第十四話 マティの壁
「ただいま戻りました!」
奏は元気よく挨拶すると、簡易魔法陣の中から一歩出てマティにぺこりと頭を下げる。
「もう夜も遅いので……」
口元に人差し指を立てて、マティは窓の外に目をやる。
奏は気まずそうにしながら窓に向かうと、三つの月がソラルディの夜を明るく照らしているのを眺めた。
「シャワーで汗を流しましょうか」
マティが窓に映る奏に声を掛ける。
「シャワーあるんですか?」
奏は横に立つマティの顔を見上げると、
「ええ、それも真音様の発明品のひとつですよ」
マティの清楚な瞳がキラキラしはじめた。
(本当に父が好きなんだなぁ……)
(ヤバイ……この人を父から護らないといけない)
「どうかしましたか?」
マティが自分の顔をまじまじと見つめる奏を見返す。
「あーはやくシャワーいきましょー」
「そうですね!じゃあ続きはそちらで……」
嬉しそうにマティは奏を連れてシャワールームに向かう。
マティがベッドルームの入り口のすぐ脇の引き戸を開けると洗面脱衣所になっていた。
「私の部屋より広い洗面所……」
奏が物珍しそうに服を脱ぎながら見渡す。
奥にはガラス張りのシャワールームがある。
その手前の扉の向こうには、どこかで見たような部屋があった。
「……サウナ?」
「あれは蒸気風呂ですね!」
マティの真音スイッチが入る。
「あれも真音さんの発明なんです!」
両手を握り少女のような眼差しで語り始める。
「いい汗を流せますし、お肌によくて、リラックスしてグッスリ眠れるようになりますよ!」
奏の前で身体を揺らし正に胸を弾ませる。
「すごい発明です!私はコレがないと、生きていけない体になってしまいました!」
(マティさん、もう娘の前でも真音さん呼び解放しちゃったんだね……)
(父よ……お前はこの世界で何がしたいんだ……)
マティと真逆の顔をする奏。
顔が引きつっている。
「これで身体洗ってくださいね」
いかにも高そうな小瓶を手渡される。
シャワーブースに入り蛇口のような取っ手に触れると穴の開いてないシャワーヘッドから水が流れ出す。
奏は身体を濡らすと、小瓶を手にとる。
「あ……マツコト」
「そうです」
大きな胸をタオルで隠してマティがシャワーブースに入ってくる。
「この国の人々は、真音さんの発明で多くの人が清潔に安全な暮らしを得ることができるのです」
奏から小瓶を受け取ると栓を抜いてタオルに中身をかけて泡立て始めた。
「決して難しい技術ではありません」
手のひらいっぱいの泡を見つめるマティ。
「誰でも簡単に使えるようにしてくれたのですよ」
彼女はうれしそうに奏の体を泡で優しく洗っていく。
(思ってる事見透かされてた……のかな?)
「そうなんですね……」
頭と髪の毛も同じように泡で丁寧に洗っていく。
自分の身体を洗い始めるマティ。
ふたりとも全身泡で包まれた。
マティが取っ手に触れると部屋中が細かいミストに包まれる。
泡が流れ落ち金髪で色白のマティがキラキラ輝いて見える。
「きれい……」
(マティさんの羨ましいボディは反則レベルだわ)
シャワーを終えシャワーブースを出る奏。
シャワーブースの扉と脱衣場の境界を抜けると身体の水滴がブース側に流れ落ちた。
「え?!」
「凄い!」
「これも?」
奏は目を丸くして全身を見まわす。
「あ、コレは昔からある結界魔法の応用です」
フフフ……。
「あー、アハハハ……」
顔を赤くし寝巻を羽織る。
頭にタオルを巻いたふたりが寝室に戻ってきてソファに座る。
「髪の芯は濡れているので乾かしましょう」
マティの風魔法で奏は髪を乾かし始めた。
「魔法って便利ですね」
目をつむり気持ちよさそうな顔で奏がぽつり。
「なんでもそうですけど、使い方次第ですね」
マティは奏の髪をブラシで整える。
「はい、できました」
「私もできるかな?」
掌を広げ風をイメージする。
ゴワァァァァァァァ!!!
