3.食べる花贈る花
本日はジュールス侯爵家の温室にてお茶会は開かれていた。温室に咲く何十種類もの花を愛でた後、ジュールス侯爵家で開発された食べられる花を使ったスイーツを堪能し、華やかなお茶会は続いていた。
「そういえばエリザ様、もう隣国へ旅立たれたのですね」
「ええ、もう皇太子様が早く早くと急かしてね。リレスタン様の婚約が揉めているから、早くエリザお義姉様を逃したかったのでしょ」
「それで婚約はまだだけど隣国へ留学ってことね〜」
「さすがに婚約白紙になったばかりの元王太子妃候補が隣国の皇太子と即婚約は外聞が悪すぎるわ。留学中愛を育み婚約したという流れにするそうよ」
「でもすでに隣国では長年の片想いを叶えたと皇太子様とエリザ様の恋物語が流行っているそうですわ」
「らしいわね。まぁ建前は大事よ。でもその物語に愚かな王子が出てくるでしょ?そのせいでリレスタン様はマリ様との真実の愛の物語を流行らせようと必死らしいわよ」
「無理よね〜。だって真実の愛は妾にして、結局はロザリンド様と婚約するという話ですものね」
「フラニータ、妾ではなく一応側妃よ」
「あら、側妃はまだ決められないでしょ〜?結婚して1年で正妃に子ができなければ側妃が持てるのだもの。結婚前から側妃は決められない、となるととりあえずは妾よねぇ」
「それはそうね」
「ただマリ様は側妃は嫌だとおっしゃっているのでしょう?」
「そうみたい。男爵令嬢が一度は王妃を夢見てしまったからかしらね?好きな人に正妻がいるのは耐えらそうにありません、と言ったとか?」
「正妃になりたいからなのか、愛故になのか分からないわね〜」
「どちらにせよ巻き込まれそうなのが我が家ですの」
「イヴァンナの家?ジュールス侯爵家がなぜ?」
「それが、マリ様が側妃にならないなら、スコーチ様は私との婚約を白紙にし、マリ様との結婚を望んでいるようですの」
「えぇ〜?あのプライドの高いスコーチ様が?侯爵家への婿入りを蹴って男爵家を選ぶというの?」
「それほどマリ様をお慕いしているのでしょう。殿下がマリ様ではなくロザリンド様を正妻とするのならマリ様を妻にし、幸せにしたいとおっしゃっていました」
「え?スコーチ様がイヴァンナに直接そう言ったの?」
「ええ。先日珍しくお茶をと誘われまして。まだリレスタン様のお心が決まっていないから分からないけれど、スコーチ様のお気持ちを私に知っておいてほしいとおっしゃって」
「は?バカにしているの?殿下がロザリンド様を選んだら婚約白紙に、マリ様を選んだら婚約継続でって、なんて自分に都合の良いことを言ってるか分かってないのかしら?」
「分かってないのでしょうね〜。それで?ジュールス侯爵様には言ったのよねぇ?」
「ええ、お父様には報告してあります。なぜか笑って任せておきなさい、と言われただけなのでどうなるのか分かりませんけれど」
「ジュールス侯爵様がそう言うならきっと大丈夫ね。イヴァンナのこと大好きですもの、悪いことにはならないわ」
「そうね、ジュールス侯爵様がその話を聞いてそう言うってことは、スコーチ様と婚約はなくなりそうね〜」
「そんなこと言う人との婚約はなくなった方がイヴァンナのためにも良いわ。他に良い人がいてすぐに次の婚約も決まるわよ」
「そうだとよいのですけれど……」
「大丈夫よイヴァンナ。それにしてもマリ様の方はスコーチ様のことどう思ってるのかしらね?」
「そうよね〜スコーチ様が望んでいても、マリ様はスコーチ様のことどう思ってるのか分からないしねぇ。それに他にもマリ様に想いを寄せてる方がいらっしゃるのでしょ?」
「私の聞いた話だと、殿下の側近候補の伯爵家の子息が2人マリ様に惚れてらっしゃるとか」
「今は侯爵家の子息であるスコーチ様ですけど、次男で継ぐ爵位もないのよねぇ〜マリ様が選ぶのかしら?」
「伯爵家のご子息は2人とも嫡男だそうで、もちろん婚約者もいるそうですわ。1人は婚約者の家から経済的援助を受けていて、もう1人は婚約者が自分より身分が上、よって二人とも婚約破棄はできないと。男爵家はマリ様しかお子様がおりませんし、婿にいけるスコーチ様こそがマリ様を幸せにできるとお考えでしたわ」
「その伯爵家のお2人も、婚約者がいるのにマリ様をお慕いしていると周りが皆知っているってどうなのかしら」
「リレスタン様もそうですけど、真実の愛という名の不貞ですものね〜」
