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近所の異世界に通ってます。  作者: 悪萬畜倫(おまんちくりん)
第三章 奏動

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第十三話 私は奏と奏ちゃん

 寝起きの魔女が鬼の形相で玄関口に立っている。

「かなでぇぇ!!」

 奏は母の怒声と手の動きに思わずビクッと両腕を顔の前に出した。

「ごめんなさい!」


 片手を腰にあて、身体を反らすように奏を見下ろす鬼……。

「門限は何時?」

「五時です……」

 小さくなる奏。

「今何時!」

「五時……半です」

 さらに一回り縮む。

「どこへ行ってたの!」

「え~っと」

(異世界ですけど何か?って言ってやろうかな……)

 首を横にふる奏。

 奏は覚悟を決めて言い訳を始める。

「推しの……ガチャガチャの入荷が無いか……みに」

「そしたら……スズネちゃんに会って……」


「こんな時間まで遊んでたの?!」

 呆れた顔をする華の表情が少しゆるくなる。

「はい……」

「ったく!早く入りなさい!」

「ごめんなさい……」

 奏は全身で反省を表しながら靴を脱いで家の中に入る。



 キッチンで晩御飯の支度をする華が、推しを模ったクッションを抱いてリビングのソファで寝転ぶ奏に話しかけている。


「うっかり寝てた母も悪いけど」

「出掛けるときに声くらい掛けなさいよ!」

 カシャンカシャンカシャン……。

 キッチンからチョッパーのバネが弾む音が聞こえる。

 

「気持ちよさそうに寝てたから!」

 奏は何となくムッとする。

 

「それでも、起きたときあなたが居なかったら心配するじゃない!」

 パチンパチンパチン……。

 今度は激しくぶつけている。

 

「母なかなか起きないじゃん……」

 ジュゥ~……。

 更に何かを焼いている。



 スンスン……。

 知ってる匂い。


 身体を起こしてキッチンを覗きこむ奏。

(ハンバァ~~~~Good!!)

 ニヤケた所で母と目が合う。

 母がジト目でコッチを見ると、慌てて奏がソファに戻る。


 フフフン~♪

 すっかりご機嫌な奏。

 

「現金な子だねぇ、誰に似たのか……」

 


「ご飯できたよ」

 母の声に飛び起きる奏。

「はーい!」

「ハンバーグ~ハンバーグ~」

 奏は冷蔵庫から麦茶のボトルを取って食卓に向かう。

「ハンバ……じゃなーい!?」


「何コレ!?」


「ん?ロコモコだけど」

 母が皿をテーブルに置いた。

 ライスにタップリ野菜が盛られ、ハンバーグにデミグラスソース、更に目玉焼きがドンと乗っかっているではないか……。

「ハンバーグじゃないの!?」

 

「ねぇ……野菜多くない?」

 奏が顔を引きつらせて母を見る。

 

「華様特製ロコモコだ!」

「召し上がれ」

 母の圧……。


「自分で様付けるんかい……」

(あ……これあれだ……お仕置きベジタブル)

(まだ怒ってるときのやつ……)


「い……いただきます」

 あきらめて手を合わせる。


 スプーンで切り分けたハンバーグと一緒に野菜をすくう。

 ギルドで食べたパリサクソウのサラダを思い出した。

「あのサラダは食べられたけどなぁ」

 

 目を瞑り、思い切って一口……。

「ん?!」

 シャクシャクシャク……。

「お……おいしい……」

 

 フフン!

「そうでしょ?」

「野菜をシャキシャキにする方法を見つけたのだよ」

「50度のお湯で……」

 母が自慢げに説明する。


「魔法みたい!」

 奏がスプーンを次々口に運ぶ。

 

 母の眉がピクッと動く。

「そうね……魔法みたいね」

 

「おいしかった」

「ごちそうさまでした!」

 奏はニコニコしながら空っぽになった皿をシンクに持っていく。


「おそまつさまでした」

「お風呂できてるから入っちゃって」

 母が食べながら声を掛ける。

 

「はーい」


 洗面脱衣室に入り引き戸を閉める。

 浴室内へ入りシャワーからお湯を出した。

 もどって脱いだ服をランドリーバッグに投げ入れ浴室の戸を閉めた。

 

 

