5.幸せな婚約
今日も今日とて3人のお茶会は前回と同じくアニスの家にて行われていた。場所は広い庭の木陰になる場所に簡易とはいえオシャレなテーブルと椅子が用意され、テーブルの上には桃のフルーツサンドが並んでいた。
「さてさて、話したいことが2つあるわ」
「そうよねそうよね、話したいことと聞きたいことがあるわよね〜」
「あの、そうよね、そのとりあえずまずはモスウッド伯爵家のことから話しませんこと?」
「イヴァンナがそう言うならまずその話からしましょうか」
「そうしましょうか〜。それにしても驚いたわぁ。まさかあの執事がモスウッド伯爵様に毒を盛っていたなんてね〜」
「ご病気じゃなくて殺されていたなんて恐ろしいですわね。夫人も知らなかったのですよね?」
「執事と浮気はしてたけど、殺しには加担してないそうよ」
「奥様への愛故にという説と、浮気が旦那様にバレた説がありますけど、どちらが本当なのかしら〜?」
「それがね、どちらも違うのよ。伯爵様がいなくなれば奥様がしばらくは代理を務めるでしょう?」
「まだお嬢様も婚約者様もお若いからね〜」
「その間執事としての立場と、奥様の愛人という立場の両方を利用してお金をかすめ取ろうとしていたみたいよ」
「やっぱり奥様への愛はカケラもございませんのね」
「そ、本命はやっぱりイヴァンナも見た平民の女性だったみたいね。平民になって彼女と結ばれたとしても貴族のような生活はしたかったと」
「うわぁ〜クズね〜」
「クズよね。しかもその女性の方も大概クズよ。伯爵様を殺した毒を手に入れてきたのはその平民の女性だというから」
「平民の女性がどこからそんな毒を手に入れたのかしら?」
「そこはまだ調査中のようよ。色々釣れそうでお兄様も宰相様に手伝いに駆り出されて忙しそうよ」
「そうなのですね」
「ええ、だからごめんなさいねイヴァンナ。せっかく婚約したのにお兄様ったらデートもできなくて」
「そ、そんな。お忙しいのですもの。それにデートはできなくても、セドリック様は毎日のようにカードやお花を届けてくださいますわ」
「うふふ、真っ赤よイヴァンナ、可愛い〜。幸せそうね」
「不穏な話はやめて、やっぱりさっさとイヴァンナとセドリック兄様の話をしましょ」
「えっと、その、ええ、改めて、私セドリック様と婚約致しましたわ」
「ふふ、おめでとうイヴァンナ、お兄様をよろしくね」
「本当に幸せそうで私も嬉しくなっちゃうわ〜おめでとうイヴァンナ」
「二人ともありがとう。なんだか夢のようで、まだふわふわしてますの」
「それでそれで、どんな風に申し込まれたの〜?」
「お父様にセドリック様から婚約の打診が来てると聞かされた時は本当に驚きましたわ。公爵家からの話だけれど、私が嫌なら断っていいとセドリック様から申し出てくれていると聞いて、私お受けしたいとお父様に食い気味で言ってしまって恥ずかしかったですわ」
「初恋の相手ですものね〜」
「お母様にも笑われてしまって、淑女としてはしたなかったですわ」
「お兄様が聞いたら喜びそうだわ」
「お受けしますと返事をした次の日にはセドリック様とベルメーレン公爵様が我が家まで来てくださいましたの」
「公爵様の方がジュールス侯爵家に来てくださったの〜?」
「ええ、こちらから伺うとお伝えしたのですけれど、婚約を申し込んだのは我が家だからと。そ、それで……」
「それで?」
「その、婚約の話しを進める前に一度二人で話がしたいとセドリック様に言われて、庭を二人で歩いたのですけれど、その、そこで、その、きちんとプロポーズしていただきましたわ」
「きゃ〜素敵ね〜、家同士で話しを進めていいのに、きちんとプロポーズしてくださるなんてさすがセドリック様ですわ〜!なんて言われたの?」
「は、はずかしいわ」
「えぇ〜恋愛結婚なんて滅多にないのよ?プロポーズの言葉気になるわ〜」
「うぅ……ずっと私のことが好きだったと。私だけを愛し、必ず幸せにするから結婚して欲しいと、か、片膝をついて手に口づけを送ってくださいましたわ!」
「まぁ〜〜〜!!皆の憧れのプロポーズじゃない!セドリック様とイヴァンナなんて絵になるわぁ!なんて素敵なのかしら」