奏の手のひらから巻き起こる風が渦をまき部屋中のモノを巻き込んでいく。
マティのバスローブが捲れ上がり、頭に巻いたタオルが吹き飛ばされる。
はためくバスローブを脱ぎ捨てて、マティが奏のオデコを指先でチョンとはじくと、風がやんだ。
「アツオル」
部屋の落下寸前の小物や寝具類に両手をかざして静止させる。
「レハーフ」
空中を浮遊しながらアツオルで静止した物が、元の位置に戻り始める。
小物や道具類、こぼれた液体まで元の器へ綺麗に戻っていく。
ベッドのふとんやクッションも綺麗に整えられた。
「奏さん、何事もチャレンジすることは大切ですが、まずはもっと基本の学びが必要です」
マティは床に落ちたバスローブを拾い上げて袖を通す。
「見よう見まねの魔法を禁止します」
「いいですね」
奏の鼻をマティが人差し指でチョンチョンする。
「はい、ごめんなさい……」
「髪も乾きましたし、寝ましょう」
布団のなかで向かい合わせになって横になるマティと奏。
「落ち込まないでください」
奏をそっと抱き寄せる。
「はい……」
マティの温もりが伝わってくる。
「最初は誰でも失敗します」
「私は最初、風魔法で風が出せませんでした」
「そうなんですか?」
マティを見上げる奏。
「ええ、そもそも私は低級の回復魔法しか使えませんでした」
「家の近くに住む……少し変わった魔法使いの」
「お……お姉さんに教えてもらったんです」
過去の思い出に、マティが少し口籠る。
「得意な属性は確かにあるけれど、それ以外は使えないということではないと教わりました」
「確かに回復魔法を覚えるスピードはとてつもなく早く、奏さんの年頃にはほぼ全てマスターしておりました」
「魔法はイメージと感性」
「しかし、それを口や文章で説明できないと、おそらくイメージも曖昧なままです」
「人に伝えられなければ、思ったままでは形になりません」
マティの胸に顔を埋め目を見開く奏。
「伝えられないと……形にならない……」
「明日から覚悟してくださいね」
マティの声が奏の全身に心地よく響き、ゆっくり眠りについた。
まだ日も昇らないうちに奏はマティに起こされた。
スパイルパーティの部屋に移動し、みんなで朝食をとる。
フランツが朝からハイテンションで奏に語り始める。
「ギルドホテルのブレックファーストサービスは帝国内では超有名だからねぇ」
ホテルのバトラーの指示で、テーブルいっぱいに置かれていく料理の数々、サラダや、ハム、ベーコン、ソーセージ、焼いた卵、ゆで卵、ボイルした根菜や豆、菜っ葉類、乳製品、トースト、ロールパン、フレンチトースト、パンケーキ、フルーツの盛り合わせ、コンポート、ジャム、ハチミツ、シリアル、お粥のようなもの、そうめんやラーメンみたいな麺類、フレッシュジュースに紅茶、コーヒーのような物まである。
「朝からすごいね!」
「食べきれるかな?」
奏、フランツ、ナッティスが目を輝かせている。
ひとり緊張するトラスが、濃いめのお茶を飲みながらマティに話しかける。
「マティさん……今日は何をするんですか?」
「あら、さすがリーダーですね」
今朝から眼鏡姿のマティが眼鏡の位置をクイッと上げる。
「まぁ、後でわかりますので、お楽しみに……」
トラス、ナッティス、フランツはマティの眼鏡がキラリと光るのを見て喉を鳴らす。
「こわいなぁ……」
「ソーセージとパンケーキおいしい!」
奏は朝食を満喫している。
朝食を終えると、それぞれ装備を整えて出かける準備をする。
「奏さんはコレを着てください」
部屋を出る前にマティが奏用にこの世界の服を用意した。
「今日からはコレを着てくださいね」
「わぁ!めっちゃ可愛い!」
奏が服を手に取って広げる。
縁取りに独特な刺繍が施されている深い青緑色のチュニックに、動きやすそうなハーフパンツ。
ところどころ綺麗に補修して丁寧に使われていたのがわかる。
特に膝当ては頑丈に縫い付けられていた。
「訓練着です」
「私のお下がりですけどね」
マティは優しい眼差しで奏を見つめる。
「ありがとうございます!」
「奏ちゃん着せてあげる!」
ナッティスが奏を連れて奥の部屋に行く。
「あれ、あの服……」
(超超超高級品のアラクネの糸じゃない?)
