第9章 土佐勤王党
1860年 1月
守屋達が土佐に来て1年の月日が流れていた。
毎日道場に通っていた事もあり、2人共かなりの腕前になっていた。
特に守屋は何をやらせても飲み込みが早く、周りからも一目置かれている。
しかし、武市の門下生の中にはそれが気に入らない者も少なくない。
その1人が岡田以蔵である。
岡田は目が鋭く、仏頂面で幼い頃からの友人にさえ、あまり笑顔を見せなく、心を開いてるように見えない。
しかも剣術の腕前は至って普通である。
嫉妬や妬みでいつも2人は睨まれているのである。
岡田の鋭い視線は気付いてはいたが、トラブルを起こしたくないため、気にせずにいた。
そんな中、武市が突然組手を行ないように言い出す。
対戦相手を淡々と決める武市。
拓司の相手は望月である。
守屋は岡田との対戦となった。
拓司は守屋に囁く。
「なぁお前の相手、以蔵さんじゃん」
「みたいだね。いやだなぁあの人...いつも睨みつけてくるから...」
「気をつけろよ」
そして始まる組手。
組手は剣道で行われた。
まず最初に拓司と望月が呼ばれた。
「拓司頑張れよ」
「うん」
望月は拓司に呟く。
「おはんの腕前が、どれほどのもんになっちょっるか、見せてもらうきぃ」
「負けませんよ」
お互い道場の中心に立ち向い合う。
武市が一言大声で合図を送る。
「はじめっぇぇ」
2人共声を出して気合を入れながら構える。
最初に仕掛けたのは望月である。
足に力を入れ、力強く拓司の頭目掛けて面を放つ。
拓司は頭を少し右に傾けてズラす。
剣先は拓司の右肩に当たった。
望月は舌打ちをして、更に胴や小手を狙うが、拓司は全てをかわす。
望月の動きを読んでいるのである。
望月は連続で拓司を狙うが、決定打が決まらない。
しかし、望月が一瞬の隙を見せた瞬間、拓司は望月の胴を目掛けて横払いし、1本を取る。
「お見事!」
武市は拓司に絶賛した。
望月は悔しがりながら、一礼をした。
しかし拓司の上達ぶりに感心した。
「いやぁ、見事やられたぜよ」
「亀さんも鋭い剣先やばかったですよ」
「ええよって、負けたやつに、同情はいらんきぃ」
「そんなんじゃないですよ」
拓司と望月は笑みを溢した。
組手は淡々と行われ、いよいよ最後の対戦になった。
守屋と岡田である。
岡田は守屋を睨みつけながら言い放つ。
「おまんは調子に乗りすぎぜよ、ワシがぁギタギタしちゃるけぇ」
「お手柔らかにお願いします」
守屋は挑発には乗らず大人の対応をした。
お互い向かい合い一礼する。
「それでははじめ!」
合図を共に、上段に構えながら勢いよく、守谷に向かう。
鍔迫り合いお互い力一杯押し合う形になり、お互い面越しに目が合う。
岡田は右足で守谷の、左足の甲を故意に踏んだ。
「痛ッッ」
反則であるが、周りは気がついてない。
そのまま踏みつけながら、守屋を力一杯突き飛ばす。
守屋は左足の甲を痛めた。
守屋はムッとした。
岡田は守屋の喉を目掛けて、突きを繰り出す。
それを見極めたのか、一瞬遅れたが守屋も、岡田の喉を目掛けて突きを繰り出す。
ほぼ同時だったが、守屋の突きが早く岡田の喉を突いた。
岡田は突きが決まり後ろに吹っ飛んだ。
「それまで!」
一瞬で決着がついた。
門下生は守屋の早い突きに驚愕した。
岡田は苦しそう咳込んだ。
武市は守屋の上達に多いに喜んだ。
「いやぁ、たいしたもんやき、拓司君もそうじゃが、守屋君は凄いのぅ、ワシも勝てんかもしれんのぅ」
門下生は守屋の所に集まり称賛されていた。
面をを外しながら、岡田は悔しくて仕方なかった。
「くそッ覚えちょけよぉぉ」
岡田はそのまま道場から出て行った。