「政略結婚で冷えきった夫婦生活を表向きは円満に、そこにそれぞれ真実の愛である愛人との生活を楽しむ、というのも貴族には珍しくないですけれどね」
「そういえば先日 モスウッド伯爵家でのお茶会に招待されましたの〜。向かう途中、前の馬車が車輪が外れそうになったといって止まっていまして、狭い道でしたので追い越すこともできなくて少し時間に遅れてしまったのよ〜。伯爵邸に着いてからメイドにお茶会の開かれてる部屋へと案内してもらう途中にね、見てしまいましたの」
「なになに?なにを見てしまったの?」
「ふふ、 夫人と執事が抱き合ってらしたのよ。メイドが咄嗟に道を変えましたし、見てないフリをしましたけど、聞こえてしまったのよ〜」
「な、なにをですの?」
「今夜は旦那様が帰らないから夜は部屋で待ってるわ、と夫人が言うのを」
「まぁまぁまぁ、不貞確定ですわね」
「遅れると先触れは出しましたが、ご令嬢へは報告がいっても、夫人にまでは誰も伝えていなかったのでしょうね〜。私が後から来るのを知らなかったから油断してたのね〜」
「モスウッド伯爵家の執事ってとても見目麗しい方よね。夫人よりだいぶ年下だけど」
「銀髪に藍色の瞳の方ですよね?」
「ええ、その方よ〜?イヴァンナ何か気になることでも?」」
「いえ、その、私少し前に、王都の外れの孤児院に慰問に行きましたの。その時お見かけしましたのよ、モスウッド伯爵家の執事の方。アニスがお顔が良いと言っていたので覚えていましたので間違いないと思いますわ」
「あの方ってどこかの子爵家の三男でしょ?もし今は平民だとしたら市井にいてもおかしくないのではなくて?」
「ええ、その……とても親しそうに女性と歩いてらしたのよ。買い物袋を持って歩く姿は夫婦のようでしたわ」
「うわぁ、もしかしたらどちらも不貞を働いてるってこと?」
「伯爵夫人に逆らえないってこともあるかもしれないわね〜」
「愛人なんて穢らわしい、とまで言うつもりはないけれど、せめて隠れてやって欲しいわね」
「そうよね〜うら若き乙女達の結婚への夢や希望を壊さないで欲しいわ〜」
「夢も希望も無さそうに言うのはやめてちょうだい」
「そりゃアニスは夢も希望もある恋愛結婚じゃない〜」
「アニスはもちろんですけど、フラニータだって夢も希望もある結婚でしょう。ラグナル様は誠実な方と評判ですもの、大丈夫ですわ」
「どうなのかしらね〜?」
「何か気になることでもあるの?」
「それが、この前のパンの話なのですけど〜」
「あぁ、あれね。ラグナル様に聞いてくださってありがとう。改めてお礼を言うわ。ほんとに小さなパン屋なので今公爵家に卸してもらえないか交渉中よ」
「そのパン屋を支援していたラグナル様の知り合いというのが、アウトレーヌ男爵様だったのよ〜」
「え?マリ様のお家?」
「そうなの〜」
「まさかラグナル様までマリ様にご執心とか言わないわよね?」
「ん〜私も少しそれを疑ったのだけど、男爵と仕事の話をしてるだけだとラグナル様は言うのよ〜」
「本当のところは分からないってことね」
「そんな、きっと本当にお仕事の話ですわ。でなければわざわざ男爵の話をフラニータにしたりしないと思うわ、大丈夫よ」
「うーん最初はアウトレーヌ男爵とは言わなかったのよ。アニスがパン屋と取り引きも考えていたようだから、ラグナル様のお知り合いにも失礼がないよう誰か教えて欲しいとお願いしたら、アウトレーヌ男爵のお名前が出てきたのよ」
「ラグナル様は伯爵家だから男爵家と縁があってもまぁおかしくはないけど」
「お家に行ったりする仲となるとマリ様ともお会いしてるとは思うのよね〜」
「でも他の方のようにラグナル様とマリ様の噂も聞きませんし、ラグナル様の様子も変わりないのでしょう?」
「それはいつも通りね〜。月2回のお茶会も必ずしてるし、ちょっとした贈り物もくださるわ」
「それならあまり不安になることはないと思うわ。スコーチ様なんてお茶会は来なくなるし、贈り物もなくなりましたもの」
「まぁそうね、一応調べさせはしたのよ〜。マリ様と会ってるような様子はないと報告があったわ。だからまぁとりあえずはラグナル様を信じるわ〜」
「調べたのなら大丈夫でしょう。私とスコーチ様のこともあるからフラニータまで不安にさせてしまったわね。ごめんなさい」
「イヴァンナが謝ることは何もないわよ〜。マリ様もラグナル様も私が信用できないだけなのよ」
