回す陽。澄はその無邪気な顔を見つめながら、頭の中で昨夜徹夜で作成した計画案を整理した。
(……本当はこんな部屋見せたくなかったわ。でも、放置しておいたらこのバカ、また一人で生身のまま怪人に殴り込みに行って一瞬で肉塊になっちゃう……!)
澄の目的はただ一つ。 陽に「自分は強い」と勘違いさせたまま、澄の指示通りに動かせ、怪我をさせずに最小限のコストで敵を退治し、自分は徹底的にモブとして平和に生きること。
「日向くん、座りなさい」 「お、おう!」
澄が指差し指示したパイプ椅子に、陽は背筋を伸ばしてチョコンと座った。 澄は大型ホログラム画面を操作し、昨日の校庭での戦闘映像を再生した。陽が空振りした拳から、爆風が巻き起こって敵が吹っ飛ぶシーンだ。
「これを見なさい。昨日のあなたの戦いよ」 「おおっ! やっぱり俺の『熱血波』はすごかったな! 画面越しに見ても威力がヤバいぜ!」 「ええ、すごかったわね。……でもね、日向くん。あなたのその力には『重大な弱点』があるの」
澄が人差し指を立てて前に進み出ると、陽は「弱点!?」と目を見開いた。
「あなたの力は……大気中の霊的熱エネルギーを一時的に集束させて放つ、超高負荷の特殊能力よ(※全部デタラメ)。だから、無計画に連発すれば、あなたの命(肉体)が削られていくの」 「な、なんだって……!? 俺の命が……!?」
(よし、引っかかったわ)
澄は心の中でニヤリと笑った。陽の単純すぎる性格なら、もっともらしい嘘で制御できる。
「だからね、日向くん。これからは私のサポートなしで力を使っちゃダメ。私があなたの『専属オペレーター』として、あなたの力の出力を管理してあげるわ」 「専属……オペレーター……!」
陽の脳内に、ヒーローアニメの定番シチュエーションが駆け巡った。 主人公を基地から支える、知的な美少女オペレーター。絶体絶命のピンチに「日向くん、出力を120%に引き上げて!」と叫ぶ氷室澄の姿――。
「最高じゃないかそれぇぇぇぇっ!!」 「ひゃあッ!?」
突然立ち上がって叫んだ陽に、澄は思わず素の悲鳴を上げて一歩後退した。
「氷室さん! 君が俺のオペレーターになってくれるなんて、夢みたいだ! 頼む、俺を指導してくれ! 俺、君のために最高のヒーローになるよ!」 「あ、ええ……まあ、あなたが納得してくれたならいいんだけど……(なんでこんなにノリノリなのよ……)」
澄は引きつった笑顔を浮かべつつ、机の上から一つの黒いスマートウォッチのような端末を取り出した。
「これを腕に着けて。これはあなたのバイタルデータと、私の基地のAIをリンクさせる『ヒーロー・デバイス』よ」 「かっこいい……! 装着!」
陽が誇らしげに腕に端末を装着すると、端末がカチリと音を立てて手首にフィットし、青い光を放ち始めた。
(フフフ……これで仕込みは完了よ)
澄は心の中で不敵な笑みを浮かべた。 そのデバイスの本当の機能は「GPS追跡」「バイタルリアルタイム監視」「音声盗聴」そして「日向の動きに合わせたドローン自動射出システム」である。これさえ装着させておけば、陽がどこで暴走しようと、澄は遠隔で安全にドローンを誘導し、怪人を攻撃できるのだ。
「いい? 日向くん。今日からあなたのコードネームは『ジャスティス・レッド』。街で異変が起きたら、まず私に連絡すること。勝手に単独行動は禁止よ」 「了解だ、氷室オペレーター!」
ビシッと完璧な敬礼を決める陽。 澄は「扱いやすいバカで助かったわ……」と胸を撫でおろした。
――だが、その平穏な空気は、突如として破られた。
『緊急警告。校外南南西1.2キロ地点、ショッピングモール『アリア大分』にて、高エネルギー反応および破壊活動を検知』
