第四章 闇バイトの告白
その夜、子ガニは物音で目を覚ました。
離れの蔵から、誰かの泣き声が聞こえる。
戸を開けると、牛糞が荷物の陰にうずくまっていた。
「どうしたんですか」
牛糞は慌てて顔を拭いた。
「何でもない」
「何でもないようには見えません」
しばらく黙ったあと、牛糞は小さな声で話し始めた。
「俺は、あいつらの仲間じゃないんだ」
「でも、ウスさんたちと一緒に……」
「ハチに誘われたんだよ。簡単な仕事があるって。サルを転ばせるだけでお金がもらえるって言われて、それで……」
牛糞は声を詰まらせた。
「あんなことをさせられるなんて、聞いてなかった。死んだサルを運んで、穴を掘って……俺は転ばせただけなのに」
子ガニは、サルが死んだという言葉を聞いて身体を硬直させた。
やはり、サルは死んでいたのだ。
だが、それ以上のことは聞けなかった。
「なら、もうやめればいいじゃないですか」
「やめられないんだよ」
牛糞は首を振った。
「仕事を受けるときに、マイナンバーカードの画像を送ってしまった。家族の住む場所もバレている。逃げたら家族がどうなるか分からない。ウスには逆らえない。ハチはどこにでもいる」
牛糞は怯えた目で、蔵の外を見た。
「頼む。この話は誰にも言わないでくれ」
子ガニはうなずいた。
牛糞は騙されたのだ。
簡単な仕事だと言われ、気づいたときには逃げられなくなっていた。
そこまで考えて、子ガニの頭に別の考えが浮かんだ。
自分も、同じなのではないか。
翌朝、子ガニは買い物へ行くと言って家を出た。
軒先のハチたちは、いつもと変わらず飛び回っていた。子ガニは振り返らず、町の警察署へ向かった。
警察官は、子ガニの話を黙って聞いた。
母をサルに殺されたこと。ウスたちがサルへ仕返しをしたこと。その後、家に住み着いたこと。柿の売上を管理され、多額の費用を示されたこと。
ただし、サルが死んだことと、牛糞がその身体を運んだことは話さなかった。
「お話に出てきた者たちは、反社会的勢力である可能性があります」
警察官は言った。
「彼らは、復讐や揉め事の解決を引き受け、その見返りとして金銭や財産を得ている集団かもしれません」
「でも、費用を請求するつもりはないと言っていました」
「そう言って、相手から自発的に金を出させることもあります」
子ガニは黙った。
「確認させてください。あなたは彼らに、サルへの復讐を依頼しましたか」
「依頼というか……母と同じ目に遭わせてほしいとは言いました」
「その見返りとして、金銭や柿を渡す約束はしましたか」
「約束はしていません。柿の売上からお支払いすると言ったのは、後になってからです」
「仮に、反社会的勢力だと知りながら復讐を依頼し、利益を与えていたとすれば、暴力団排除条例に抵触するおそれがあります」
子ガニの身体が固くなった。
「ですが、今はあなた方を責めるために聞いているのではありません。正直に話してください。仮に関係を持ってしまったとしても、警察はあなたとご家族を全力で守ります」
子ガニは膝の上の鋏を握った。
ここですべて話せば、ウスたちを追い出せるかもしれない。
だが、サルの死体が見つかれば、自分が「母と同じ目に遭わせてほしい」と頼んだことも明らかになる。
警察は守ると言っている。
本当に、ハチの目から弟や妹を守れるのだろうか。
「私は……」
子ガニは顔を上げた。
「少し不安になって、相談に来ただけです。きっと、私の考えすぎです」
「考えすぎかどうかを判断するのは、私たちの仕事です」
「いえ。もう大丈夫です」
子ガニは立ち上がった。
警察官は引き止めたが、子ガニは何も話さず警察署を出た。
家に戻ると、ウスが玄関で待っていた。
「お帰りなさい、坊ちゃん」
「ただいま戻りました」
「どちらへ行かれていたのですか」
「町へ買い物に」
「そうですか」
ウスは穏やかに笑った。
「ハチが、坊ちゃんが警察署へ入るところを見たと申しておりましたので、何かあったのかと心配していたのです」
子ガニは軒先を見上げた。
大きな巣の表面で、無数のハチが蠢いていた。
「道に迷って、場所を聞いただけです」
「それならよかった」
ウスは子ガニの肩に手を置いた。
「何かお困りのことがございましたら、警察などへ行く前に、まず私どもへご相談ください」
「はい」
「坊ちゃんたちをお守りするために、私どもはここにいるのですから」
子ガニは、もう一度うなずいた。
「ありがとうございます」
その日から、ハチの羽音は家の中でも聞こえるようになった。
次は第五章、最終回です




