第十二話 ただいま!私、冒険者になりました!
マリドとルスカスは扉の両脇に椅子を置き待機させられていた。
「私……たまたま受付対応しただけなのに……」
マリドが会議の状況を見守りながらボヤキ始めた。
「今日のデート間に合うかな……」
ルスカスは時間を気にしている。
「主任、彼氏ができたばっかりですもんね」
マリドはルスカス越しに時計の針を見る。
午後三時を少し回っていた————。
「ちょっと待ってください」
「帝国の所属になるってどういう事ですか?」
トラスは立ち上がって説明を求める。
「冒険者から自由を奪うの?」
フランツも加勢する。
「……」
ナッティスはマティの発言を待つように注視していた。
「詳しくは後ほど説明いたしますが、奏さんの長期護衛任務と思ってください」
「冒険者としての活動は今まで通りで結構です」
マティは丁寧に説明する。
トラスとフランツはマティの説明に肩透かしを食らい、黙って席につく。
「問題は奏ちゃんという事ですね……」
ナッティスが切り出した。
「その通りです」
ナッティスとマティが奏の方を見る。
キョトンとした顔をする奏。
「奏さんのお父様はすでに帝国の保護下にあり」
「彼女も、お父様同様に要人警護対象です」
奏はうつむいて肩を落とした。
「そして、この魔力量は特殊保護対象でもあります」
マティは奏が膝の上で握る拳にそっと手を添える。
「確かにこの魔力量は国内外の反社会勢力や犯罪組織に狙われる可能性がある」
「敵国の手に落ちたら目も当てられん」
腕組みしながらマルコは皮肉交じりに付け加えた。
「帝国内の勢力争いに利用される可能性もある」
「大魔法使いハンナのようにな」
マルコが右の拳を顎にあてながら調子づく。
マティの目が据わり、場の空気が一瞬にして凍り付いた。
「大魔法使いハンナ?」
奏が身を乗り出してマルコの方を見る。
「ああ……物凄い魔法使いだ」
「それ以上は……」
マティが釘を刺す。
テーブルの下でカーラがマルコの膝を蹴る。
「ウッ……すまない……」
マティがゆっくり瞬きをして話を戻した。
「現在、彼女の特殊な魔力の状態を知っているのは、この部屋の中の人間だけです」
「口外は厳禁でお願いします」
「もちろんギルドの守秘義務に該当する案件ですので」
「大丈夫だとは思いますが」
「万が一の時は然るべき処置が——」
カーラがマティの言葉を遮る。
「その辺は問題無い」
「すでにかん口令を敷いている」
「我々はもちろん、そこにいる職員二人もプロだ」
マリドとルスカスが背筋を伸ばし息を飲む。
「私が保証する」
カーラとマティが、お互いの目を見て動かなくなった。
先ほどとは違う緊張が室内に走る。
「……わかりました」
二人は同時に視線を外した。
「では話はここまでで」
「スパイルパーティと奏さんには一度ホテルに戻ってお待ちください」
マティが会議の終了を告げるとカーラの指示でマリドとルスカスが扉を開ける。
「奏ちゃん行こう」
ナッティスに促され席を立つ奏。
「はい……」
「またな髭!」
「はやく行け」
マルコがムスッとして奏をあしらう。
奏はカーラとマルコ、マティ達に礼をして部屋を後にする。
《ギルド長室》
カーラ、マルコ、マティ、ギルド職員二人はギルド長執務室へ場所を移した。
「帝国から事前の協議内容については知らせがあったが、マティが使者としてやってくる事は聞かされていなかったわ」
「あなたがギルドの前であの娘につかまる姿を見るまでね」
カーラが五階の窓から下を見ながら話をする。
窓の下でギルド職員に見送られる奏と目が合った。
奏が振る手に、カーラも手を上げて応えた。
「変わった子」
「…………」
マティはギルド長のデスク越しに様子を見ながら話を聞く。
「当事者を出席させること」
「対応したギルド職員及び保護対象を連れてきた冒険者パーティ——」
カーラが記載内容を口にすると、マルコが帝国の印が入った通達を懐から出す。
「既に帝国側はそのパーティを特定していたのね」
カーラが席に着く。
「その通達文、拝見しても?」
「どうぞ」
テーブルに差し出すマルコ。
マティは帝国印が押された封筒と、通達と書かれた用紙を見つめる。
「これは……偽物です」
「帝国の公文書魔力紙ではありません」
用紙に触れて文字を指で撫でる。
「帝国の公文書魔力紙には特殊な魔力を帯びた紙とインクが使用されています」
「これには別の魔力が帯びています」
「通達が届くのが早いと思ったが……」
「どうやら……」
マティがテーブルから用紙を取り上げた。
ボッフ!
