第10章 吉田東洋暗殺
1862年5月6日 この日は大雨であった。
吉田は正装に着替えていた。
本日は高知城二の丸で藩主山内豊範に日本外史の講義を行う予定である。
守屋と拓司もそれに同行する。
2人とも吉田に正装を用意してもらった。
高知城に着くと吉田は多くの上士に迎えられた。
さすがは藩政である。
長い廊下を歩いてる時も、すれ違う上士全員に挨拶されていた。
日本外史の講義は100名ほどの上士が参加していた。
講義の内容は織田信長が家臣明智光秀に、謀反を起こされた本能寺の変であった。
守屋達も参加したが、殆ど学校の授業と変わらなかった。
講義の中で吉田は信長の好んだ敦盛の唄を語った。
有名な人間50年の唄である。
だが信長は奇しくも49歳でこの世を去っていた。
吉田はこの時「信長公は夢半ばで暗殺され、さぞかし無念であったろう」と語っている。
自分は50歳前で改革を必ず達成すると公言していた。
吉田東洋この時48歳。
まさか自分も信長と同じく50歳前で、同じ人生の結末を送るとは夢にも思わなかっただろう。
講義が終わり高知城から帰宅する際、城門で数人の上士に見送られていた。
その中に後藤象二郎、福岡孝弟などが居た。
2人は吉田の講義を絶賛していた。
吉田は特にこの2人を可愛がっていた。
吉田東洋暗殺の後、2人は失脚し武市半平太への恨みを増長させ、8月18日の政変後、復帰し、土佐勤王党への弾圧を厳しく取り締まる。
2人と別れ、吉田は守屋と拓司を従え邸に帰宅へと向かった。
辺りは真っ暗闇で大雨が地面を叩きつけていた。
守屋はなんとなく察していた。
今夜来ると...
先頭に拓司と足元を明るくさせる奉公人が歩き、守屋は吉田を挟み後ろからついて行った。
傘をさしているが、雨が強すぎて下半身はびしょ濡れになっていた。
高知城と邸の中間くらいだろうか。
住宅街の細い路地に差し掛かったその時だった。
拓司は前方に3人の影を確認した。
拓司はすぐわかった。
武市の送り込んだ大石達3人だと。
大雨で前がよく見えないため、まだ吉田や守屋は気付いてない。
そして....
顔を布で隠した3人に前を塞がれた。
3人は刀を抜き構えていた。
大石が大声で威嚇する。
「奸賊吉田東洋天誅じゃ!!!」
吉田は大雨で前が見えにくく、目を細くして叫んだ。
「何者じゃおまんらぁ」
拓司は刀を抜き、守屋は吉田の前に立ち刀を抜いた。
大石は2人に気がつく。
「どけ!おまんら!」
2人は無言で睨みつけていた。
「なぜおまんらが護衛してるがじゃ!!」
守屋は口を静かに開く。
「立ち去ってください。貴方じゃ俺らには勝てません。今なら無かった事にできますから!」
「冗談じゃないき!もうええ!おまんら事斬っちゃる!」
大石達は守屋に斬りかかった。
雨で前方が見えにくかったが、立ち合いになればそれも気にならなくなる。
拓司は大石。
守屋は須賀。
吉田は安岡と対峙した。
吉田は大石神影流の使い手である。
1対1ならば大石達が断然不利であった。
戦いは一瞬で終わった。
拓司は大石の右腕を斬り、拓司は須賀の足を払い転倒したところを、喉に刀を突き付けた。
吉田は安岡の胴を斬り払い、腹からは大量の血が吹き出して倒れ込んだ。
安岡は出血が酷くそのまま絶命した。
そのまま吉田は須賀のところに駆け寄り、大声で詰め寄った。
「おまんらぁ武市半平太のところの者か!答えや!」
もちろん須賀は答えなかった。
吉田は拓司を押し退けて、自分の刀で須賀の喉を突きつける。
「はよ答えや!!殺すでぇ!おまんらぁ下士は虫ケラ以下ながじゃ!」
吉田は頭に血が昇ったのか、かなり興奮していた。
須賀は吉田を睨みつけて唾を吐きかけた。
「こん虫ケラがぁ!!!」
激怒した吉田は須賀の喉をそのまま突き刺した。
須賀は「うぐっっ」と声を出し口から血を吐き出しもがき苦しむ様に絶命した。
拓司は吉田の虫ケラと言う暴言に反応した。
2年一緒に暮らした中平忠次郎や兄寅之進、自分等を救ってくれた望月や北添の事。
そして何よりも武市半平太が孤独な自分達を弟の様に可愛がってくれた事。
