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近所の異世界に通ってます。  作者: 悪萬畜倫(おまんちくりん)
第一章 始奏

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第一話 父よドコへ行く

 今日は木曜日。

 

 教室から見える自宅のマンション。

 (かなで)は朝から何度も目を向けて、黙って先生に戻される。

 落ち着かない。

 

 家に父が居る!

 

 父の松若 真音(まつわか まこと)は仕事で週末にしか家に居なかった。

 平日一緒に過ごせるのは本当に珍しい。

 

 おまけに今朝、職員会議でインフルエンザによる明日の学級閉鎖が決まっている。

 奏の頭の中は父と一緒に遊ぶワクワクでいっぱいなのだ。

 クラスメイトが高熱で苦しんでいるらしい。

 だが、奏は頭で

「タイヘンダナァ~」

 ほんの一瞬過ぎって消えた。


 キーンコーンカーンコーン。

 

 校舎に鳴り響く終礼のチャイム。

 日番さんの挨拶が終わるのを合図に奏は早足で教室を出た。


 帰れば父が居る!


 友達にパパッと手を振りながら階段を降りる。

 職員室前を緊張しながら通り過ぎると、校舎から出て校門を目指す。


「松若さんさようなら」

「きょーとー先生さよなら!」

 校門に立ち生徒を見送る教頭先生に挨拶しながら、奏は門を抜けると全てを振り切って駆け出だした。

 

 最悪!

 

 急ぐ奏をいつもの交差点が阻む。

 対角側へ渡るために歩行者用信号を2回も待たされた。

 

 目の前を通り過ぎるバイクや車がもどかしく感じる。

 「はやく、早く、速く!」

 

 ようやく信号が青に変わると飛び立つような勢いで横断歩道を渡って、信号を右に曲がると後は歩道の並木に沿って自宅マンションの入口まで一直線。


 エントランスポーチの自動ドアをすり抜けて管理室前のインターホンを倍速で押す。

『オカエ……』

「ただいま!はやく!」

 と最後まで母に言わせずオートロックの解除を促すと、振り向いて管理室の窓向こうの人へ手を振る。

 管理人さんへの挨拶は忘れない。

 

 エレベーター前で待つ人をチラ見して会釈、奏はそのまま階段を5階まで駆けていく。


 息を切らし奏は家の玄関を開け放つ

「ただいま!」

 と靴を投げ出して廊下をまっすぐリビングに飛び込んだ。

「父!」

 飛び込む奏を受け止める真音。

「おかえり」

 

 奏は父の匂いで呼吸を整える。

 「ふふふん~父だ!」

 

 が……。

 

 奏は直ぐに違和感に気がついた。

 鞄を肩から下げる父の真音。

 父は出掛ける格好をしている。

 

 奏の帰りを待って家を出るつもりだったのだ。


 (オワリガ~キタラ~♪)

 奏の傍らで聞きなれた曲と振動が鳴り響く。


 真音が鳴るスマホをポケットから取り出すと画面をタッチして応答する。

「今から出るよ」

「ああ大丈夫だよ、それはまぁ仕方がない……」


 奏は真音をギュッとする。

 父は奏の頭を撫でながら話す。

「君は大丈夫かい?あれは君では手に負えないだろう」


 抱きついたまま頭の上でとても優しそうな女性の綺麗な声が聞こえる。

 『いつ頃戻って来るのか?』

 『待っている』

 と言う風に奏には聞こえる。

 

 (女だ!父の!父を待つ女が居るに違いない!)

 こういう感は当たる。


 「もう行くの?」

 奏の母、華が父に好きなおやつを手渡すと、微笑んだ真音は華に軽く口付けをする。


「アッ!」

 二人をウザそうに見上げる奏。

 

「近くまで迎えが来ているからいかないと……」

 と告げると華を抱き寄せた。

「ぐるじい~!」

 奏は華と真音に挟まれながらふたりのやり取りを見て何だかモヤモヤしていた。


 

 出かける真音を見送る奏と華。


 いつものようにマンションのベランダから見下ろすと真音がエントランスのキャノピーからスーツケースを転がして出てくる。

 彼が見上げると妻と娘がこちらを見て華だけが手を振って、奏はベランダ手すりで頬ずりしながら少しむくれた表情で手をだらんと挙げただけだった。


 ベランダから見える並木の向こう側に真音の影だけになると、先に戻った華が部屋に入るように奏を促した。

 

 すると、奏が水泳教室のリュックを担ぐと

 「私も行ってくる」

 と言って家を飛び出して行った。


 「まだ早いんじゃないの!?」

 と呼び止める華を振り切って奏はあっという間にエントランスを駆け抜けて並木の向こうへ駆けて行ってしまった。


 父はまだ交差点を曲がった所に居るはずだ!