その瞬間、用紙が真ん中から焼け焦げて爆散——。
目を見開いたマティが手に魔力を込める。
「——アツオル!」
爆散する黒焦げの用紙を目の前の空中に固定するマティ。
「レヒト」
マティのひと声で誰も居なかった部屋の隅から人影が現れる。
キャッ!!
扉前に立っていたマリドとルスカスが突然現れた人影に驚いて声を上げた。
「ここに……」
顔を鼻まで隠した長身の男性がマティの前にやって来て膝をつく。
「これを解析に回して犯人を特定するように」
マティが手に持っていた用紙の一部をレヒトに手渡した。
「畏まりました」
レヒトは懐から取り出した袋で、空中に固定された黒焦げの用紙を包んで回収する。
「…………」
カーラとマルコは黙って見ているしかなかった。
「この用紙はこちらで預からせていただいても?」
カーラに同意を求めるマティ。
「好きにして」
カーラは両手を上げ降参のポーズだ。
「レヒト、その後は彼らの護衛を任せるわ」
「私も話の後に向かいます」
「御意」
マティの指示を聞き一礼すると、部屋の扉を開ける。
扉横に立つルスカスを一瞥する。
「ヒィ!」
ビビって身を引くルスカス。
そのまま姿が見えなくなって扉だけが閉まった。
「コワ……」
「それにしてもタイミングが良すぎるわね」
「どうしてマティはここに?」
カーラが問いかける。
マティは相変わらず背筋を伸ばしたままで話し始める。
「極秘任務でこちらに参りました」
「先ほども言った通り、古城周辺で観測された異常な魔力変動と、緊急連絡で奏さんの件を調査するためです」
「当初は私の任務ではありませんでしたが、奏さんの件で急遽上から命令がありましたので」
「事前通知を送った話は確かに聞いておりましたが……」
「偽通達に書かれていた内容とは違い、古城周辺の件だけのはずです」
「誰かが差し替えた」
マルコがアゴ髭を撫でる。
「本物が届いてないとなると……おそらく」
「それに……封筒と封印は本物です」
マティが封筒を二人に見せる。
「偽の使者は何故現れなかった?」
マルコがマティに疑問を投げる。
マティが少し頬を緩める。
「ここに入る時……」
「たまたま入口前で奏さんにつかまりました」
「私、正直驚きました」
「認識阻害・隠蔽魔法をかけてましたので……」
「まじか……」
マルコが驚いて髭から手を離した。
マリドが紅茶をテーブルに二つ、カーラのデスクに一つ置いて下がる。
マティはテーブルの椅子を引き着席した。
「奏さんに認識されて魔法が解除されましたけど」
「おそらくギルド前で私を見て今回の首謀者がここに現れなかったのかと」
「おそらく、奏さんを保護対象者として連れ去り、スパイルパーティは移送中の何処かで始末するつもりだったのでしょう……」
ドン!