「私セドリック様が格好良すぎて、嬉しさと驚きで、はいと返事するだけでいっぱいいっぱいでしたの。もっと私も好きでしたとか、嬉しいですとかお伝えしたい事何も言えなくてダメダメでしたわ」
「んふふ、お兄様ももっとイヴァンナの魅力を伝えてから結婚して欲しいと言うつもりだったのに、可愛いイヴァンナを前にしたら、とにかく幸せにするから結婚して欲しいとしか言えなかった……とへこんでたわよ」
「まぁまぁまぁ、なんて素敵な話なのかしら〜」
「イヴァンナの可愛らしさ、イヴァンナへの愛を伝えきれる言葉がこの世にないと嘆いてもいたわ」
「そ、そんな。会えば必ず褒めてくださるのよ、髪型とかドレスの色とか。瞳の色から唇の形まで。もう私照れてしまっていつも上手く返せませんの。それに送られてくるカードには必ず会いたいとか愛してるとか笑顔でいてとかもう、甘い言葉に溺れてしまいそうですわ」
「まぁ羨ましいわぁ」
「イヴァンナ、もしも嫌なら嫌と言わないとダメよ?」
「ありがとうアニス。でも私恥ずかしくなってしまうだけで嫌ではないのよ。ずっと昔に諦めたセドリック様と婚約できることになって、しかも私のことをす、好きだとおっしゃってくださるなんて幸せすぎて恐いくらいですわ」
「イヴァンナが嫌じゃないならいいわ。そしてどうやら噂をしていたらお兄様がイヴァンナに会いに来たようよ」
アニスの視線の先にはベルをまさに今鳴らそうとしているメイドと、その隣に立つセドリックが見えていた。
3人の視線とアニスの頷きに気付いたセドリックが3人に近寄ってくる。
「こんにちは、イヴァンナ、フラニータ嬢」
「「こんにちはセドリック様」」
「3人のお茶会に割って入ってすまないね。今しか時間が取れなくて、ほんの少しイヴァンナを借りてもよろしいかな?」
「もちろん構いませんわ」
「すぐに返してくださいませね、お兄様」
「約束しよう。イヴァンナ、少しだけあちらでいいかな?」
「はい。少し失礼しますね」
セドリックのエスコートで少し離れた木陰へとイヴァンナは向かって行く。
「お兄様ったらようやくイヴァンナを手に入れたからって四六時中浮かれてますのよ」
「ようやく?」
「ええ、お兄様小さい頃からずっとイヴァンナ一筋で片思いしてましたの」
「まぁ。知りませんでしたわ。イヴァンナは幼い頃から美少女でしたしね」
「美少女であんなに優しいんですもの。お兄様は私を大切にしてくださいますけど、幼い頃はそれがもっと過剰でしたの覚えてる?」
「確かに。アニスを守る騎士のようでしたものね」
「そう。お母様の話によると、お祖父様に妹を守るようにと言われた事で使命感のようなものを感じてしまったらしいわ」
「今でもその使命感は残ってらっしゃるわね〜」
「ふふ、今でも過保護よね。それで、私達が6歳の頃、イヴァンナとお兄様とお庭で遊んでいた時、私が転びそうになったのをお兄様が庇ってくれて。私どこも痛くないのにびっくりして大泣きしてしまって。」
「子供の時ってそんなものよね〜」
「イヴァンナがハンカチを貸してくれて慰めてくれたの。そしてお兄様に向かって格好良かったですわって言ったらしいのね。褒められたことと、その笑顔にやられたらしいわ。それ以来お兄様はイヴァンナが好きだったのよ」
「じゃあ実は初恋同士の両思いでしたのね〜」
「そうなの。まぁジュールス侯爵家はイヴァンナに家督を継がせるから婿取りと言っていたでしょう?だから婚約を申し込むことができなかったのよね。でもお兄様、実はイヴァンナのこと諦めてはなかったのよ」
「え?だって2人とも婚約者がいたのに〜?」
「お兄様がロザリンド様と婚約してたのは、ロザリンド様が王妃になることを諦めていなかったからよ。唯一自分に興味を持たない女性だから婚約したの」
「ロザリンド様は王妃になることに固執してらっしゃるものねぇ」
「お兄様お顔がいいからモテるんだもの。我が国は王女がいないからちょっかいかけてくる上はいないけど、隣国にはいるでしょう?それでとりあえずロザリンド様と婚約するって。お兄様はいつかロザリンド様との婚約は無くなるはずだって確信してたのよね」
「まぁマリ様のことがなくてもロザリンド様はリレスタン様の婚約者になることを諦めてなかったものね〜」
