第六話 開け新たな扉
『異界転移完了』
『転移者の安全を確認』
『転移魔法終了』
あの声が奏の頭の中に響く。
光の幕が消え魔法陣の輝きが無くなる。
奏は周りを見渡した。
そこは、薄暗いあの広い部屋にある魔法陣の上。
「やった!できた!」
両手を上げて喜ぶ。
スンスン……。
「間違いない!」
匂いチェックは欠かさない。
魔法陣から出る奏。
マジックバッグのあったテーブルに向かう。
奏は魔法陣を中心に何となく位置関係を覚えていた。
「うっ!わ!」
ドカッ!
テーブルの少し前で豪快に転がる奏。
「あつつつ~」
「え!?何で?また!?」
足元に転がるあの杖。
「こんな所に置いたっけ?」
奏は立ち上がると不貞腐れながら杖を拾い上げた。
「ったく!」
「忘れていってゴメンナサイネ!!」
奏は杖をグッと握りしめる。
「うん!やっぱりしっくりくるね」
怪しく光る杖の石。
何となく返事されたようにも見えた。
「変な奴」
石に話しかけ、ニヤリとしてやった。
テーブルに鞄を置いて手を入れる。
「朝ごはん!」
「こっそり持ってきちゃった」
昨晩あまったごはんを母が握って置いてあった。
奏は椅子に座り
おにぎりを食べながら辺りを見渡す。
(父は何処に居るんだろう……)
「出口探さなきゃ」
最後の一口をほおばると水筒の麦茶を一口。
「よし!探索開始!」
奏は立ち上がると部屋をもう一度見て回る事にした。
かなり広い縦長長方形の部屋。
「学校のプール2つくらい入りそう」
一度魔法陣の前まで戻る。
あの殴り書き……。
「いつ見ても……コワ」
魔法陣は長い部屋の奥側の真ん中に位置している。
部屋を支える2列の柱。
「19、20、21……22本」
柱に埋め込まれた青白く光る照明を頼りにかぞえてみた。
魔法陣を背に左の壁には一面に書棚が並ぶ。
床のあちこちにも本が積まれていた。
無造作に置かれた壺には巻かれた紙が何本も刺さり、別の壺には剣や杖が入れられている。
机や椅子は機能的に配置されているが、その上にも読み掛けの本や資料が放置されていた。
「散らかってるね・・・・・・」
「ここは資料室かな?」
「こっちは・・・・・・」
奏は本棚とは反対の壁へ向かう。
コッ……。
コッ……。
コッ……。
部屋に響く奏の足音。
柱の脇に置かれた一際大きな作業台の前で足を止めた。
作業台の上を見る。
見た事もない器具や標本。
図面、何かの文字の羅列。
それらの下に敷かれた地図。
「ん!?」
「地図!?」
「ここの地図!」
奏は地図の上の物を手早く退ける。
「メ・ル・カ・ル・ド?」
(メルカルド大陸地図と読める)
「なんてこった……」
ハハハ……。
「異世界確定したぽい」
フフフ……。
「めっちゃ面白くなってきた!」
「出口どこだ~!!」
…………。
…………。
返事はない。
代わりに
自分の声が返ってくる。
「やっぱりあそこしかないよ」
奏は以前入った小部屋に向かって歩き出す。
部屋に入って直ぐに頭上の照明が光る。
入り口から右手方向に部屋が広がる。
「こっちだよ絶対」
奏は奥に進む。
進む方向に照明が点灯する。
「小さい部屋なのに変なの」
「灯り一個でいいじゃん」
奥の突き当たりに進む。
入り口側の照明は消えている。
奏は手当たり次第に壁を触る。
「絶対何かあるはずだよ」
部屋の壁、床、天井。
コンコン……。
コンコン……。
手当たり次第杖の先でつつきまくる奏。
「むぅ~」
「何で無いの~!!」
小部屋から戻ってきた奏が叫ぶ。
「いい感じに響くねフフフ……」
わざとだ。
「どうしよ」
「帰ろうかな」
母の顔を思い出す。
何となく本棚の方へ足を向ける。
蔵書の脇を歩く奏。
書棚の前に一脚の趣のある椅子が置いてある。
「可愛い椅子」
奏は腰を掛けた。
背凭れに寄りかかり顔を天井に向けて背伸びする。
ボンヤリ光る杖の石。
コトン。
ボカッ!!