壁を叩くカーラ。
「我々はまんまと利用されかけたということか……」
「帝国のえらいさんが居たんじゃ奏をさらう事も難しいからな」
マルコは苦い顔をしながら髭をさする。
「あの子に助けられた……かな」
「ギルドもスパイルパーティも自分自身も」
カーラが腰に手をあてて首を振る。
マティが出された紅茶にミルクを入れてスプーンでかき混ぜた。
「奏さんは今後の成長次第では大魔法使いに匹敵する可能性があります」
「犯人は何らかの方法で奏さんの存在を察知し行動に出たと考えられます」
一口飲んでカップをソーサーに置く。
「今も、きっとどこかで監視しているかと……」
「それともう一つ」
砂糖をひとさじ入れてかき混ぜながら——。
「ダンジョンの件で気になる事があります」
——————。
ホテルに戻る道中で夕食の食材を買い込んだナッティスとフランツ。
トラスがその荷物を両手に歩く。
奏がその横を大人しくついていく。
「心配すんな」
トラスが前を向きナッティスとフランツの後ろ姿を見ながら話し出した。
「え?」
奏がトラスを見上げる。
「奏、お前は何も心配するな」
「……うん」
「いいか、俺たちは今困難の真っただ中だ」
「うん……」
「運命共同体って奴だ」
「……だね」
「腹減ったな」
「うん」
「奏、お前はひとりじゃねぇ」
「俺たち三人が守ってやる」
「そうだよ」
フランツが振り返る。
「奏ちゃん」
ナッティスが足を止め奏を見上げている。
「さ、部屋に戻ってごはんにしよう!」
「うん!」
奏が夕焼け空を見上げてそっと目を拭った。
————。
《ホテルの部屋のダイニングテーブル》
「おいしかった!」
奏がニコニコしながら手を合わせる。
「美味しかったですね」
マティが奏の横で食事を終え奏に笑顔で応える。
「えぇぇぇぇぇ!」
驚いて立ち上がる奏。
「うお!」
同じくトラス。
「うわぁ!」
フランツも。
三人の反応を見てニヤニヤするナッティス。
「「「ビックリした……」」」
突然現れたマティに驚く三人。
スンスン……。
「マティさんニオイまで消した!」
奏はマティを見て目を丸くする。
「ふふ……もう見つかりません」
マティは奏にドヤ顔をする。
「?」
奏は何のことか分からずにナッティスを見る。
肩をすくめて分からないフリをするナッティス。
(きっとあの時マティ先生は隠蔽魔法をしていたんだわ……)
(奏ちゃんに見破られたのがよっぽど悔しかったのね)
(私に口止めしてまで完璧に姿を消して食事するんだもん)
食事の片付けをするスパイルパーティ。
「これ、ここに置いときます」
奏が食器をキッチンに持っていく。
「ありがと」
フランツがカウンター越しに礼を言う。
「奏ちゃんあとはいいからリビングで……ね」
ナッティスが食器を片付けながら奏にリビングの方へ目配せをする。
「あ、はい」
マティがリビングのソファでお茶を飲む。
奏がマティの横にジュース入りのコップを持って座る。
「今日はごめんなさい」
「私、勘違いしてしまって」
奏がバツの悪そうに話し始める。
「気になさらないで」
「奏さんは何も悪くありません」
「言い方はズルいかもしれませんが、大人の事情です」
「それが、あなたを巻き込んでしまった」
「ごめんなさい」
マティが頭を下げる。
「いえそんな!」
「私は自分の意思で父を追いかけて」
「自分の意思でここまで来ました」
「ここは、生きるも死ぬも自己責任の世界」
「私も……自分で決めました」
奏は拳を握って立ち上がる。
「私、冒険者になります!」
マティに宣言した。
「父には自分で会いに行きます」
「わかったわ」
マティは奏に微笑んだ。
作業の手を止め奏を見つめるスパイルパーティ。
「そして、蹴飛ばしてやります!」
一同、目が点になる。
「父は女心を弄ぶ悪い奴だ!」
「マティさんを泣かす奴は私が成敗してやる!」
真っ赤な顔で首を振るマティ。
「それは本当にやめてください!」
「それに、何でもかんでも便利にすればいいと思ってる!」
興奮が収まらない奏。
「ちょちょちょ……奏さん!」
