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近所の異世界に通ってます。  作者: 悪萬畜倫(おまんちくりん)


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第五話 父よワタシも行く

「松若さんすごく速くなったね!」

 水泳ゴーグルを外す奏にコーチが声を掛ける。

「十秒も!」

 タイムを記録する水泳カードを渡すコーチ。

「ほんとですか!?」

 奏はカード見つめニヤニヤが止まらない。

「これなら二級もいけますか?」

「今の調子なら大丈夫だよ!」


 この春に水泳検定で二級を受けるつもりなのだ。

「母に言わなきゃ~」

 

 ロッカーでマジックバッグを取り出す。

 今度はリュックへ入れる為に、小さくたたむ事にした。

「お?おいおい」

 あっという間に奏の拳の中に納まるマジックバッグ。

「マジ魔法……これなら母に見つからない」

 ロッカーの鏡に映る奏がニヤリとする。


 奏は帰り、あのエレベーターを遠巻きに見ながら通り過ぎる。

「あそこからまた行けるのかな?」

「父は今どこに……」

 父の隣に、あの女の顔が浮かぶ。

「むぅ!」

 奏は頭を振ってかき消すと、自宅の方へ歩き出した。

 タオルキャップが寂しくゆれる。


 ピンポーン!

 マンションのインターホンに向かって変顔する奏。

 いつものお決まり。

《おかえり~》

 エントランスに響く母の声。

《あんたそんな顔になるよ?》

 「はやくあけて~」

 わざと焦らす母。

 同じマンションの女性たちが肩をゆらして笑っている。

 

 バタン!

「お風呂先に入りな~」

 母の声がリビングから玄関まで飛んでくる。

「わかった~」

 奏は母の様子を伺いながら素早く自分の部屋に入り、リュックから例のモノを取り出すと大事なものを入れた箱に仕舞い込んだ。


 ガチャン。

 シャー――。

 ~♪

 浴室から奏の歌が聞こえてくる。

「やれやれ……まったく」

 奏の母、華は晩御飯のおかずをつまみ食いしながら微笑んだ。

 

 奏は華と向かい合いながら晩御飯のカレーを頬張る。

 終始ニコニコしている奏。

「何?何かいい事あった?」

 唐突に聞く母。


「え?あ~」

「みてみて~コレ」

 今日の水泳のタイムを見せた。

「すごいやん!」

「めちゃ早くなってる!」

 華が水泳カードを受けとる。

 

「そう!」

「閃いた感じ!」

「コレだ!って」

「そしたらスイスイ泳げたの!」

 早口で説明する奏。


「その調子なら二級いけそうだね」

 華がサラダを取り分ける。

「コーチも大丈夫じゃないかって!」

「頑張らないとね!」

「そうだ、父にも報告しとく」


「あ……うん」

「言っといて」

 奏はカレーを口に詰め込む。

「ごちそうさま」

 手を合わせて席を立ち食器を流しに持って行った。

 

 華はゆっくり食事をしながら。

 タイムが書かれた水泳カード越しに奏を見ていた。


 

 奏はリビングのテーブルに宿題を広げる。

 【英語1】

「あの言葉は何語って言うのかな?」


 そういえばコレも……。

 胸元からお守りのネックレスを取り出す。

「何か似てるね」

 指で水晶をつまんで眺める。

 杖の石を思い出す。


「ほら!さっさと終わらせる!」

 奏の柔らかいほっぺをもてあそぶ華。

「はーい」


「父は仕事だから心配しないの」

「え?」

「現場でトラブルがあったんだって」

「来週ちゃんとまた帰ってくるから」

「うん……」

 奏は宿題を終わらせて自分の部屋に向かう。

「おやすみ~」


「おやすみ」

 華が奏を抱きしめる。

「ふふふ……母の匂い」

 ベッドに潜る奏を確認すると華が部屋の電気を消して戸を閉めた。


「さてさて……」

 

 華は片付けの続きを始めた。

 手首には奏のお守りと同じ水晶が光っている。

 


 翌朝は雨だった。


 ベッド脇の時計は6時を少し過ぎた所だ。

 奏はすでに着替えを終えていた。


 母を起こさないように息を殺して移動する。

 

 麦茶を入れた水筒を肩から下げて静かに音を立てないように玄関へ。


 カチャ……。

 カチャ……。

 上下のロックを外し玄関を出てゆっくり閉めた。


 ピンク色の傘が並木を駆けていく。

 

「ふぅ……」

「バレてないよね」

 早朝の薄暗いショッピングセンターを奏が歩いている。

 なるべく人目に付きたくない。


 あのエレベーターの前に立つ奏。

 ボタンを押し、開いた扉から籠内に入ると再び扉を閉める。


 奏が手を開くと鞄が飛び出す。

「やっぱすごい!」

 傘と水筒を中に仕舞い、肩から掛けた。


「大丈夫!」

 奏は手前に出すと目を閉じる。

 

 手先に温もりを感じる。

「父……」

「やれる」

 目を開ける奏。

 動き始めるエレベーター。

 籠内に張り巡らされた模様が光を放つ。

 立ち上がる光の環。

 自信に満ちた表情の奏を白い光が包み込む。

 

 『転移魔法陣起動』



 

 背広の男性開いたエレベーターに乗り込んでくる。

 フワッと男性の背広のジャケットをゆらす。


 そこに奏は居なかった。



 

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