 ガラガラ……。

「ちゃんと頭洗いなさいよ~」

 脱衣所から母の声がする。


「わかってる!」

 シャンプーを髪で泡立てる奏。


 温まった浴室内に再び冷たい空気と母が入ってくる。

 

「寒い寒い……」

 風呂のふたを開けると湯気が室内に靄をかける。

 母が手桶で体を流して湯船につかった。


 奏が頭を流し、身体を洗いはじめる。

 母の視線を感じて背中を向ける奏。

 湯船から上がる母が、奏の手から泡を纏ったボディタオルを取って奏の身体をこすりはじめた。

 

「じゃあ出かける時のお約束をおさらいします!」

「門限は?」

「17時です……」

「出掛けるときは?」

「必ず母に知らせます……」

「母が寝てたら?」

「メモを残して行きます……」

 

 身体の泡を流して湯船につかる奏。

 奏は、母が髪を洗い身体を洗うのを湯船からみまもる。


 (私も母みたいにおっきくなるかな……)


 湯船に入る母のために奏は場所を空ける。

 母が下を向く奏に人差し指でお湯を弾いてかける。

「奏、一番大事なこと」

 母の声が優しくなる。

 

「出掛けてもいいけど、ちゃんと帰ってきなさい」

 

 奏は華の顔を見る。

「うん……約束する」

 


 ——松若家の夜が更ける。


 


「おはよう~」

 奏が眠そうにリビングに入ってくる。

「ふぁ~い」

「顔洗ってごはん食べなさい」

 母が食卓で朝食を準備している。


「いただきま~す」

 食パンをかじる奏の前に焼き立てのスクランブルエッグとソーセージが並ぶ。

 いつもの定番メニュー。

 

「準備はできてるの?」

「うん、昨日寝る前にしたよ」


「給食セット入ってないじゃない」

「あ~あはははは……」


 母がランドセルに給食セットを入れる。

「はい、いってらっしゃい!」


「いってきまーす」

 黒いランドセルを背負って玄関を出ていく奏。


 マンションのエントランスに降りる。

「あ……琴子ちゃん……」

 

 同じクラスで同じマンションの琴子と杏がエントランスで待っていた。

「おはよう奏ちゃん」

 琴子が奏を見つけて声を掛ける。

「……おはよう」

 緊張気味に挨拶する奏。

「おはよう」

 背の高い杏が奏に挨拶をする。

「杏ちゃんおはよう」

 奏は少し気が楽になる。


 エントランスから出てくる三人を華がベランダから見送る。

 サッと振り返って奏が華に手を上げて先に行く二人を追いかけて行く。


「大丈夫かねぇ……」

 華はスマホを取り出して操作する。

 真音と書かれた画面をタッチしてコールする。


『もしもし……』

 耳元で聴きなれた男の声が聞こえてきた。



 


《6年2組》

 

 教室に入ると、ランドセルから荷物を取り出した。

 いつものように机やロッカーにしまう。


 準備が終わると、奏は教室を出て一階をめざす。


 ちょうど担任の但馬 満美子(たじま まみこ)先生が階段を上がってくるタイミングに鉢合わせたかったのだ。

 

 すると、奏は先生に声を掛ける。

「おはようございます!先生持ちます!」

「奏ちゃんおはよう!」

「ありがとう!めっちゃ嬉しい!」

 先生の抱える荷物を持つ奏。

 一緒に教室へ戻るのが奏のルーティンになっていた。

 

 教室に戻ると先生の荷物を置いて自分の席に着く。


 始業のチャイムが鳴る。

 登校してきた生徒たちが席につき日番(にちばん)さんの号令で朝の会が始まった。


 学級閉鎖明けということもあり、まだ休んでいる生徒も数人いるみたいで空席がちらほらある。

 

 先生が声を掛け注目させる。

 「みなさん!2月からはいよいよ卒業式の準備と練習が始まります」

 「学年標語のONE TEAMで最後までみんなで走り切ろう!」




 四時間目が終わり、給食当番の奏は誰よりも早く準備に取り掛かる。

 自分が担当する食缶を運び終わると、手伝いに戻る。

 

「奏ちゃんなんか雰囲気変わったね」

「そうだね、なんか少し頼もしい感じ」

 給食当番の班の子が話しかけてくれた。


「いや……そんなことないよ」

 奏は照れくさそうに笑う。

 