「お父様はお仕事で……ね?」
マティが奏をなだめる。
「いいえ、あれはやり過ぎです!」
「あ……それで助かった命もたくさんあるのです」
「ほんと?」
奏が振り向く。
「ええ、ここでは詳しく言えませんが」
トラス達を見るマティ。
「この国を見てきてください」
マティは奏の手を取り、そっと冒険者証を握らせる。
「お父様の素晴らしさが分かると思います」
奏の手には【Fランク】と書かれた冒険者証が握らされていた。
「はい!」
奏はマティの綺麗なグリーンの瞳を見つめている。
「なんだか分からないけど冒険者奏の誕生だな!」
トラスが嬉しそうに奏の頭を撫でる。
「よかったね奏ちゃん」
ナッティスが奏の横に座る。
「よかったよかった」
フランツがお盆にお茶を乗せてリビングテーブルに置く。
「最初にお話しがあります」
マティが皆を前に背筋を伸ばし話し始めた。
「ギルド側から皆さんが受けた帝国の依頼は偽物という事がわかりました」
「おそらく狙いは奏さんの拉致」
「皆さんは口封じされていたかもしれません」
「そんな……まさか」
動揺を隠せないトラス。
青ざめた顔でトラスに身を寄せるフランツとナッティス。
「この事は口外無用でお願いします」
「それと、受け取った前金は念のため回収させていただきます」
「大金だったので……まだ手をつけてません」
「賢明です」
トラスはその場で腰袋から白金貨十枚と金貨の入った袋をテーブルに置いた。
「これで全部です」
マティはそれを取り出した袋の中に入れて回収すると、彼女の横に置いてあったバッグにしまう。
「確かに受け取りました」
更にマティはそのバッグから白金貨三十枚を取り出して、トラスの前のテーブルに置いた。
「これは正真正銘帝国からの正式な依頼の前金と支度金になります」
「え、増えてませんか?」
トラスが更に動揺する。
「こんな大金初めて見たね~」
お金に目が釘付けになったナッティスがつぶやく。
「うん、やっばい……」
同じようにフランツも答える。
「口止め料も込みですけどね」
「ですよね……」
ハハハ……。
現実に引き戻されるフランツとナッティス。
マティはお茶を飲み居住まいを正した。
「では、皆さまにお仕事のお話です」
「ギルドでお話しした通り」
「スパイルパーティには私直属の冒険者パーティとして活動していただきます」
「最初の依頼は奏さんの護衛任務」
「ですが、奏さんもスパイルパーティの一員として活動していただきます」
「トラスさんよろしいですか?」
「ああ、もちろんだ」
「ありがとうございます」
「すでに奏さんをスパイルパーティのメンバーとして仮登録済みです」
仮登録済みのメンバー登録用紙をトラスの前に置く。
「承認いただけましたので処理を完了させます」
マティが用紙にそっと手を触れると、表記が[仮登録]から[登録済み]へと変わった。
「準備がよいことで……」
トラスが用紙を受け取ってナッティスに手渡した。
「正式に奏さんがスパイルパーティに加入した所で」
「依頼とは別にあなた方にご提案があります」
「S級へ最短で昇級すべく私の特訓を受けていただきたい」
「エス!?」
飲みかけのドリンクを吹き出しそうになるトラス。
「Sって……」
ナッティスは何かを期待した目をしている。
「今日Bになったばかりなのに?」
フランツの顔が引きつっている。
「はい、奏さんの護衛としては正直B級では心許ないのです」
マティがお茶を一口飲む。
「まぁ、確かに……」
トラスが口籠る。
「今の状態じゃ自分の身を守るのも大変かもしれない」
トラスの膝に手を置くナッティス。
「だよね……」
フランツがトラスの後ろから彼の肩に手を置いた。
「そこで奏さんと共に私の特別訓練を受けて頂きたいのです」
「えーと、マティさんって魔法使いでは?」
フランツが不思議そうに尋ねる。
「基本職は回復系・補助系の魔法使いですが」
「私、ほぼ全ての武器・武具の類は技能スキルがA級以上です」
「…………マジですか」
急に緊張するトラス。
「し、知らなかった……」