フランツがマティの顔を見る。
マティは口に人差し指を立てるポーズをする。
「すごく似合ってる!」
しばらくしてナッティスが喜びながら奏を連れて出てきた。
「どう……ですか?」
奏が皆に着こなしを見せる。
「おお~いいじゃねぇか!なぁ?」
トラスがフランツを見る。
「ええ!凄く似合ってるわ」
フランツも頷いて応える。
「そうですね、とてもお似合いです」
「奏さんこちらへ」
マティが奏を呼び寄せるとチュニックに手を当てて魔力を流した。
少し大きめの服が奏の身体に合わせて変化する。
「これくらいですかね」
「おお~」
驚く一同。
「あ、これって、ア——」
フランツがトラスの膝をつま先で小突き、振り向いたトラスに頷く。
「まじか……」
フフフ……。
意味深に笑うマティが皆の前に立つ。
「さあ、行きましょう」
「はい!」
奏は元気いっぱいに返事をする。
トラスたちは自分たちの装備品をしっかり握りしめる。
「改めまして、おはようございます」
ギルドの訓練施設に着くとマティは奏たち四人を前に立ち改めて挨拶をする。
「「おはようございます!!」」
いつもの学校のノリで挨拶する奏と昔を思い出して挨拶するナッティス。
「そこ!挨拶!」
訓練場中に響き渡る声で、トラスとフランツを指さして指導する。
職員や他の冒険者も声に驚いて手を止めて息をのむ。
直立する四人。
「いいですか、挨拶は大事です」
マティが後ろ手に組み、トラス、フランツ、二人の前を歩いて往復する。
「マナーとしても大事ですが」
「何よりコミュニケーションの基本です」
「パーティーのメンタルや健康状態を把握する最初の入り口になります」
リーダーのトラスの眼を見るマティ。
直立不動のトラスは彼女の迫力に気圧される。
「今日から私の指導が入る前に挨拶が出来なかった人は、特別メニューを追加します」
「え……」
言い訳しようとするフランツだが迫力で声が出ない。
「あ……」
同じくトラスも。
「何か不服でも?」
挨拶できなかった言い訳をしようとする二人の前で眼鏡を上げる。
「「いえ……」」
「よろしい、では」
再び四人を前にして訓練の説明を始めるマティ。
パンッ!
マティが手を叩くと、土魔法で土壁がせり上がる。
「すごい綺麗な壁」
奏が目をキラキラさせる。
「あれ、この壁ってたしか」
「あれだよな」
「ええ、あれですね」
奏以外の三人は何の壁か知っている。
マティが壁に左手を置いたまま振り返る。
「みなさんご存じの通り、基礎魔力操作訓練です」
「奏さんは初めてなので実演して見せます」
マティが壁につけた左手のひらに魔力を流す。
バフッ!
一瞬にして土壁が崩れ砂山になる。
「すごーい!」
喜ぶ奏。
「このように正しい流れと、強さ、圧力で手のひらに魔力を流すと綺麗に崩壊します」
手を叩き砂を払いながらマティは四人に向かい合う。
「これを皆さんにやってもらいます」
訓練場の時計を見るマティ、時刻は六時三十分。
パンッ!
