第二章 忍び寄る支配
「さて」
牛糞がサルを運び去ったあと、ウスは家の中を見回した。
「先ほども申し上げましたが、念のため、数日間は私どもが警護にあたります」
「ありがとうございます」
「つきましては、こちらに対策本部を置かせていただきたいのですが、私たちの寝床も含めて、どこか使える部屋はありますか」
「母の寝室があります。よろしければ、そこを使ってください」
子ガニが答えると、ウスは困ったように首を振った。
「いえ、それはいけません」
「どうしてですか」
「お母さまとの思い出が詰まったお部屋でしょう。そこに私どもが居座るわけにはまいりません。もう少し狭い部屋で構いませんよ。何でしたら、離れの蔵でも」
「そんな。母の仇を討ってくださった恩人を、蔵に寝かせるわけにはいきません」
「しかし……」
「どうか、母の部屋を使ってください。母もきっと喜びます」
ウスはしばらく考えたあと、申し訳なさそうに頭を下げた。
「そこまでおっしゃるのでしたら、お言葉に甘えましょう」
こうして母の寝室は、サルの仲間による報復に備えるための対策本部となった。
ウスが母の布団を使い、クリは鏡台の前に帳面を広げた。ハチはいつでも外を見張れるよう、軒先に巣を作った。
牛糞には、離れの蔵が与えられた。
数日後、柿の木の実が食べ頃を迎えた。
だが、子ガニは木に登れない。
今までは、長い棒で実を落としていた。しかし、棒で突くと柿に傷がつく。熟した実は、地面に落ちて潰れてしまうこともあった。
「私が取りましょうか」
ハチが申し出た。
「私は飛べますから、柿を落とすことなく収穫できます」
ハチは仲間を呼び、柿を一つずつ枝から切り離した。別のハチたちが実を受け取り、籠まで運んだ。
柿は一つも傷つかなかった。
「こんなにたくさん収穫できたのは初めてです」
子ガニは籠いっぱいの柿を見て、目を輝かせた。
その中に、ひときわ大きく熟した実があった。
子ガニはそれを手に取ると、ウスに差し出した。
「どうぞ」
「いけませんよ、坊ちゃん。これはお母さまが残された大切な柿です」
「ハチさんたちが取ってくださらなければ、こんなにきれいには収穫できませんでした。それに、ウスさんには母の仇まで討っていただきました。どうか召し上がってください」
「しかし……」
「遠慮なさらないでください」
ウスは静かに笑った。
「では、お言葉に甘えて」
ウスは柿を一口かじった。
「これは甘い」
その一言を聞いて、子ガニはうれしくなった。母の育てた柿が褒められたような気がした。
クリは残った柿を数えていた。
「これだけあると、坊ちゃんたちだけでは食べきれませんね」
「毎年、いくつかは腐らせてしまいます」
「それはもったいない。よろしければ、私が町で売ってきましょうか」
「クリさんが?」
「ええ。私なら柿の相場も分かります。腐らせるくらいなら、お金に換えた方が坊ちゃんたちのためになるでしょう」
子ガニには、断る理由がなかった。
「お願いします」
クリは柿を、大きさや熟し具合ごとに分けた。売るもの、家で食べるもの、傷があって売れないもの。子ガニが今まで考えたこともないほど、丁寧に分類していった。
「柿の管理は、私に任せてください」
「ありがとうございます」
翌日から、収穫した柿はすべてクリの前に並べられるようになった。
子ガニが弟のために一つ取ろうとすると、クリが言った。
「坊ちゃん、それは町で一番高く売れる柿ですよ。こちらの小さいものになさってはどうですか」
「あ、そうですね」
子ガニは手を引っ込めた。
自分の家の柿なのだから、どれを食べてもよいはずだった。
だが、せっかくクリが管理してくれているのだ。勝手に取って、数が合わなくなっては申し訳ない。
子ガニは小さな柿を一つ手に取った。
「これは、食べてもいいですか」
「もちろんです」
クリはにこやかに答え、帳面に何かを書き加えた。
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