第二話 消える微笑み光る
奏はエレベーターの中に一歩踏み入れる。
間違いない!確かにここに父が居た。
さっき嗅いだ父のニオイがする。
父が居たであろう場所に立つ。
鼻をスンスンする。
女性のニオイもする。
ほんのり甘くいい匂い。
「私は犬か!ムカつく!」
もうひと嗅ぎスン。
「もぉ!」
嗅ぎたくなるニオイに腹が立つ!
怪訝そうな顔をした老婦人が後ろからエレベーターに入ってくる。
彼女はすぐにエレベーターのボタンに手を伸ばし一階のボタンを押した。
扉が閉まりゆっくり降りてゆく。
奏は押されたボタンの方を見て、前に立つ老婦人にはお構いなしに閉まった扉をのぞき込む。
扉に施された独特の模様が気になった。
「変な模様……」
一階に着くと、エレベーターから老婦人がそそくさと出てくると、後からとぼとぼと奏が出てきた。
「ちち……」
エレベーターの傍にあるセンター広場のベンチに腰掛けて、奏はリュックから水筒を取り出す。
母が温めにしてくれたお茶を一口飲んだ。
「ふぅ~」
白い息が渦巻いて消える。
エレベーターを見つめて思い出す。
父とあの女がエレベーターでしてた事。
女の微笑む顔を思い出す。
父と何か話してた様にも見えた。
「今日の晩御飯何食べる~とか?」
「寂しかったですぅ~……とか?」
「っく!腹立つ!」
脳内で自爆。
何かのスイッチが入った奏は水筒をリュックにしまい、再びエレベーターの扉の前に立つ。
「よし!絶対見つけてやる!」
エレベーターのボタンを押して扉を開けると、中に入り閉じるボタンを押す。
閉じた扉をみつめる。
そう、父は扉に何かをかざし、女は手をかざしていた。
同じようにやってみる。
……。
…………。
………………。
何かを期待したけど、何も起きなかった。
「なんだよ!何も無いんかい!」
扉が開き、3歳くらいの小さい男の子が掛けてきて手を伸ばす。
パチンとハイタッチ!
「ごめんなさ~い」
ベビーカーを押した男の子の母親が申し訳なさそうに会釈する。
「あ、いや、あはははは~」
顔を赤くし、母親に頭を下げてエレベーターを飛び出した。
「めっちゃはずい……」
奏はベンチに戻りエレベーターが戻るのを待つ事にする。
ガチャン!
気を取り直し、再びエレベーターに乗り込んだ。
何か手掛かりがあるはず……。
籠の中をキョロキョロ見渡す奏。
床の模様も奇妙だ。
しゃがみこんで床を見る。
「これって?」
チャラリ。
首元からペンダントトップが零れだし、ゆらゆら揺れる。
父と母からもらったお守り。
綺麗な水晶玉の中でモヤモヤがキラキラ揺れている。
奏の大好きの1つだ。
奏は左手でギュッと水晶玉を握り、立ち上がる。
もう一度、父と同じようにやってみる。
扉に向かって立ち、右手をかざす。
……。
…………。
………………。
ブーン。
何かの機械音が鳴り響く……。
「もぉ!父のバカ!!」
バーンッ!
奏は怒りに任せ、エレベーターの扉にかざした掌で渾身の一撃を食らわした。
バチン!
消える照明。
一瞬の闇。
窓明かりで浮かびあがる自分の影。
明と暗。
奏の思考も瞬間停止。
キュイイイイイイイイイイイイン……。
耳鳴りと共に扉に青白く浮かび上がる見たことの無い模様。
エレベーター内が仄かに光に包まれると足元には見た事もない文字のようなモノが浮かび上がる。
元々敷かれた床タイルの縁取りに刻まれる文字。
奏は後退りして籠の真ん中に位置取るとエレベーターが上昇しはじめた。
「キャッ!!」
「ちょっと!何!」
「まって!」
奏は二階のボタンを叩くもランプが着かない。
外に繋がる呼び出しボタンは押す事も出来なかった。
「何で!?」
振り返り、外の様子を見る。
「誰か助けて!!」
バン!バン!バン!バン!
籠の内側からガラスを叩く。
誰もこちらに気づかない。
奏を乗せてゆっくり二階を通過するエレベーター。
三階の床を籠の天井が通り過ぎた時、足元から強烈な光が立ち上がる。
奏はあまりの恐怖に頭を押さえてしゃがみ込む。
「いやぁ~うそぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?」
三階エレベーター前で待つ小さな女の子と母親。
静かにゆっくり開くエレベーター。
籠の奥から湿った空気が流れ乗り込む母子の髪を揺らす。
ふたりを乗せて降りていくエレベーター。
そこに奏は居なかった。