 遠くから見ていた琴子と目が合うと、奏は背中を向け、残った片付けに手をつけた。

 

 


 終礼が終わりランドセルを背負う奏は真っすぐ先生の元へ行く。


 帰りも先生の荷物を持ち一緒に職員室へ向かう。

 先生が奏に並ぶと口を開いた。

「奏ちゃんどーしたん?元気やのに元気ないやん」

「何かあったん?」


「あ……いえ……その」

 

 ——。

 

「奏ちゃんは奏ちゃんらしくで、ええねんで」


 黙って頷く奏。

 先生はそれ以上何も言わなかった。


「ありがとう!」

「いつもお手伝いしてくれて」

 奏は先生に見送られ職員室を後にする。

「さようなら~」

 

 校門を出たところでスズネちゃんが後ろから駆けてきた。

「奏ちゃーん一緒に帰ろー」

 追いついてきたスズネと奏の前に琴子が割って入る。

「奏ちゃんは私と帰るんだよねぇ?」

「え!……あ……いや……その」

 困惑する奏。

 ガバッと琴子の腕をつかんで杏が突然現れた。

「琴子は私と帰るんだよ~」

 杏は奏にニコッと笑い、琴子を引っ張って連れて行く。

「あ!ちょっと杏ちゃん」

 


 うつむく奏にスズネがぽつりと呟いた。

「奏ちゃん琴子ちゃんのこと苦手でしょ?」


「あ……いや……そんなことない……」

 奏はスズネの顔をチラッと見て、また下を向く。


「私も苦手なんだよ」

「ちょっと強引というかワガママな感じがね……」

 スズネが少し優しく意地悪な顔をする。

「え?」

 奏は少しだけ顔を上げ、スズネとふたりで歩いて帰った。



「ただいまー」

 奏が玄関チャイムを鳴らして入る。


「おかえり~」

「学校どうだった?」

 黒のスウェット上下、魔女スタイルの母が炬燵に丸まって声を掛ける。

「まだ何人か休んでるよ」

 自室から大きな声で母に答えると、ランドセルを下ろして隠していた荷物をポケットに忍ばせる。

 

「ちょっと欲しい本があるから早めに出てからスイミング行くね」

 背中を丸める母に後ろから声を掛ける。

「うい!そこに準備できてるよ」

 母はソファの方を指差した。

 奏はスイミングの鞄を背負って靴を履き扉を開ける。

「いってきまーす」

 部屋の中に向かって叫ぶ。


「よし!全部持った!」

 走ってショッピングセンターに向かう奏。


 エレベーターのあるセンター広場に差し掛かった時。

「奏ちゃん、どこ行くの?」

 声を掛けてきたのは琴子だった。

 

「スイミングだよ……」

 一歩下がる奏。

「ねぇ~ちょっとだけ私につきあってよ~」

 琴子は優しそうな顔をして奏に甘えるように言う。

「えーっと、ごめん!急いでるから。また」

 エレベーターを、チラッと見て琴子の顔を見る。

「じゃあ明日とかダメ?」

 困った顔を作る琴子。

「明日なら……」

 奏は服の裾を握りながら声を絞り出した。

「じゃあ明日、ここで待ってるからね」

 琴子は手のひらを軽く振って立ち去る。


「うん……明日……」

 奏が琴子の後ろ姿を見送ると、彼女はショッピングセンターの中に入っていった。


 


 コートのポケットに手を入れて、荷物を握り、冷え固まった拳を温める奏。

「……行こう!」

 

 奏はエレベーターに乗り込むと真っすぐ扉に向き合う。

 肩掛け鞄の肩ひもをグッと握りしめ、扉に反対の手をかざして魔力を込める。

 

 足元から光の環がせり上がる。

 光が奏の身体を包み込む。





 

 チン——。

 エレベーターが三階に到着した。


 琴子が推しアイドルのグッズを手に、友達とエレベーターに乗り込んできた。

 ふわりと流れる風に推しアイドルのグッズが手からこぼれ落ちる。

「あ……もぉ」

 友達がグッズを拾い琴子に手渡した。

「はい、琴子ちゃん」

「ありがと……」

 何処かぎこちない二人はエレベーターに乗って降りていく。


 


 


 光が消え、奏が周囲を見渡すと、カーペットの魔法陣の上に立っていた。


 そして、マティが出迎える。

 

「おかえりなさい」


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