「んがぁ!!」
顔面目掛けて開いた本が落ちてきて膝の上で止まる。
「何なのよ!」
「もう!」
怒りに満ちた手で膝の上に落ちた本を手に取る。
「——ナニコレ?」
奏は手に取ったページを見る。
【探索者ソナスの日記】
探索とは目で見て耳で聞いて肌で感じ、
鼻で嗅いで舌で味わい——。
全身のあらゆる機能が探索の為の道具に成らなければならない。
魔力も例外ではない。
探索者の多くはさほど多くの魔力を有していない。
後進の為にひとつ書き残しておこう。
その多くない魔力を薄く延ばして広げる事で見える世界がある。
自分を中心に前や後ろ
すべての方向に魔力を『パッ』と広げる。
あとは待てば見える世界がある。
ほぼ魔力は必要ない。
薄く『パッ』とである。
「——よし」
「パッね」
本を閉じて鞄にしまうと
奏は杖を握り直し、席を立つ。
ガコッ!
「あ……」
杖を柱にぶつけた。
「ゴメ……」
「——ん?」
「なんで謝る私?」
再び小部屋の入り口の前に立つ奏。
一歩踏み入れる。
目を閉じる奏。
「薄くパッね……」
「ん~」
パッ!
照明が点いた。
……。
「なんでやねん!」
気を取り直してもう一度。
「薄くパッ」
奏を中心ブワッと何かが広がり
室内の砂埃が巻き上がる。
「あ!きゃぁ!」
「ゲホ!ゴホゴホ!」
「難しい!」
「——でも今何かボンヤリ白いのが見えた!」
「部屋の形かな?」
「もう1回」
パッ!
「——あ!」
「もう1回」
パッ!
「——うぅ!」
「もう1回」
パッ!
「もう1回」
パッ!
「もう1回」
パッ!
「もう1回」
パッ!
……。
すでに数えきれないくらい
探索者の魔法を繰り返していた。
「——この部屋の掃除は必要無いね」
巻き起こる埃は入ってきた扉から全部部屋の外に出てしまっている。
「ダイブちゃんと見えてきた」
「きっと、あそこだと思う……」
奏は既に出口らしい所が見えていた。
「もう少しちゃんと綺麗に見たい」
奏は目を閉じて集中する。
部屋の中を思い浮かべ……。
ッパ!
奏の頭の中で広がる部屋の輪郭。
魔力の薄い膜が広がり部屋の壁や床に当たると
壁の傷までリアルにイメージが返ってくる。
そして部屋の奥左手に人が通れそうな大きさで
四角く空いた場所があるのを魔力で視る事ができた。
「すごいよソナス!」
「マジで感謝しかない!」
「めっちゃ綺麗に見える!」
奏は得意げに、視えた場所に行く。
扉入って正面の壁右奥の一角である。
そこはただ壁があるだけだ。
「ここが出口ね」
奏は手を伸ばして壁を触る。
すると、
天井からスーッと壁が消えてそこから通路が現れた。
「やった!」
奏は拳を握る。
バタン!