全否定される思いだった。
拓司は大きな怒声を天に向けた。
吉田はびっくりして拓司の方を振り返った。
そして拓司は力いっぱい吉田東洋を左肩から右腰まで斬り、最後に心臓を突き刺した。
斬られた吉田は拓司に抱きつく様に倒れ込み、
一言だけ拓司の耳元に言葉を残してそのまま絶命した。
雨の音が酷すぎて守屋には聞こえなかった。
大石は腕を押さえ痛みを我慢しながら言った。
「おまんら...何をしちょるが」
守屋は大石に笑いながら答えた。
「早く逃げてください。そしてこの事は誰にも言わない様にしてください」
「けんど...」
「いいから!!早く行ってください!」
大石は倒れてる須賀と安岡を見て、申し訳なさそうにこの場から逃げる様に立ち去った。
拓司は絶命してる吉田を呆然と見つめている。
守屋はゆっくりと拓司に近付き、肩をポンと叩いた。
雨はいつの間にか止んでいた。
拓司は吉田を見ながら囁いた。
「健...俺東洋のおっさんを...」
「わかってる」
「でもなんの感情も湧かない...どうしちゃったんだろう、あんなに可愛がってもらったのに...」
しかし守屋は拓司の目から、大粒の涙を流してるのを見たが何も言わなかった。
「東洋のおっさん最後なんて言ってたの?」
「ああ...必ず戻れるがぜよ。って」
「おっさん最後の最後まで俺らを気にして...」
守屋も自然と涙がこぼれ落ちてきた。
2人は吉田に深くお辞儀をした。
そして守屋は決断した。
「俺らは未来に帰る事を考えていたが、もうやめよう。俺らのせいでおっさんが死んだ。こうなったら武市さんの為に生きて武市さんの為に死のう」
拓司は大きく頷く。
「俺らの信念で武市さんを選び、おっさんを裏切ったせめてもの償いだ」
「そうだな」
それともう一つ提案した。
「俺らも土佐藩下士の人間として今日ここで生まれ変わろう」
「生まれ変わる?」
「ああ。土佐勤王党員として生まれ変わる。お前土佐弁は喋れるか?」
「3年もおったら覚えたぜよ」
守屋は拓司の突然のエセ土佐弁に笑った。
「ほうじゃ、ワシらぁも今日から土佐弁で喋るがぜよ」
2人は久々に大笑いをした。
そして吉田東洋を最後に見て、守屋は一言呟いてこの場から立ち去った。
「おっさんありがとうございました。ほいたらなぁ」
2人は吉田を斬ったことを負い目に、信念を持って武市の為に生きる事にした。
吉田東洋の暗殺に成功した、武市半平太の動きは早かった。
吉田東洋派を失脚させ、みるみる頭角を現し土佐藩を一気に牛耳り尊王攘夷へと変えた。
そして帝の警護をするという名目で、土佐藩主と共に京に上京した。
目的は幕府への攘夷決行を迫るためだった。
その京で武市は岡田以蔵を中心に、幕府の要人や幕府寄りの朝廷の要人を暗殺した。
その中に守屋と拓司の姿もあった。
特に拓司は吉田東洋暗殺以降、人を斬ることに全くの感情もなくなり、躊躇なく斬った。
2人の悲運は幕末の動乱が彼らを変えてしまった事と、坂本達と逸れた事が歯車を変えてしまった。
この先7人の運命の歯車は加速して狂っていく事になる。
1864年 6月 近江屋
守屋達の吉田東洋暗殺の真相を黙って聞いてた龍馬は守屋に尋ねた。
「大体の経緯はわかったき、ほいたらおまんらぁこの先どうするがぜよ」
「そんなもん決まってますろう、武市さんを助けますき」
「無理じゃ、今じゃ土佐勤王党は罪人扱いじゃき、今おまんらが土佐に帰っても捕まるだけじゃ」
「そがなもんわかっちょりますき、じゃき長州を動かすじゃが」
「長州を?」
「そうです、長州が朝廷の実権を握れば、再び流れは攘夷と変わりますろう、そうなれば土佐も長州と仲のいい武市さんの力が必要になりますきに」
龍馬は首を横に振る。
「無理ぜよ。今や長州は幕府に恭順派と攘夷派の2つに割れてるぜよ」
「やってみなければわからんですろう。あんたは好きに生きればいいですき、これ以上話しても無駄じゃて帰りますわ」
守屋達は近江屋を後にした。
龍馬は大きなため息をついて2人を心配した。