この時、岡田は守屋を殺そうと心に誓った。
稽古が終わり、中平と帰宅しようとした時、外は大雨になっていた。
武市に雨が止むまで、道場に居るように言われて、止むのを待っていたが、夜になっても止む気配がない。
仕方なく3人は帰ることにした。
下士は傘を使うことが許されてないため、走って帰ることにした。
大雨の中、ずぶ濡れになりながら走っていたら、前に男が立って居た。
3人は立ち止まった。
雨が目に入り、中々目が開けられない中、中平が口を開く。
「だれじゃ」
男は答えず、腰に掛けていた刀を抜いた。
「辻斬りかぁ」
そう言うと中平も刀を抜いた。
守屋と拓司は刀を持っていない。
中平も実戦経験がなく、手が震えている。
しかし男は中平に叫んだ。
「おまんじゃない、邪魔じゃきどきや」
中平は男の声ですぐわかった。
「そん声は以蔵さんかぁ、何をしちゅうき」
「中平そん刀守屋に渡しや」
「何をそがな馬鹿な事を...」
「言う通りにせんにゃ、おまんから斬るがぜよ」
守屋は中平の肩をポンと叩いた。
「中平さん刀貸してください」
中平は刀を構えながら守屋に言う。
「おまんまで何を言っちょるがぁ」
「大丈夫ですよ、俺はここで死ぬわけにはいかないんで」
中平から刀を受け取る守屋。
「以蔵さん、やめませんか?」
「やかましいわぁぁ、ワシはおまんらぁが気に入らんがじゃ、殺しちゃるきぃ」
岡田は殺気だっていた。
「俺らあんたになんかしましたか」
「うるさいきぃぃぃ」
そう言うと、岡田は守屋に斬りかかった。
守屋は刀を身構え、岡田の刀を受け止める。
刀と刀が交じり合い火花が散る。
力一杯押し合う。
守屋はタイミングを見て力を抜き、横にスライドした。
その反動で岡田は前に転んだ。
すぐさま起き上がり再び構えた。
顔は泥だらけになりながらも、再び守屋に斬りかかる。
岡田は守屋の喉目掛けて、突きに行った。
しかし守屋は顔を少しずらして、頬を切りながら紙一重でかわした。
岡田はかわされ、守屋は左腕で岡田の胸を押さえながら後ろに周り、右手で岡田の喉に刀を突き付けた。
岡田は喉先に刀を突き付けられ、身動き出来なくなる。
「殺しぃやぁ」
「嫌ですよ」
「ここで殺しとかないと、ワシはまた、おまんらぁを狙うきぃ」
守屋は呆れた。
「なんでそんなに嫌うんですか」
「ただ気に入らん、それだけじゃ」
守屋はため息をつき、提案した。
「だったら刀なしで、喧嘩しませんか?気の済むまで殴り合いましょうよ。それで俺に勝ったら好きにしていいですよ」
拓司と中平は何を馬鹿な事を言ってると守屋に怒ったが、守屋は笑みを浮かべながら首を横に振る。
「なんじゃとぉぉ、ワシが負けた時はどうするがぜよ」
「んーその時は、俺らの命を生涯かけて、守ってください」
「何を言いよるがぁ、なぜワシがそがな事せんにゃあかんがか」
「負けるのが怖いんですか」
「なんじゃとぉ、よしええじゃろう、もしワシが負けたら、生涯かけて守っちゃる、けんど、ワシは剣術より喧嘩の方が得意じゃき、後悔すなよ」
守屋はニコリと笑い岡田を離した。
なまじか、剣術で負かしても返って恨みを持たれると思い、殴り合いの道を選んだのだ。
男は単純であるため、本気で殴り合えば気がすむと思ったのだ。
2人の殴り合いが始まった。
どれくらい殴り合ったのだろうか、2人は泥だらけになり、いろんなところから血を出し、顔は晴れ上がっていた。
そして2人はお互い膝をついて、大きく息を切らせながら見合っていた。
2人共に限界である。
お互い最後の力を振り絞ってお互いの頬を殴り、そのまま地べたに倒れ込んだ。
ダブルノックアウトである。