 奏の読みは当たっていた。


 ここからは駅まではほぼ一本道。

 父の後をつけるのはコレが初めてだけど、気付かれることは無いと根拠の無い自信が奏にはあった。


 何故かわからないが、今まで一度も”かくれんぼ”で鬼に見つかったことが無い。

 『カナちゃん反則~』

 奏は誰かと一緒に隠れるか、鬼だけをする特別ルールまで作られたほどだ。

 本人にも何が何だかわからない。


 だが、そんな奏も母にだけは”かくれんぼ”で逃げ切れた事が無かった。

 

 前を歩く父がスマホの画面を触る。

 誰かに連絡している様子だった。


 腕時計を確認する父の横顔が見える。

 奏は慌てて路地に身を投げた。

 「あっぶな~い!」


 植栽の影から父が振り返ったように見えたが、すぐに駅に向かって歩いていった。


 奏は路地から顔を出し、通行人の陰に隠れつつ、素早く後を追う。

 父が交差点についたタイミングで横断歩道の信号が青に変わり、そのまま渡って行った。

 今、奏の居る場所からあの信号を渡れるかギリギリの所。

 

 慌てて走り出す奏。

 点滅する青信号。


 既に父は信号を渡り切ってショッピングセンターの敷地内に入っている。

 

 奏が横断歩道に着いた時には最後の点滅を終わらせて、赤信号が嫌味たらしく点灯させたように見えた。

 「もぉ!」

 

 目の前を通り過ぎる車の向こうで、ショッピングモールの緩やかなタイル張りの階段を下りていく父の後ろ姿が見える。

 今来た道の反対側へ渡る交差点の信号は青。

 父の後ろ姿を追いかけて、奏は横断歩道を反対側へ渡る。


 離れていく父の後ろ姿を必死で見つめて焦る奏。

 既に階段を降り切っているので上半身しか見えていない。


 奏の目の前で車が右に左に邪魔をする。

 息を整えつつ、信号が変わるのを見ながら、父を見失わないように目で追う奏。

 停止線で停止する車を見て前のめりになる奏。

 

 横断歩道の鳥の鳴き声で走り出すと、そこで

 「カナデちゃーん今から水泳?」

 と同級生のスズネちゃんに呼び止められた。

 スズネの笑顔にうっかり答えて顔を向けて

「そうなの!あ、あ、あ、急ぐの!またね!」

 慌てて視線を戻したが、時すでに遅し、真音の姿を見失ってしまった。


 奏は父の通った階段を駆け抜けて最後に見た場所までたどり着き、ぐるりと見渡すが何処にも見当たらない。

 「おかしい!」

 いくらなんでもスーツケースを引いてそこまで早く移動できるはずがない。

 

 鼻と肩で息をしながら何度も周りを見渡す奏。

 ガックリ肩を落とし足元を見つめる。

 ふと頭を上げると、ショッピングセンターの2つの建物をつなぐ渡り廊下、その脇にガラス張りのエレベーターがある。

 そこに父が乗っている。

 

 誰かと!?

 女の人!

 父の隣には女の人が乗っている。

 

 父が懐からカードのようなモノを取り出し、エレベーターの扉に向かって何かしている。

 

 「あれ?消え?父??」

 一瞬二人の姿が消えたように見えた。


 奏では目をこすり、じっと見つめる。

 再び二人の姿がぼんやり見えた。

 

 隣の女の人はとても綺麗な人で、外国人のように見える。

 状況を見つめる奏が、とっさに柱の陰に身を隠す。

 ふと女性がコチラを見て微笑んだように見えたのだ。

 「ヤバイ!見られた!?」

 「ん?なんで私が隠れるの!?」

 奏が再び二人を見ると、父はカードを扉にかざし、女性は手をかざしているように見える。

 ゆっくりエレベーターが上がっていく。

 

 奏は慌ててエレベーターを追いかけるように近くの階段を駆け上がる。

 踊り場で二人の姿が見えるが何故か霞が掛ったようにボンヤリしか見えない。

 

 2階を通過して3階に差し掛かった時、

 エレベーター内の二人を中心に光の輪が足元から浮かび上がる。

 そのまま天井まで光の輪が立ち上がると、一瞬の閃光とともに二人は消えてしまった。


 「今の何!!」

 奏はエレベーターを見つめ、何が起きたのか飲み込めず立ち尽くしてしまっていた。

 意を決して3階の父が居るはずのエレベーターに向かった。


 「父!」

 思わず呼びかける奏。

 エレベーター三階扉前に立つと、奏は恐る恐るエレベーターのボタンを指で押す。

 

 ガチャン!

 ゆっくり左右に開くエレベーター扉。

 

 中から風圧のようなものがフワッと奏を通り過ぎる。

 

 誰もいない。

 籠の中はもぬけの殻だった。


 さっきまで確かに居たはずだ、父がここに……。

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