入ってきた扉がひとりでに閉まって消えてしまった。
「——え!」
慌てて入ってきた扉があった場所に行く
先と同じように壁に触れる。
奥の扉が消えて、両開きの扉が現れた。
「あ!どちらかしか開かない仕組みなんだ」
「マジ、マジック!」
奏は開いた通路の先を見る。
奥の方で照明に照らされた階段が見える。
「よーし!出ちゃうもんね~」
通路を抜け階段の下までやってきた。
階段の上に扉が見える。
「あの向こうは外の世界?」
階段を上りゆっくり扉を押す。
「——え!」
押す動作に反応し扉が消えた。
「わあ~」
奏が出た先は
アーチ状の屋根が特徴的な広いリビング。
そのリビングに据えられた暖炉の脇だった。
部屋の中に入ると勝手に出口が消えていく。
「ソファめっちゃ可愛い」
「暖炉カッコイイ!!」
「このテーブルオシャレ!」
「お、このシャンデリアも魔法?」
スンスン……。
「んふふ~いい匂い!」
「誰かのお家かな?」
「綺麗だけど、使ってないのかな?」
「この部屋、時間が止まったみたい」
部屋は人の生活している感じが無かった。
リビングの窓から庭が見える。
奏はリビングからテラスへ出る扉を開ける。
とても爽やかな風が奏を包んで室内に流れ込む。
「きもちいい」
さらに気持ちいいを探してテラスから庭へ出る。
テラスから数メートルはとても整えられた庭。
しかし、少し離れた所から先はジャングルのように生い茂る植物。
「あっちは荒れ放題だね」
「でも……」
「こっちは何で綺麗なままなんだろ?」
出てきた建物の方を振り返る。
奏は思わず息をのむ。
「——これって」
温室。
噴水。
花壇。
生垣。
かつてここは、色とりどりの草花が植えられ、完璧なまでに整備された中庭だったに違いない。
庭の遥か奥には、複数の尖塔を従えた巨大な古城が聳え立っていた。
「お城だ……」
「すごい」
その佇まいに圧倒されて見入る奏。
「何だろ?」
「あそこだけちょっと壊れてる」
中庭から見て城の左の一部が不自然にえぐれて見える。
「何かぶつかったみたい」
そびえる古城の手前には不自然なまでに整った家が建つのが気になる。
「この可愛い建物は中庭のお家?」
奏は荒庭と綺麗な庭の境界に立ち足元を見る。
「ふしぎ——」
荒れた庭の片隅に何か立派な祠があるのを見つけた。
「あれは?」
庭の家から少し離れ、荒れ庭の奥へ進む奏。
バサバサバサッ
キキッキキキッ
ガサガサ!
「え!?」
突然、辺りの小動物や鳥たちが騒ぎ出す。
「やだやだ何なに?」
奏は庭の家に引き返そうと振り向いた。
大木の陰から黒い影が伸びてくる。
見た事もない大きさの狼だ。
鼻先をひくつかせながらこちらへ迫る。
ドスッ……。
ドスッ……。
ドスッ……。
足音も普通じゃない。
ワゴン車ほどある巨体の狼。
ゆっくり鼻をこちらへ向けると
奏に気がついた。
身をかがめ
牙を剝きだして威嚇する。
グルルルル!
奏の行く手を完全に塞いでいる。
奏は尻もちをついてその場で動けなくなった。
「や……」
「こ、来ないで……」
手の平を向ける素振りをする。
狼が一瞬巨体を引き、奏に怯える素振りを見せた。
「な……何今の」
ヴヴヴヴヴヴ!!
狼は大きな後ろ脚で足踏みしてこちらの様子をみている。
「うぅぅぅ……」
奏は今にも泣きだしそうな顔で狼をみて固まっている。
何かを決意したように狼が身を低く構え飛び掛かろうとした。
ビュッ!ドッ!
奏と巨大狼の間に一本の矢が刺さる。
「——キャ!」
バックステップを踏む巨躯。
バシュ!バシュ!バシュ!
着地する間にその巨躯の腹と脚を捉える岩石の弾。
キャゥ!!
「遅い!トドメだよ!」
ドシュ!
剣を振る男の一撃が巨大な狼の急所を貫いた。
奏の目の前で狼の巨体が崩れ落ちる。
土埃が舞い霞む視界。
「異世界……」
「マジでヤバイんですけど!」