ナッティスの目はうっとりしている。
「なんかこわい……」
フランツは引いている。
「戦闘マシン!」
キラキラした目で奏がポツリ。
「「「コラ!」」」
奏に大人達の一喝。
「母が武人でしたので……」
軽く落ち込み遠い目をするマティ。
「奏さんも最短でA級を目指して頂きます」
「特訓の期限は私の滞在期間である二週間」
「それ以降は訓練メニューとスケジュールを送ります」
「それで皆さんよろしいですか?」
「はい!」
「よろしくお願いします!」
全員が声をそろえて頭を下げる。
マティが皆を温かく見つめる。
「では、明朝こちらにお伺いします」
「それと、私の部屋は隣ですので、いつでもいらしてください」
「あと、奏さん今晩は私の部屋にいらしてください」
「お泊まり?」
奏が尋ねる。
「はい、そうしてもらえると嬉しいのですが」
優しく答えるマティ。
トラス達を見る奏。
「行っといで!」
ナッティスが肩を叩く。
「今晩から特別訓練かもよ?」
意地悪なフランツ。
「じゃあ行ってきます」
奏はおどけて敬礼してみせた。
三人に見送られ、奏はマティと隣の部屋に移動する。
「お邪魔します」
「どうぞ、来たばかりで何もありませんけど」
リビングの扉を開けるマティに招かれて中に入る。
「広!」
「あ、ども……」
奏はリビングの角にお辞儀する。
「レヒトあなたの言う通りね」
「奏さんレヒトの事ずっと分かってたでしょ?」
「クッ……」
険しい目つきの長身の男がリビングの角から突然姿を現した。
「あぅ……ごめんなさい気づいたらダメでした?」
レヒトの威圧に少しビビる奏。
「いえ、合格よ」
奏の肩にそっと手を置くと少しいい香りがした。
スンスン……。
「あなたはもう少し精進しなさい」
レヒトはマティから重そうな袋を受け取ると窓際に向かって姿を消した。
「レヒトさん怒ってました?」
奏がマティとソファに座った。
三つの月が高台のお城を明るく照らしてハッキリ見える。
「気にしないでください」
「彼は自分が許せないのですよ」
レヒトが姿を消した辺りを見つめるマティ。
「奏さんあなた、探知魔法を常に維持してるの?」
マティはいつものように背筋を伸ばして奏の方に体を向けた。
「わかりますか?」
奏は口元を緩める。
「少しだけね」
「でも、そうではないかと思って意識しなければ、気づけなかったわ」
マティの奏を見る目が、一段と優しくなる。
「レヒトは私も見失う時があるくらい優秀な魔力操作と隠蔽魔法の使い手よ」
「教えてください」
「それを、ただの探知魔法でどのように捉えるのです?」
少しまじめな顔に戻るマティ。
「えーっと……ソナスさん知ってます?」
首筋を搔きながら視線を上にやる奏。
「ええ、もちろんよ探索者ソナスは探知魔法の生みの親ですもの」
マティは奏の返事を待つ。
「ソナスさんの書いたものに」
マティが奏の言葉の先を察して暗唱する。
「探索とは目で見て耳で聞いて肌で感じ、鼻で嗅いで舌で味わい——。
全身のあらゆる機能が探索の為の道具に成らなければならない。
魔力も例外ではない」
「この一節かしら?」
「はい!それを探知魔法で使えるかもしれないと思って」
「いろんなところから探知してみたんです」
マティの顔を真っすぐ見る奏。
「いろんなところ?」
「まさか……」
「ん~っと、目とか耳とか鼻とか……」
「色々遊びながら組み合わせて試してみたんです」
奏は指で顔の部位を指してみる。
「あぁぁ……」
(あの親にしてこの子ありってことね……真音さん)
「奏さん、その探知魔法の方法は誰にも言ってはいけません」
「わかりましたか?」
「あ……間違った使い方でしたか?」
「いえ、逆です!」
「合格です!」
マティは奏を抱きしめた。
「あう……」
奏はマティの胸に顔を埋める。
「むへべふぁい(胸でかい)」
(あの一節だけで、ソナスが遺した探索の原理にたどり着いたというの?
五感に魔力を重ねて対象を捉えるなんて……この子は、やはり——)
「やばい奏ちゃんが真音さんに見えてきた」
ムグゥ……!
