第八話 三つの月二つの朝
「はい、どうぞ」
フランツが奏に夕食を手渡した。
献立は、何かの鳥の肉とスープ、それにパン。
「ありがとうございます!」
「おいしそう~」
「いただきます!」
奏は手を合わせると、肉を一口かじる。
「おいしい!」
「うまいか!」
「そりゃよかった!」
トラスが嬉しそうに話しかける。
「スープも美味しい!」
奏がスープの器を見て目を輝かせる。
「それはフランツの得意料理、カード豆のスープだ!」
トラスが自慢げに言う——。
「ごちそうさま!」
パチン!
焚火が爆ぜる。
「奏はどこから来たの?」
フランツが聞く。
パチパチ……。
「ここからだいぶ離れたニホンって国」
奏が食器を置いて答えた。
「聞いたことないね」
ナッティスがトラスを見る。
「ああ……」
「トラスさん達は戦う人?」
「あぁ~えっと」
変な聞かれ方に困るトラス。
「Cクラス冒険者よ」
フランツが代わりに返事をした。
「Cクラス?」
「ええそうよ」
「冒険者には階級があるの」
「へぇ~」
「依頼を受けてモンスター倒す人達だよね?」
奏の瞳が炎の揺らぎで輝いている。
「まぁそんな所だ!」
「私たち三人、同じ孤児院で育った幼馴染なのよ」
ナッティスが話し始める。
「先の戦争で家族を失った子供たちがたくさん居たけど」
「私たちは同じ夢を持ってたの」
「俺達三人でSクラス冒険者になるってな!」
トラスが二人の肩を抱く。
「もう!急に」
「仲良しパーティなんですね~」
ニヤリとする奏。
「私たち三人は夫婦よ」
寄りそう三人。
「えぇぇ!?」
「三人で結婚できるの?」
奏は目を丸くする。
「確かに珍しいかもね~」
ナッティスが頬杖をつく。
「日本じゃ三人で結婚できないよ!」
「そうなの?」
うなずく奏は、納得した顔をする。
「なるほど、凄い連携は三人夫婦だからなんですね」
「アハッ!」
「トラスは両手に花だね!」
トラスに向かって悪戯っぽく笑う奏。
ハハハハハ——。
夜空を照らす三つの月まで笑って見えた。
夜も更け、皆で寝床に就く事になった。
「おやすみなさい」
「おやすみ~」
「ゆっくりやすめよ~」
トラスとフランツ、ナッティスと奏が分かれ、テントに入る。
背を向けたナッティスの寝息が聞こえてくる。
奏は習ったばかりの魔力操作で気配を消してゆっくり起き上がると、息を殺してテントを出た。
そのまま足音を立てないようにガーデンハウスの中に入る。
ナッティスはずっと目を開けていた。
奏の小さな気配が完全に消えて感じられなくなった。
————開くエレベーター。
ブレザーの女子高生と入れ替わり、奏が出てきた。
女子高生のスカートがふわりと揺れる。
草木の匂いがまだ鼻に残っている。
「ふぅ……帰れた」
ショッピングセンターの時計は6時55分。
「あ!やっぱり……」
「まだ一時間も経ってない」
奏は急いで家に帰る。
家までは10分もかからない。
ゆっくり鍵を開け……。
カ……チャ……。
忍び足で家に入る。
父と母の寝室の戸はまだ閉まっている。
奏は自分の部屋に入って鞄を隠すと、学校のタブレットを手にリビングのソファに座る。
「おはよぉ~」
母が起きてきた。
「いつも早いね~」
タブレットの宿題をする奏。
「そうかなぁ~ハハハ……」
(母が遅いんだよー)
笑って答える。
華の寝巻きは黒のスウェットワンピース。
(シルエットだけなら魔法使いだ!)