土壁が四つ等間隔にせり上がる。
「では、三時間で砂山にしてください」
それぞれ、目の前の土壁に向き合って立った。
「これは楽勝だな」
トラスが両手をついて軽口をたたく。
「そうね!」
それに同調するフランツ。
「……」
真剣に壁に向き合うナッティス。
「綺麗~」
壁をぺたぺた触る奏。
「それでは、始め!」
マティの号令と共に魔力を込める四人。
バコッ!
「どうだ!」
トラスの土壁が瓦礫になる。
ゴゴゴ……。
崩れた土壁が元に戻り、再び綺麗な土壁が現れる。
「え?」
マティがトラスに顔を向ける。
「不合格です」
「この土壁訓練、初期の訓練では壊して合格ですが……」
「壊すのではありません、正しい魔力操作で砂にしてください」
「私の基礎魔力操作訓練では、砂にしないと自動修復します」
「……まじか」
ガラガラ……。
「ええ~壊せるけど……」
フランツはトラスより小さく砕けたが土壁は自動修復する。
バサッ!
ナッティスの土壁が綺麗に崩れ落ちるが、砂山の中から塊がゴロゴロと転がった。
「あ……」
ズズズズズ……。
再び土壁がせり上がる。
「砂、砂、砂、砂……」
奏が土壁に手を当てる。
「正しい流れ、強さ、圧力!」
バッーーーーーーーーン!
「キャ!」
「うお!」
「わぁ!」
砂煙の中で悲鳴が上がる。
土壁が爆散し訓練場に砂の雨が降る。
「あ、はははははは……」
奏は笑うしかない。
パチンッ!
マティが指を鳴らすと砂塵が渦を巻いて元の土壁に戻っていく。
その様子を見て周囲の冒険者や職員が呆気にとられている。
マティはゆっくり奏の後ろに立つ。
「奏さん」
「はい!」
振り返って直立する奏。
「肩の力を抜いてください」
奏の肩に手を置いて考えるマティ。
「はい……」
奏はマティを見上げる。
「そうですね……」
「私がヒントをあげましょう」
「手をこうして下さい」
マティは奏に両手のひらを自分に向けるように指示する。
「目をつむって深呼吸しましょう」
奏の手のひらに自分の手のひらを重ねる。
「今からイメージを見せるので覚えてください」
マティがゆっくり魔力を奏の手に流していく。
「あ、すごい」
思わず声が出る奏。
「イメージに集中してください」
「はい……」
(マティ先生の身体の中が見える)
(綺麗……すごく澄んだ流れの川みたい)
「まずこの状態を目指してください」
「はい!」
奏は目を開くとさっそく壁に向き合って手をつく。
時計は既に一周半している。
「奏ちゃんずっとあーしてるね」
二十回目の失敗に疲れを滲ませたフランツが、奏の様子を気にする。
「ああ、時々ぶつぶつ言ってウロウロしてるけどな」
トラスも砂が混じるようになった瓦礫の修復を待ちながら奏を見る。
「やった!」
ナッティスが砂山を足元に作り上げて喜ぶ。
ザザザザザザザ……。
「えええええええ!何で?」
元に戻る砂に小石程度の塊が混じっているのが見えると、ナッティスがその場にへたり込む。
訓練場の脇に机を用意させ、マティは仕事をしながら様子をうかがう。
「あら……」
マティは眼鏡越しの奏の様子を見て立ち上がる。
奏が黙って土壁に向かうとゆっくり手をかざす。
バッ!
土壁が一瞬で砂山に変わる。
「マジか!」
トラスが二度見する。
「なんで?」
焦り顔のフランツ。
「すごい奏ちゃん!」
立ち上がるナッティス。
が、砂山は再び元の姿に戻っていく。
ナッティスと同じく、小石が混じっていた。
フフフ……。
「いいですね」
マティは椅子に座り直して執務を続ける。
奏が考え込んでいると、フランツが近寄ってきた。
「なぁ奏、どうやったんだ?」
「え~っと……ちょっと待ってくださいね」
奏はその辺から石を拾い、地面にイメージを描き始めた。
「最初はこんな泉のイメージで、そこから川のような広がり……海に流れるようにして」
「へぇ上手いもんだな!」
フランツが奏が描いた絵を見て感心する。
「でも、大事なのはこれが一つだと思うことなの」
「上が押すから下が動くの」
地面に描いた絵を上からなぞる奏。
最後に全体を丸く描いて説明する。
「あ!それだ!」
「ありがと奏!わかった気がする」
フランツは急いで自分の土壁に向かう。
「どうしたんだ?」
嬉しそうに壁へ戻ってきたフランツに、トラスは声を掛ける。
「まぁ見ててよ!」
フランツが壁に向かい、そっと壁に手をつける。
目を見開く。
バサッ!