「ハァハァハァ...もうええじゃろ、身体中痛くてかなわんきぃ」
岡田は息を切らせながら、守屋に言った。
「ハァハァハァ痛テテッ...もう終わりですか、勝敗決まってませんよ」
「引き分けじゃぁ」
「引き分けはどうなるんですか」
「もうおまんらぁを狙わんきぃ、それでええじゃろ」
「あーなら、今後俺らは友達って事でいいですかぁ、痛テテッ」
岡田は暗い空を見て、少し考えた。
「ああ、それでええきぃ」
「ならよかったです」
やはり男は単純であった。
守屋の思惑通りになったのだ。
「もう疲れたき、帰るがぜよ」
そう言うと、岡田はゆっくり起き上がり、フラフラで歩き出す。
それを見兼ねた中平が、岡田の腕を取り、手助けした。
「以蔵さんを送ってくるき」
拓司は頷き、守屋の手助けをした。
「健、生きてるか」
「ああ、大丈夫だ、起こしてくれ」
こうして岡田との友情が芽生えたのだった。
この数年後、京で人斬り以蔵と呼ばれ恐れられたこの男は、守屋と拓司の運命を大きく変えてしまうのだが、まだまだ先の話である。
岡田とのいざこざが解決し、再び普通の生活を取り戻した2人。
あの喧嘩以来、岡田との関係も良好になり、もはや2人を妬む者も居ない。
そんな平和が訪れている中、また新たな事件が起こる。
道場で稽古をしていると、突然上士が数名訪ねてくる。
「武市はおるがか?」
門下生は全員稽古の手を止める。
武市は突然の来客に驚いたが、上士が訪れて来た為、平伏し答える。
「ワシが武市半平太でございます」
「その方の門下生に、妙な格好してる2人がおったじゃろう?」
武市はすぐわかった。
「はっ!守屋君と中谷君の事ですろうか」
「連れてまいれ」
「はっ!」
武市は守屋と拓司を呼ぶ。
2人は不安気な顔をしている。
武市は2人を上士に紹介する。
「こん2人がそうですきぃ」
「おはんら、今から吉田様の邸に連れて行くきぃ」
武市は驚いた。
「吉田東洋様ですろうか」
「そうじゃ、粗相のないようにしいや」
2人は訳もわからず、上士に連れて行かれた。
道場は騒然としていた。
それもそのはず、下士が上士に呼ばれる事などほぼない。
しかも得体も知れない2人を、上士の中で最も身分が高い、吉田に呼ばれるなんてあり得ないからである。
武市は驚きふためいていた。
吉田邸に到着した2人は、庭に通される。
庭で待つように言われ、言われるがまま平伏して、吉田を待った。
暫くすると、吉田が姿を現す。
「おまんらぁ久しぶりじゃのぉ」
守屋達は頭を上げて吉田の顔を見た。
拓司は顔見てすぐ思い出した。
「あっ時計をあげた人だ」
上士は拓司の無礼な振る舞いに激怒した。
「無礼者っっなんて言葉使いがじゃ、斬り捨てられちょっても文句は言えんがぞ」
吉田は笑みを浮かべた。
「よい、そがな事どうでもええきぃ」
拓司は顔を下げた。
「おまんに貰ろうた、時計の礼をしたくてのぅ」
吉田は拓司に貰った、腕時計を見せながら、お礼を言った。
「おまんの欲しいもの言うがぜよ、可能ならなんでも、聞いちゃるき」
拓司は頭を伏せながら答えた。
「特にはないです」
吉田は苦笑いをした。
望みなしと言うとは思わなかった。
だがそれだと、吉田のメンツにも関わる。
どうにかしても、望みを言わせたのだ。
拓司は正直困っていた。
本当に望みがないのだ。
あるとしたら現代に戻る事だが、当然無理な話である。
迷った末、暫く考える時間が欲しいと頼んだ。
吉田は仕方なく了承した。
とりあえず、夜は守屋と拓司を持てなす事になった。
夜になるまで、吉田の邸の部屋で待つ事になったのだ。
そして、ここで思いもよらない再会をする事になる。