プププ……。
奏は必死に笑いを噛み殺す。
「ちょっと待っててね~」
母がキッチンに立ち朝食を作り始めた。
ソーセージとスクランブルエッグをロールパンに挟み、レタスを皿の端に避ける奏。
「レタス食べな」
無理やりパンに挟まれる。
「むぅ……」
「好き嫌いしてると大きくなれないぞぉ」
母がわざと胸を揺らす。
「大丈夫!」
「母の遺伝子がちゃんと働いてくれるから!」
膨らみかけた胸を張る奏。
空になった皿を持ってキッチンのシンクに置くと、ダイニングでラップトップを開いてオンライン塾の講義動画を見始めた。
洗濯機の回る音がする。
続けて掃除機。
生活音が響く中、奏はナッティスの教えを守る。
大きく、小さく……。
魔力の練習と勉強で朝の時間が過ぎて行った。
お昼ご飯はカップ焼きそば。
ピピピピピピピ……ッピ。
「三分経ったよ!」
「ちゃんと湯切りしてね」
母と二人の時はこれが定番。
昼過ぎからネット動画を見る奏。
午後三時を少し回った頃。
ソファに寝転ぶ母が寝息を立て始めた。
奏は動画を付けたままリビングの戸を開いて出ると、音を立てないように閉めた。
自分の部屋に入り、隠していた鞄を肩から下げる。
玄関を出て扉をゆっくり閉めると、奏はマンションの階段を駆け降りた。
ショッピングセンターは既に夕方の買い物客で賑わっていた。
もう三回目。
あのエレベーターが三階に止まり、無人のまま扉が開く……。
奏はガーデンハウスの中から外の様子を伺う。
三つの月の位置があまり変わっていない。
「そういうこと……か」
人けがないことを確認し、ゆっくりテラスから出ると、ナッティスの居るテントに入る。
「奏ちゃんどうしたの?」
ナッティスが身体を起こして声を掛けた。
「あ……ちょっと寝れなくて……」
「この辺は安全地帯だけど、昼間みたいにモンスターが迷い込むこともあるから、次は声をかけてね」
「はい……」
「うん、寝ようか」
ナッティスが奏を毛布の中へ招き入れた。
「なんか落ち着く……」
「お母さんみたい」
「私まだそんな歳じゃないのに~」
フフフ……。
ナッティスが意地悪く言う。
「あ、ごめんなさい!」
タジタジになる奏を抱きしめる——。
目が覚めるとナッティスは既に起きて身支度をしている。
「おはようございます」
奏はまだ寝ぼけ眼だ。
「起こしちゃった?」
「いえ……」
「よく眠れたみたいね」
微笑むナッティス。
「朝ごはんにしようか」
「はい!」
テントを出る二人。
トラスとフランツは既に朝食の支度を済ませて待っていた。
朝日が四人を照らす。
朝食のパンを食べながらトラスが話し始める。
「そこに一際綺麗な建物があるだろ?」
「あ!はい!」
「ガーデンハウスって言ってな」
「昔この辺はあの城の王族専用の中庭で」
古城を指さすトラス。
「ガーデンハウスは王族のゲストハウスだったらしい」
指がガーデンハウスに向けられた。
「あのお家は王様のゲストが使ってたんですか!?」
興味津々の奏。
「ああそうらしい、特に伝説の冒険者ソラパーティがよく使ってたらしい」
「確か近くにソラの墓もあるそうだ」
「まぁ、今回の依頼は古城周辺の安全調査だったんだが……」
「あの魔物ですか?」
「ああそうだ」
「この辺は低級モンスターと普通の動物しか生息していないはずなのよ」
フランツが弓と矢の手入れをしながら会話に入る。
「あれはここよりもっと北側に生息する魔物なの」
「まぁ素材は高く売れるんだがな」
ハハハッ!
トラスが膝を叩いて笑う。
「俺達は予定を繰り上げて、この依頼の報告をしに街に戻るんだが」
「奏も一緒にどうだ?」
「親父さんもいるかもしれない」
「魔力操作もできてるみたいだしな」
ナッティスを見て、奏を見るトラス。
「昨日よりはね」
奏を見るナッティス。
「街があるの!?」
「私も行きたい!」
「よし!決まりだ!」
「準備が出来たら出発な!」
——準備を終えて街の方へ歩き出すスパイルパーティと奏。
「森の中に建物の跡がたくさんあるね」
不思議そうに言う奏。
「そうね、昔はこの辺りも城壁内で街があったらしい」
ナッティスが壁の跡らしいものを杖で指した。
「こいつがガーデンハウスだ」
トラスが綺麗な庭の境目で止まる。
「ただ、結界があって中には入れん」
境目の空中を手で触るトラス。
透明な何かがトラスの手を押し返しているのが分かる。
「あ!」
うっかり一歩入ってしまった足を引っ込める奏。
(ああああ……どうしよ……)
(私そっから来たんですけど……)
「どうした?」
「え!?いや」
「綺麗なお家だなって!」
「なかにはいれないのか~」
「ザンネンだなぁ~」
奏が大げさに言う。
「そうなんだよねぇ……」
「ザンネンだよねぇ」
ナッティスが奏を覗き込む。
ハハハ……。
「そしてここが冒険者ソラの墓だ」
「王様の家族だったの?」
この前見かけた祠の前に立つ奏。
杖を脇に抱え手を合わせる。
「さぁな、ただこの国の英雄には違いない」
「じゃあ行くか!」
「はい!」
奏はナッティスの横に並んで歩く。
しばらく進んだところで森を抜け、開けた高台に出る。
背後から風が通り抜け、奏の髪をゆらす。
「すごーーーーーーい!!」
奏は高台から街を見下ろした。
「あれがソラルディ」
「俺達冒険者の街だ!」
「お月様みたい!」
巨大な三日月型の街が眼下に広がっていた。
「ここからどれくらいかかるの?」
「探索しながらだから2時間半くらいかな」
「真っすぐ行けば40分くらい」
(え!40分!?)
奏は日本との時間を思い浮かべる。
「やばい……」
(この時間、何とかしないと!!)
20261103
誤字修正、可読性の向上の為の修正。




