4 決闘の河原
王子からしてみれば相手にはならないほどの雑魚だ。
簡単にいなしてもよかったのだが。
「おい、そいつの相手は俺だ。テメェらは引っ込んでな、ハイエナども」
ドスのきいた声に周りの者たちは、一斉に動きを止める。
ぽかんと間の抜けた顔が、引きつった。
剃り込みの入った、オールバック。
襟足が長い。
三白眼のツリ目。
褐色、筋骨隆々の体格に、腰パンをはいていた。
相手の正体を知っている。
「ロジェ・シルヴェストル・ルイン」
王家と血の繋がりがありながら、王候補にならなかった者。
威圧感のある青年の外見を見ると。
「失礼しましたっ!」
不良たちは舎弟のような態度で背を伸ばしくるりと回ると、波が割れるように逃げていく。
捌けた影の間を堂々と歩くロジェ。
王子と不良――両者は正面で向き合う。
「素性はどうあれ、彼らを抑えていただけるのは、ありがたい。これからルイン王国も彼らのような者が現れないように」
「なに寝ぼけたこと言ってんスか? ハイラム様。これからこの国は俺の手に落ちるってのに」
仏頂面のロジェ。
ヒエッとした空気が垂れ込む。
ハイラムは表情を強張らせた。
「俺はあんたが王子だって呑む気は一切ないッスよ。みんなが教えてくれましたんで。権力でも、地位でも、力の前では無力だと」
太陽が雲に隠れ、影が地面に横たわった。
薄暗がりで落ち窪んだ眼が、ギラリと光る。
インディゴの内側の赤茶が、血の色を帯びた。
「怖いんスか? どこの馬の骨とも知らねェ輩に負けるのは」
ニヤリと笑う相手。
「なにを焦ることはあるんスか? 運命はすでに決まってるものッスよね」
煽るような物言いが、妙に核心を突いたように聞こえた。
「そんなに自分に自信がなけりゃあ、譲ってくださいッスよ」
乞うように手のひらを前に出す。
眉をつり上げ、切れ長の目で睨みつけるハイラム。
張り詰めた表情。
「誰が譲るものか。私はルインの王となって、皆を導く!」
当然のように主張し、声を張り上げる。
「だったら決闘だ! 受けて立つよなァ!?」
途端にやる気になり出す相手。
口を大きく開き、声を張り上げる。
「受けなければ負けることを恐れていると言ってるようなもんだ。恥ずかしいよなァ?」
澄んだ目をした王子は、もちろん頷く。
「ああ」
必ず勝つ気で答える。
二人は火花を散らした。
夕空に暗雲が垂れ込める。
河原のバトルフィールドに立つ二人。
前方にゴツゴツとした肉体を誇示したロジェ。
手には喧嘩用の棍棒があり、鉄のメッキで塗装してある。
ジリジリと緊張感が高まり、空気がピリつく。
荒々しい風が吹き、青紫のロングコートがひらひらとなびいた。
王子はいよいよ地を蹴った。
アルダーの剣を向ける。
刃が輝く。
光の粒を束ね、放出。
焼き尽くす勢いだった。
相手は棍棒を振り回す。
鉄の表面が琥珀色を帯び、強引に光を切り裂いた。
真っ二つに裂かれ、飛沫のように散らばる燐光。
ハイラムは相手から目を離さない。
「そんなもんッスかハイラム様、王宮に見初められた光属性とやらはよぉ!」
高らかな声と共に、圧が迫る。
ハイラムとて、負ける気はない。
魔術大会の肩慣らしだ。
真剣な表情で木の刃を振るった。
本番と思い、全力で。
打ち合い、衝撃が飛ぶ。
一旦、距離を取るロジェ。
背を向けたかと思えば、布を貫通する形で刃を繰り出す。
木剣ではなく、本物の。
グラディウスだ。
ハイラムはとっさに腕を上げ、腰を落とす。
じじじと退がりながらも、受け止めた。
ロジェは表情を変えない。
彼がすっと手放した棍棒が、礫まみれの地面を転がった。
そちらへ視線を向けた矢先に、蹴り飛ばす。
避けた先へ吹っ飛んでいく、鉄色の棒。
ハイラムはすぐに前をとらえ、身を乗り出す。
力で押して、弾き飛ばす。
ロジェは追突されたような勢いで、離れていった。
こちらも退きつつ、体勢を整えたところで、襲来してきた刃。
即座に光でかき消した。
視界が眩む。
圧のある気配は感じる。
敵の位置は分かっている。
押せ押せと、光を纏いながら突っ込むハイラム。
正面を狙って勢いよく切り込む。
相手はまだ動かない。倒し切れる。
確信を胸に、思いっきりアルダーの剣を振り上げた。
しかし――
硬い音。冷涼な火花。
軟らかな刃は頑丈なものに受け止められる。
眉を寄せ、歪める。切れ長の目を細めた。
手前にあったのは鉄の拳。
岩壁のような手に装着したナックルが、光を吸収する。
白い色が飛び散って、褐色の肌が照る。
光が退き、元の深い顔色を取り戻したところで、相手は眉を上げた。
「それで終わりっスか? ハイラム様よぉ」
得意げでも、煽るでもなく。
彼は真顔だった。
驚き瞠目する王子。
一瞬だけ動きが停まる。
次は向こうの反撃の場。
その前に。
歯を食いしばり、肘を曲げる。
とっさにアルダーの剣を向け、光を放った。
「遅ェ!」
目の見えない位置から、瞬間的に武具が再出現する。
姿勢を低くするや、振り上げる。
刃で空間ごと魔力を飲み込んだ。
風圧に荒ぶり、砂煙が舞う。
輝きは不透明な景色に消えた。
ハイラムは我が目を疑う。
思考が麻痺して、視界が揺らぐ。
なにが起きたのか分からなかった。
手札が全て見切られ、なにも通じないなんて。
体から力が抜け、膝が震えた。
あっけなく尻もちをつき、ざらついた地面に触れる。
唖然と敵を見上げた。
尖った靴の足音が迫る。
煤けた匂い。
爪の伸びた指で握りしめたグラディウス。
突きつけた刃の先が鋭く尖る。