フランツが足元に砂山をつくった。
「やった!」
トラスにドヤ顔をして見せるフランツ。
「フランツさんすごーい!」
端っこの壁から手を叩いて喜ぶ奏。
「やったねフランツ!」
ナッティスも喜んで駆け寄る。
しかし、砂山はみるみるうちに元の壁に戻って行って、最後にひと欠片が吸い込まれていった。
「まじか……」
肩を落とすフランツを見てトラスも肩を落とす。
「おいおい、俺だけ置いてけぼりじゃねぇか」
フランツがトラスに耳打ちをする。
それを見てマティがお茶を飲みながら微笑んだ。
「いいパーティですね」
「そこまで!」
「時間です」
時計の針は九時三十分を過ぎていた。
「結局あれから小石一つ分崩せない……」
フランツは呟いて、ナッティス、奏が寄り添う。
「俺はまだゴロゴロ石が残ってるよ」
トラスがその場にしゃがみ込む。
「マティ先生、休憩させてください……」
ナッティスが弱音を吐いた。
「必要ありません」
マティが低級の広域回復魔法を無詠唱展開する。
訓練場内にいる全員が僅かに回復の魔法の効果を得た。
「今の訓練はまた明日、できるまで毎日お願いします」
「はい!」
四人は声をそろえて返事をする。
「よろしい、では次の訓練です」
パン!
手を叩くマティの背後に土壁がせり上がる。
「ま、またですか?」
トラスが声を上げる。
「いえ、これは簡単に崩れます」
マティが手で触れる。
バフ!
砂山がマティの後方に出来上がった。
全員、クエスチョンマークが浮かんだような顔をする。
そして、例のごとく、すぐに元の壁に戻る。
マティは皆を呼び寄せ壁の前に1センチの隙間を作って立った。
「これを皆さんにやって頂きます」
「このまま壁に触れないように動いてはいけません」
「そうですね……はじめは三十分くらいでしょうか」
「え!?」
「立ってるだけですか?」
奏が質問する。
「ええ立ってるだけです」
「可能なら昼まで立っていても結構です」
壁の前から微動だにせず、マティは説明を続ける。
パンッ!
マティが手を叩き、さっきと同じように四人分壁が出来上がる。
「用意!」
「始め!」
バサ!
バサ!
バサ!
バサ!
「一秒も経たず全員失格ですね」
「まぁ、今すぐに1センチは無理でしょうね」
「まずは3センチにしましょう」
「マティ先生あそこから一切動いてない……」
ナッティスがマティの足元を見る。
「まじでヤバイよマティ先生」
フランツも驚いて見ている。
「す、すごい……」
相変わらず奏は目を輝かせてマティを観ている。
「3センチでも難しそうだねぇ」
奏は壁から3センチあたりに魔法で線が引かれていくのを見る。
「では、改めて」
「始め!」
四人は揃って壁に背を向ける。
「なるほど……息するだけで壁に当たるギリギリの距離だ」
トラスがさっきの失敗を思い返す。
バサ!
「ああああああ~なんで?」
奏が背中から砂を被る。
バサ!
「そんなぁ~」
ナッティスが続いて砂山を作る。
「これって立ってるだけで全身集中してないとダメじゃない」
バサ!
