第12章 参謀伊東甲子太郎
禁門の変の後、新撰組は全盛期を迎えていた。
池田屋事件、禁門の変の褒美として金500両を貰っている。
そして江戸より藤堂平助の師でもある、伊東甲子太郎が、門下生を引き連れて新撰組に入隊する予定になっていた。
伊東の待遇は参謀である。
参謀は簡単に言えば軍師のようなものである。
伊東は剣術は無論、学問にも長けていて、周囲からの評判も高かったのである。
無論、新参者が突然参謀扱いで招かれる事に周囲からは反発する者も少なくはない。
だが近藤は強引に周囲の反対を押し切って伊東を参謀に招く事にした。
この頃になると近藤は池田屋事件や禁門の変で、信頼を得て、会津藩の上層部との会合が増えていた。
そのために、伊東の様な時勢に詳しい人材を自分の横に置いて重要視したかったのだ。
だがこの事がきっかけで新撰組の内部で徐々に亀裂が走り、血で血を洗う内部抗争に発展する事になる。
新撰組は幕末の後半になると、過激浪士はもちろんだが、内部の粛清が多くなる。
新撰組はやる気さえあれば、誰でも入隊ができる。
武士になりたくて死ぬ覚悟で入隊する者も多くいたが、新撰組の名前だけで、金に困らないと勘違いして入隊して来る者もいた。
だが新撰組は厳しい法度がある。
そんな甘い考えで入ってくれば、法度に背く者が多くなり脱走する者も後をたたなかった。
その他にも長州藩の密偵で入隊する者もいた。
内部監査で調査し、見つけては粛清して行った。
そして伊東甲子太郎が新撰組に入隊した。
これにより自分の居場所が、蚊帳の外に追い込まれる人物がいた。
総長の山南敬介である。
この頃の山南は近藤とは折り合いがつかなくなっていたが、伊東の入隊で更に追い込まれる事になる。
近藤は山南の人柄を良く知ってるいるため、無下には出来なかった。
もし本気で山南が動いたら隊を割りかねない。
山南に着いて行く者も少なくはないであろう。
それだけ山南の人柄は影響力がある。
近藤にとっては目の上のたんこぶなのである。
無論山南にはその気はない。
そして伊東の入隊後事件が起きる。