部屋全体に赤いアラートランプが点滅し、AI『無名』の無機質な声が響き渡った。
「な、なんだ!? 敵か!?」 「……チッ、またあの『ネオ・アーマード』の残党ね……!」
澄は素早く画面を切り替えた。 ホログラムに映し出されたのは、ショッピングモールの広場で大暴れする怪人の姿だった。全身に鋭いドリルを装着した巨体。買い物客たちが悲鳴を上げて逃げ惑っている。
「大変だ! みんなが襲われてる! 氷室さん、出撃だ!」 「ちょっと待ちなさい! まだ作戦のテストも終わって――」
「待っていられるかよ! ヒーローは、悲鳴が聞こえたら駆けつけるもんだろ!!」
陽は澄の制止を振り切り、首に赤いマフラーを固く結び直すと、旧校舎の扉を蹴破らんばかりの勢いで飛び出していった。
「ああっ、ちょっとバカ!! 話を聞きなさいよぉぉぉっ!!」
澄は頭を抱えて叫んだ。 デバイスを着けさせたのは正解だったが、この男の「正義感」という名の突進力は、澄の計算を遥かに置き去りにしていくのだった。
夕暮れのショッピングモール『アリア大分』。 中央広場は散乱した瓦礫と、破壊された店舗の残骸で足の踏み場もなかった。
「ヒハハハハ! 逃げ惑え人間ども! 我が『ネオ・アーマード』幹部・ドリルガイア様の恐ろしさを思い知るがいい!」
右腕の巨大ドリルを高速回転させ、ショーウィンドウを粉砕するドリルガイア。 恐怖に腰を抜かした母親と、その傍らで泣きじゃくる小さな女の子。ドリルガイアはその二人に向けて、凶悪なドリルを持ち上げた。
「まずはそのガキから血祭りにあげてやる――!」 「やめろぉぉぉぉぉぉっ!!」
上空から響いた大声とともに、赤い影が舞い降りた。 陽はダストボックスの蓋を盾代わりに抱え、泣きじゃくる親子の前に滑り込んだ。
ガギィィィィン!!!!
ドリルガイアの鋭い爪がダストボックスの蓋を切り裂き、激しい火花が散る。 衝撃で陽の腕の骨が悲鳴を上げ、全身が激痛に包まれた。
「ぐはっ……!?」 「お兄ちゃん……!?」 「大丈夫だ……! 君たちは、早く逃げろ……!」
陽は歯を食いしばり、必死に痛みを耐えながら親子を後ろへ庇った。 生身の高校生である陽にとって、怪人の攻撃は一撃一撃が命取りだ。盾にした蓋はすでにぐにゃりと曲がり、腕は激しく震えている。
「ヒヒヒ、誰かと思えば昨日我が仲間を倒したという『赤いマフラーのガキ』か! だがなんだその無様さは! 拳から衝撃波はどうした!?」 「くそっ……! 俺の『熱血波』は……まだ溜まりきってないんだ……!」
陽は右拳を握りしめた。 澄から言われた「命が削られる」という言葉が頭をよぎる。だが、目の前には守るべき人々がいるのだ。ここで引くわけにはいかない。
(氷室さん……ごめんな。俺、やっぱり命なんて惜しくないや!)
「喰らえぇぇぇっ! 覚悟のぉぉぉ……正義パンチぃぃぃっ!!」
陽は全身の力を振り絞り、生身の右拳をドリルガイアの巨大な胴体へと突き出した。
「ハハハ! そんな蚊の止まるようなパンチで俺様の装甲が打ち破れるかぁぁっ!」
ドリルガイアが嘲笑い、巨大なドリルを陽の胸元へ向けて突き出す。 死が迫る。生身の拳が、金属の装甲に触れるまであと数センチ――。
その時。 陽の手首に着けられた『ヒーロー・デバイス』が、眩いエメラルドグリーンに発光した。
『音声認識:『正義パンチ』。――限定解禁。……死んじゃダメよ、バカ』
耳元のアシストインカムから、かすかに聞こえた澄の怒りを含んだ声。
次の瞬間、ショッピングモールの天井破風を突き破り、無数の極小ステルスドローンが超高音の飛翔音とともに滑り込んできた。
(ターゲット・ドリルガイア胸部装甲! 局所収束型レーザー&高周波振動波、最大出力同期照射――撃てぇぇぇぇっ!!)