チリン、とベルの鳴る音がすると、3人は口を閉ざし、少し背筋が伸びた。
「失礼致します」
いつもは下がっているメイドがそう言いながら近くに寄ってきた。
3人のお茶会の時はメイドも侍女も声の届かない場所まで下がらせている。用事のある時は3人もベルを鳴らすし、メイドの方から何かある時もベルを鳴らしてから近寄ってくるようになっている。
「何かありました?」
この家の娘、イヴァンナがメイドに声をかける。
「ベルメーレン公爵子息がお帰りになるので、よろしければイヴァンナ様にもご挨拶をと。いかがなさいますか?」
「もちろんお通しして」
「かしこまりました」
メイドが退室していくと再び3人の口が開く。
「今日セドリック様もいらしてたの〜?」
「ええ、ジュールス侯爵様とお会いする予定があるからと一緒に来ましたの。お兄様と一緒に私もお暇するわ」
「それなら私も〜。また次のお茶会を楽しみにしてるわぁ」
そんな話をしていると、メイドに連れられてセドリックが姿を現した。そしてその後ろには小さな影。
「あら?後ろにいらっしゃるのはクリフ様かしら」
セドリックの後ろにいるのはイヴァンナの弟のクリフだった。
「こんにちは、イヴァンナ嬢、フラニータ嬢。いつもアニスと仲良くしてくれてありがとう」
アニスとそっくりのブルーグレーの瞳に、アニスより金に近い髪のセドリックは整ったその顔で冷たく見られがちだが、ひとたび笑うと柔らかいその顔に女性達は倒れていくという噂がある程美丈夫である。
「こんにちは、セドリック様」
イヴァンナとフラニータはアニスの親友として互いに家も行き交う仲なのでセドリックの微笑みに倒れたりはせず挨拶を交わす。
「お久しぶりです、フラニータ様、アニス様」
セドリックの横に立つ、イヴァンナの弟クリフはまだ少し幼さが残るのもあって中性的な美しい顔をしている。
「お久しぶりですわ、クリフ様。ほんの少し見ないうちにとても背が伸びられたのね」
ジュールス侯爵家は総じて皆背が高く、中々伸びない身長を気にしていたのを知っているフラニータは、クリフの成長に驚きつつも声をかけた。
「クリフは今成長期みたいで、ぐんぐん背が伸びていますのよ」
「はい、すぐに姉上よりも大きくなりますからね」
「まぁ、それじゃあイヴァンナとアニスより背の低い私はすぐに追い抜かれてしまうわね」
「ええ、すぐにフラニータ様より大きくなりますので、そうしたらぜひ僕とダンスを踊ってくださいね」
「まあ、楽しみにしていますわ」
「ふふ、それではお兄様一緒にお暇しましょう」
「私も。イヴァンナ今日はありがとう。見事なお花に心癒されましたわ」
「こちらこそ来てくれてありがとう。また次のお茶会で会いましょう」
玄関まで行くと、クリフがメイドに合図をした。
「こちらよければお持ちください」
そう言って美しく咲き誇ったダリアの花束をフラニータとアニスに差し出した。
「まぁなんて綺麗なダリア。ありがとうクリフ様」
「まぁフラニータの大好きなダリアね、ありがとうクリフ様」
「喜んでいただけて良かった」
「おや、美しい花の前では霞んでしまうが、私からはこれを」
そう言ってセドリックはイヴァンナとフラニータに、人気店の焼き菓子を差し出した。
「今日の茶会にはジュールス侯爵家ご自慢の花のケーキが出ると伺っていたので」
セドリックがわざわざ帰り際に出したのは、ご自慢のケーキの邪魔をさせないためだった。話題をかっさらえるぐらい今人気の菓子店の焼き菓子なのだ。
「ここの焼き菓子気になっていたのですけれど人気で全然買えなかったのです、嬉しいですわ。ありがとうございますセドリック様」
「この前行列に並ばないと買えないとイヴァンナが言ってらしたお店ね?楽しみだわ。ありがとうございますセドリック様」
「さすがセドリック様。花の方が霞んでしまいました」
おどけて言うクリフに皆が笑う。
「焼き菓子も嬉しいですけれど、こんなに綺麗なダリアをお部屋に飾れるのはとても嬉しいですわ」
うっとりとした表情でフラニータが言うので、クリフもそれなら良かったですと満面の笑顔になった。
そしてそれぞれ別れの挨拶を済ませ馬車へと乗り込み、本日のお茶会はお開きとなった。
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