第一章 めでたしのその後
さるかに合戦の後日譚です。感想聞かせていただけると嬉しいです。
サルが勝手口から逃げ出そうとした、そのときだった。
屋根の上から、ウスが落ちてきた。
どっしーん。
家中が大きく揺れ、梁から埃が舞った。ウスの下から、サルの尻尾だけが長く伸びていた。
「やった!」
子ガニは思わず声を上げた。
囲炉裏から飛び出してサルに火傷を負わせたクリ。
水桶に隠れ、サルの尻を刺したハチ。
勝手口でサルを滑らせた牛糞。
そして、最後にサルを押さえつけたウス。
みんなが力を合わせて、母の仇を討ってくれたのだ。
子ガニは四人の前に進み出ると、深々と頭を下げた。
「皆さん、本当にありがとうございました。これで母も浮かばれます」
「いえいえ」
ウスが穏やかに答えた。
「当然のことをしたまでです。坊ちゃんのお母さまには、私どもも大変お世話になりましたから」
クリもハチもうなずいた。牛糞だけは、仕事が終わった安堵からか、勝手口の横に座り込んでいた。
こうして、悪いサルは懲らしめられ、子ガニは母の仇を討つことができた。
めでたし、めでたし。
子ガニの胸には、仇を討てたという高揚感が広がっていた。身体の奥から力が湧き上がり、長く張りつめていたものが、ようやくほどけていく。母の無念を晴らせたのだという、爽快な喜びに包まれていた。
そのとき、ふと、ある異変に気づいた。
「あれ?」
子ガニは、ウスの下から伸びた尻尾を見た。
先ほどから、少しも動いていない。
「どうかなさいましたか、坊ちゃん」
「サルが……動いていません」
ウスは、自分の下に目をやった。
「気を失っているのでしょう」
「でも」
子ガニはサルの顔がある方へ回り込んだ。
半分開いた目は、どこも見ていなかった。口から流れた血が、土の上に小さな溜まりを作っている。
子ガニは恐る恐る、サルの鼻先に鋏を近づけた。
息は感じられなかった。
「死んでいるのではありませんか」
母の仇を果たし、赤く紅潮していた子ガニの身体から、すっと色が引いた。
「私がお願いしたのは、サルを懲らしめることで……」
「ええ。ただ、坊ちゃんはおっしゃいましたよね」
ウスは変わらぬ口調で言った。
「お母さまと同じ目に遭わせてほしい、と」
「それは、でも……殺してほしいという意味では……」
「大丈夫です」
ウスは子ガニの言葉を遮った。
「死んではおりません」
子ガニは、もう一度サルを見た。
やはり動いていない。
ウスはゆっくりと身体をずらした。押し潰されたサルの姿が現れた。
クリは目を逸らした。ハチは何も言わなかった。
ウスが牛糞を振り返った。
「おい、糞」
それまでの柔らかな声ではなかった。
「こいつには、しばらくどこかに隠れててもらえ」
牛糞が立ち上がった。
「俺がやるんですか。俺、サルを転ばせるだけだって聞いてたんですけど」
「黙れ」
ウスの低い声に、牛糞の身体が縮んだ。
「さっさと運べ」
牛糞はサルの両足を抱えた。引きずられた腕が、力なく土の上を擦った。
子ガニは、その様子を見つめていた。
「本当に、生きているんですよね」
「もちろんです、坊ちゃん」
ウスは、先ほどまでの穏やかな声に戻った。
「サルは群れで暮らす生き物です。しかし、このサルは、どうやら群れから追われたはぐれ猿だったのでしょう。きっと腹を空かせていたところで、この柿の木に目をつけたのだと思います」
ウスは、森の奥へ運ばれていくサルを眺めた。
「まあ、かわいそうなやつです。ですが、だからといって人様のものに手をつけてよい理由にはなりません。ましてや、持ち主を殺めるなど、決してあってはならないことです」
ウスは静かに首を振った。
「サルは当然の報いを受けた。私は、そう思います」
子ガニも、つられるようにうなずいた。
サルが死んだのかどうかは、もう考えないことにした。悪いことをしたサルが、当然の報いを受けた。それならば、母の仇討ちも間違いではなかった。
「はぐれ猿ですから、群れのボスが仕返しに来ることは、まずないでしょう」
ウスはそこで言葉を切った。
「ですが、念のためです。数日間、私どもが坊ちゃんたちの警護にあたりましょう」
「そこまでしていただかなくても……」
「遠慮なさらないでください。何かあってからでは遅いのです」
ウスは、にこやかに笑った。
「最後までお守りするのが、私どもの務めですから」
森の奥から、何か重いものを引きずる音が聞こえていた。
やがて、その音も聞こえなくなった。
子ガニは、もう一度ウスに頭を下げた。
「ありがとうございます」
こうして四人は、子ガニの家に残ることになった。
次は第二章です