別室から遠隔操作する澄の全エネルギーが、デバイス経由で陽の拳の先へと収束した。
ゴオォォォォォォォォォン!!!!
空間が歪んだ。 陽の拳から放たれた(ように見える)光の渦が、ドリルガイアの巨体を直撃。胸部の超硬質装甲が一瞬でドロドロに溶融し、高周波の衝撃が怪人の内部メカをズタズタに破壊していった。
「グガァァァァァァッ!? な、なんという……威力……!? ママ、マザーぁぁぁぁっ!?」
ドリルガイアは断末魔の叫びを上げながら、ショッピングモールの壁を何枚も突き破り、そのまま遥か彼方の空き地へと吹き飛んで爆発した。
広場に静寂が戻る。
煙がうっすらと漂う中、陽は突き出した拳を見つめて固まっていた。 何も手応えはなかったはずなのに、目の前の巨大な怪人が光の渦の中に消え去っていたのだ。
「す……すげぇ……! ヒーロー・デバイスの力で……俺の熱血波が制御された……!?」
「お兄ちゃん、すごい……! ヒーローだ……!」
助けられた女の子が、涙を拭いながら陽の服の裾をぎゅっと掴んだ。 周囲の避難していた人々からも、ポツポツと拍手が起き、やがてそれは割れんばかりの大歓声へと変わっていった。
「ありがとう、ヒーロー!」 「街を守ってくれてありがとう!」
「へへっ……いいんだよ。俺は、街の平和を守る『ジャスティス・レッド』だからな!」
陽は照れくさそうに鼻を擦りながら、誇らしげに胸を張った。
その頃。 ショッピングモールの向かいにあるビルの屋上。
双眼鏡と高スペックタブレットを抱えた澄は、風に黒髪をなびかせながら、膝をガクガクと震わせてへたり込んでいた。
「ハァ……ハァ……! もう嫌……! なんで私、放課後に全力ダッシュで現場まで追いかけなきゃいけないのよ……!」
澄は陽の暴走を止めるため、超人的な身体能力を駆使して屋上から屋上へと飛び移り、間一髪で現場に駆けつけてドローンを誘導したのだ。 おかげで制服の裾は汚れ、自慢の黒髪もボサボサである。
画面に表示された損害レポート。
『特殊レーザー素子焼失:3基。極小ドローンオーバーヒート:6機。概算被害額:620万円』
「ろ、ろくひゃくにじゅう万……! 昨日と合わせて1000万超えたじゃないのよぉぉぉっ!!」
澄は眩暈を覚えて頭を抱えた。 だが、タブレットの遠隔カメラに映る陽の姿――傷だらけになりながらも、小さな女の子の頭を優しく撫でて微笑んでいる陽の横顔を見て、澄の手がぴたりと止まった。
(……ほんと、呆れたバカね)
自分の命が危険に晒されているのも気づかず、誰かのためにボロボロになって戦う。 澄の技術がなければ、彼は今頃間違いなく病院のベッドの上(下手をすれば棺桶の中)だったのだ。
(……私が守ってあげなきゃ、このバカ、本当にすぐ死んじゃうわ)
夕日が澄の頬を赤く染める。 澄は小さく溜め息をつき、乱れた髪を指で整えながら呟いた。
「……今回だけだからね。次、私に無断で危険な目に遭ったら……本気で説教してやるんだから」
ツンとそっぽを向く澄だったが、その唇の端は、ほんの少しだけ柔らかく緩んでいた。
こうして、黒幕美少女による「勘違いヒーロー育成計画」は、波乱と破産(?)の予感を孕みながら、第二歩目を踏み出したのだった。