「そう、婚約者がいるにも関わらずあんな大声でリレスタン様の婚約者になると公言していたのですもの。いつでも婚約解消はできたのよ」
「でもイヴァンナの婚約だってあるじゃない?どうするつもりだったの〜?」
「スコーチ様とイヴァンナを結婚させる気は微塵もなかったわ」
「どういうこと〜?」
「そもそもロザリンド様と婚約したのも、イヴァンナの婚約が決まって、お兄様が独自にスコーチ様を調査した後なのよ。あれではイヴァンナが幸せにならないからいずれ潰……排除するって。だからイヴァンナとの結婚準備の間ロザリンド様と婚約すると」
「そうなの?スコーチ様は確かに思い込みの激しい方でしたけど、あの2人仲良くもないけど仲悪くもなかったわよね〜」
「2人の婚約が決まったのは13才の時だったでしょう?」
「イヴァンナのお母様とスコーチ様のお母様が仲良しで結ばれた縁談よね」
「お兄様の調査で、スコーチ様はイヴァンナに不満というか、劣等感を抱いていたみたいなのよね。少し頭がいいのをひけらかし、見下してくる嫌な女だって」
「少しどころかとても頭がいいものねぇ」
「顔はいいけどあんな冷たい女嫌だと」
「まぁ、あんなに優しいイヴァンナが冷たい?何も見てないのね〜」
「自分がジュールス侯爵家を乗っ取って、あんな女離れにでも追いやって、可愛い愛人でも囲って暮らしてやる、なんて言ってたのよ」
「あらやだ〜、そんなにお馬鹿でしたのねスコーチ様って」
「ただ跡継ぎだけは産ませてやる。優しくなんて抱いてやらないけど、跡継ぎができるまではせいぜい相手してやろう、なんてことを仲良しの伯爵家の次男に話していたそうよ」
「なんて下品なのかしら」
「それを聞いたらそりゃぁお兄様も怒るわよね。それでイヴァンナのことを諦めることを止めたのよ。幸いクリフ様も健康になったし。2年もかかったのはジュールス侯爵家の攻略にかかっていたのよ。ジュールス侯爵家との関係を深めていって、己をアピールしながら誠心誠意イヴァンナのことを愛してると伝え続けたそうよ。もちろんスコーチ様のことも、ロザリンド様との契約的婚約のことも全てお話して」
「セドリック様の熱意がジュールス侯爵にも伝わったのね〜」
「今やお兄様はジュールス侯爵とチェス友達よ。さりげなく領地のことで助言もしてるらしいわ。お兄様にならイヴァンナをやってもいいって、婚約を申し込むお許しが出たのよ」
「愛ね〜」
「ちょっと怖いぐらいの愛だけどね」
「貴族の結婚でこれだけ愛されての結婚なんて珍しいし、イヴァンナが幸せそうだからいいんじゃない〜」
「ふふ、そうね。イヴァンナもお兄様も幸せならいいわよね」
「あら、ネックレスをプレゼントされてるわ〜」
「お兄様昨日街に仕事で出掛けてらしたから、お土産でしょうね」
「セドリック様の瞳の色に近いブルーの宝石ね。珍しい色の宝石だからお高いわね〜。さっきの話しを聞いたら独占欲の塊にしか見えなくなってしまったわ」
「きっとこれでもかってくらい気障なセリフも言ってるわ。イヴァンナの顔真っ赤だもの」
「幸せそうね〜イヴァンナ」
「溺愛の結婚生活が待ってると言ったでしょう?私の占い当たるのよ」
「ふふ、そんなこと言ってたわね〜。セドリック様がイヴァンナのこと諦めてないの知っていたからでしょう?占いじゃないじゃないの〜ズルイわ」
「あら、ズルじゃないし占いよ。フラニータの方もきっと当たるわよ」
「ラグナル様が溺愛してくるなんて想像できないけれどね〜」
「そうね、それはちょっと想像できないかもしれないわ」
「もう、それじゃあやっぱりアニスの占い当たらないじゃない〜」
「まぁまぁ、楽しみにしてなさいって。私にはあのイヴァンナのように、困った顔でそれでも幸せそうに笑うフラニータが見えてるわ」
セドリックにエスコートされて戻ってくるイヴァンナの笑顔を見ながらアニスとフラニータはおしゃべりを続ける。イヴァンナが戻ったら赤面するほどどんな甘い言葉を言われたのか聞き出そうと、ちょっと意地悪な笑みを淑女の微笑みに隠しながら。
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