「あ!しゃべるんじゃなかった……」
フランツも続いてしまう。
「三分経過」
土壁を背にしたままのマティが時刻を告げる。
苦悶に満ちた表情でトラスが額に汗を滲ませる。
クッ!!
「五分経過」
涼しい顔で経過時間を告げるマティ。
眼鏡越しにトラスを確認する。
「もう少しでしょうか……」
「トラスさん全てに気を巡らせる必要はありません」
「あなたはそこに立つ木だと思いなさい」
(……気……木)
トラスはゆっくり息を吐き、目を閉じる。
下半身は崩さず、右手を前に剣を模して手刀を構えると、左手をバックラーの位置に固定する。
そして、スッと力を抜いた。
「八分経過」
「お!いけるんじゃない?」
「うん!」
フランツがナッティスとトラスの様子をうかがっている。
「木だと思うって何?」
奏がナッティスとフランツに聞く。
「さぁ?」
フランツが肩をすくめる。
「なんでしょう……」
ナッティスも首をかしげた。
「十分経過」
マティは静かに告げる。
バサ!
構えた肘が壁に触れ、トラスの後ろに砂山ができあがる。
トラスがその場に膝をついた。
「くそ!」
「もう少しで何かわかった気がしたのに!」
感情のままにトラスが地面に拳をぶつける。
奏がトラスに駆け寄って手を出すと、トラスが手を取って立ち上がる。
ナッティスとフランツも寄ってきて、四人で話し込む。
トラスが身振り手振りで何かを説明しているが、三人は首を傾げたり頭を振っている。
その様子をマティは眼鏡越しに確認していた。
「やれやれ……少し厳しくしましょうか」
それぞれが元位置に戻ったところで、マティが指を鳴らす。
四人の間に壁がせり上がる。
驚く四人。
それぞれが壁で仕切られ、マティからしか確認できなくした。
「えええ!なんで~」
奏が仕切りの壁を叩く。
「どれだけ時間が掛かっても自分で成し遂げなさい!」
マティの眼鏡がキラリと光る。
「いいもん!」
奏はマティを見つめる。
————
時計が十一時四十五分を指す。
砂の壁が一斉に崩れ去る。
「午前中はここまでです」
「結局、十分の壁が越えられねぇ」
トラスが肩で息をしながら首を振る。
「私も、そこから先が地獄だよ……」
フランツがトラスに寄りそう。
「私も八分が限界だわ」
汗をふいてナッティスが振り返る。
(せんせーのからだのせんのちゅうしんに見えるまるいものが……)
「奏ちゃん大丈夫?」
座り込んでブツブツ言っている奏にナッティスが声を掛ける。
「あ……」
目も座っているのを見てナッティスが言葉を失う。
「何描いてるんだ?」
トラスが奏の足元を覗き込む。
人型を描いて頭、胸、腰に丸をつけて線で結んである。
「お!上手いじゃないか」
奏の絵を見てトラスが感心する。
「だろ!奏は絵が上手いんだよ」
自分の事のように喜ぶフランツがトラスの横から顔を出す。
音もなく二人の間を抜けるマティにトラスとフランツがビクッとした。
「奏さん、考えすぎも良くありません」
マティは奏の前に立ち足元を覗き込むと、ジッと絵を見てその場にしゃがみ込む。
「ただ……方向は悪くないですね」
黙って絵に線を引く彼女の指を奏が目で追う。
マティが立ち上がると、奏は頭を上げて彼女の顔を見る。
ウインクするマティに奏は少し頷いた。
「さて、昼食の後、午後からはギルドの依頼へ行ってもらいます」
トラスに依頼書を手渡すマティ。
「B級討伐依頼……」
皆で依頼書を覗き込む。
「とーばついらい!?」
目が復活した奏が依頼書を覗き込む。
「奏は初依頼だな」
フランツが読み上げる。
「地走り鳥三匹」
「やばいヤツじゃね?これ」
「ああ……」
トラスの顔が引きつっている。
背伸びしても依頼書が見えないナッティスは、横で必死に飛び跳ねていた。
「あ~ん!み~せ~て~」




