5 忌み子
殺される。
無意識の内に考えた。
視界が真っ暗になる。
目を見開いたまま、動けない。
負けるのかと思ったとき。
火花が弾けたような轟音と、鮮やかな輝きが照る。
魔術攻撃が飛来した奥から、静かで素早い足音が聞こえる。
バトルフィールドの向こうから、二人の男女が駆けてきた。
二つ結びの毛先を振り乱す朱髪の姿も、陰に見える。
ロジェもさすがに三人相手は聞いていない。
「人の決闘に介入するとかマナーがなってねェな。王子様の教育はどうなってやがる?」
煽るような問いかけ。
「殺しにきといてよく言うわ」
真剣に怒るエレナ。
「は? 俺がそんな卑怯なことするタマに見えっか?」
「見える」と頷くウイエ。
「冗談よせよ。俺ァ、いつでも奴を殺せるんだぜ。わざわざ生かしてやってる意味を考えろや」
ロジェはワイルドに整えた髪をかき乱しながら、吐き捨てる。
「そんなわけでハイラム様、あんまなまっちょろいことやってっと、俺がぶっ潰すッスよ」
急に声のトーンを明るくし、身を翻す。
石ころを蹴り飛ばしながら、華やかな市街地へと消えていく。
遠ざかる影を目で追わず、座り込んだままの王子に駆け寄る皆。
エレナが手のひらを向け、淡い光を放つ。
治癒の様を傍観するアルフ。
エレナがふっと息を吐き、手を離す。
なんとか回復し、落ち着いたところで尋ねる。
「あの不良男子はいったい……?」
ハイラムは一点を見つめたまま、薄く唇を動かす。
「王アルバの忌み子だ」
「王族!?」
エレナが目を丸くして驚く。
ウイエもぽかん。
確かにクラスじゃそんな噂はあったけど、本当だとは思わなかった。
「でも、姓は違うよね」
「ロジェ・シルヴィストル」
女子二人で指摘する。
アルフは口を挟まない。
「母方の姓を名乗っているようだ」
「王宮にそんな名字の方はいたかしら?」
目線を上げ、悩み顔のエレナ。
ハイラムもくわしくは教えない。
「よく知られてないってことは、それまでの人なんじゃない? 実際に王位の継承者は殿下でしょうし」
「私とロジェは本来なら同列だ。私だけがアベル王の血を引いていないのだから」
俯いたままの青年。沈鬱な表情に影が掛かる。
「どうしたの、ハイラム?」
エレナが顔色を覗き込む。
「この体たらくで、王が務まるものかと」
切れ長の目が陰り、虹彩が暗青色に落ちる。
「仮にも光の加護を持つ王子だというのに、私は……」
光の加護だけが王族としての価値だったのにと、苦々しく零す。
彼は一人で敗北を喫しかけたことを、悔やんでいるらしい。
「気にしなくてもいいんじゃねぇ? 王位なんざ」
軽い気持ちで告げるアルフ。
彼は上のあたりを眺めており、視線を合わせる気はない。
親切心から繰り出したであろう言葉は、王子にとっては煽りでしかなかった。
キッと眉をつり上げ、鋭い目で相手を見る。
煮えたぎる思いは口にしない。
ただ無言で対立し、見ている側がヒヤヒヤする。
遠くの空で雷が落ちそうな気候の下、硬い足音が響く。
「ハイラム様!」
駆けつける衛兵。
同じ隊服を身に着けた者たちが、アルフやウイエを囲う。
「王子の危機を救っていただき、感謝する」
一人の騎士が告げると、少年は真顔になる。
「それほどでもないさ」
嫌そうな顔。にこやかな役人。
アルフの反応を見て見ぬふりをしたかと思うと、急に真剣な顔になる。
「再三になるが、頼みたい。その腕を見込んで、どうか、王宮に務めていただけないだろうか」
沈黙。
ざわめく周り。
息を呑んだウイエ。「きゃー」とエレナが顔に手を当てる。
「よかったじゃない」
近づき笑顔を見せるウイエ。アルフは下を向いたままだった。
一方、口を噤んだままのハイラム。
彼は腰を上げ、ブーツの踵を上げる。
アルフの後ろに回ると、圧が掛かった。
彼が顔を上げ、女子二人がそちらを見やる。
無表情の王子。相対する両者。
ハイラムは告げる。
「魔術大会の決勝で会おう。決着をつける」
「受けて立つよ」
バチバチと視線がかち合う。
一見すると和やかなのに、ひどく不穏だった。
寒々しい風が河原を吹き抜け、鳥肌が立つ。
やがてアルフは背を向け、ぼうぼうに伸びた草を踏んだ。
すでに夕方であり、日は落ちていた。
殺風景になった原っぱに、エレナが残る。
「気にしなくても大丈夫。あなたにはあなたの強さがあるわ」
誰がなんと言おうと王子であることに、変わりはない。
背中を押すように言い聞かせるエレナに、ハイラムは顔を背けた。
「今の私では国を背負うに値しない。強くならなければならない。どんな方法を使ってでも」
突き放す態度に対し、エレナもゆるやかに口を閉ざし、目を伏せた。
踵を返し、川沿いに伸びる道へと、歩を進める。
彼女も黙って去ることしかできなかった。
一人。
夜闇に凍てつく風が吹き付ける。
建物の陰で立ち尽くし、白い息を吐いた。
冷えてきた頭に先のやり取りが流れ込み、渋い顔つきになる。
エレナは励ましてくれたのに、辛く当たってしまった……。
焦るあまり、自分を心配してくれる存在にすら、頭から抜けていた。
なにを言われても自分を否定されたと、感じてしまう。
思い詰めた顔で下を向いた。
顔は闇に閉ざされてよく見えない。
秋なので日が落ちるのが早いとはいえ、今日はより一層暗かった。
不気味な気配が漂う中、影から声がかかる。
「力が欲しいか?」
「何者だ?」
張り詰めた顔で眦を流す。
影の主は闇の下で三日月型に口をつり上げた。
「我に力を貸せば望みは叶う。ゆえにどうか手を貸してくれぬだろうか」
眉を寄せ切れ長の目で、相手を見つめる。
対峙する両者の間を、ぬるい風が吹き抜けた。