奏を更に強く抱きしめる。
「父がどうかしました?」
マティの胸肉をよけて顔をだす奏。
「あ、いえ奏さんはお父さん似かなぁと……」
「あ!よく言われますよ!」
「奏ちゃんはお父さん似ね~って」
「でも大人になったら不思議とお母さんに似るのよね~」
「って近所のおばちゃんが」
近所のおばちゃんの真似をする奏。
「そういえば私も昔は父上に似ていると言われてましたけど、最近は母上によく似ていると言われますね」
マティは優しく奏の頭をなでる。
「戦闘マシンの母上」
奏が鼻から下をマティの胸に埋める。
「間違いありません……」
遠い目をするマティ。
「奏さん一度向こうへ帰りましょう……」
「は……母上様が心配して待っておられます」
マティは奏の両肩に手を置いて微笑んだ。
「あ!忘れてた……」
「でもガーデンハウスの周りは立ち入り禁止でしょ?」
「そうですね」
「でも、これからはコレを使ってください」
「あそこは、ガーデンハウスは無闇に人が入ってよい場所ではないのです」
そう言うと、マティは腰ベルトのポーチに手を入れ、何かを取り出して奏の前に大きな輪を置いて見せた。
「通り抜けられるフラフープ?」
奏は青いロボットを思い浮かべる。
「い、いえ……簡易転移魔法陣です」
「この魔法陣には、既にあのエレベーターの座標を設定してあります」
「緊急の場合はただ魔力を流せばいいだけです」
「普段は地面や床に置いて、行ったことのある場所の中から行きたい場所を思い浮かべれば良いだけです」
「奏さんはおそらくあのエレベーターと、ガーデンハウスには行けると思います」
「この魔法陣自体も一緒に転移してしまいますので、奏さんには帰宅時の片道専用として使っていただきます」
「あちらでも使用できますが、あちらの世界では魔力消費が大きいのと、目立ちますので……」
「またこちらに来るときはエレベーターでこちらに来てください」
「行ったことのない場所でも行けるの?」
「ええ、可能ですが」
「場所のイメージができなければ異常と判断されて、行ったことのある場所に緊急転送されます」
「あぁ……」
奏は最初の転送を思い出した。
「詳細は説明しませんが、今は家に帰る為だけに使ってください」
「ひとまずこの簡易版は十二回使えますので使い切ったら連絡してください」
「ありがとうございます」
マティは輪を持ち上げて指に掛けた。
「それとこうすると指輪サイズになります」
「外して魔力を少し流すと元のサイズに」
再び足元に簡易魔法陣が展開される。
「腕に通せば腕輪になります」
「ね!」
素敵な笑顔で説明してくれるマティ。
「マティさん通販番組の白に詳しい人みたいですね」
奏はうっかり頭に浮かんだことを調子よく口にする。
「城に詳しい?」
「陥落のさせ方なら多少は心得が……」
何かを思い浮かべて話し出すマティ。
「あ、いえ、いいです……ごめんなさい」
うっかり言った一言に後悔する奏。
「では寝室へ行きましょう」
「はい」
リビング奥の扉を開けるとリビングと同じくらい広い部屋の奥にとても大きな天蓋付きのベッドが鎮座していた。
「すごい大きいベッド!」
寝室の落ち着いた照明の中でもわかるほど、奏の目が輝いて見える。
「戦場以外ではなるべくフカフカしたいので」
マティが優しく微笑み部屋のベッド脇に奏を案内する。
「フッ……」
(フカフカという単語が似合わない人!)
うっかり口にしてしまいそうになる奏。
「どうしました?」
「フカフカソウナベッドダナァ~」
奏が頭を使ってごまかした。
フフフッ——。
「とりあえず向こうへ戻りましょう」
ベッド脇の広いスペースに魔法陣の描かれたカーペットが敷かれていた。
「こちらにいる間はコレを使ってください」
「これも持ち運び用ですが、回数制限が無く行き来できますので」
「こちらに戻るときは、このカーペットを思い浮かべてください」
「はい!ありがとうございます」
奏はマティの正面に向かいお辞儀をした。
「奏さんの帰り、待ってますね」
マティは奏を優しく抱き寄せると奏もマティの背中に手をまわした。
「ではまた後で」
「いってきます!」
奏は魔法陣の真ん中に立つと、そのまま腰を落とし両手をついて目を閉じた。
いつもの転移魔法を唱えると、魔法陣へ奏の魔力が流れ込み、起動する。
光る輪に包まれる奏を、マティが見送った。
一瞬にして光とともに奏が消え去ると、寝室にふわりと風が流れた。
奏はいつもの道を走っている。
「やばいやばいやばいやばい……」
「お家を抜け出してから二時間も経ってる」
「奏ちゃーん」
スズネちゃんの声が後ろの方で聞こえた。
奏は振り返り手を前で合わせる。
「ごめん!急いでるの!またね!」
「またぁ……」
スズネの声が聞こえなくなるくらい必死で走る。
マンションの前で上から殺気。
母がベランダでこちらを凝視しているではないか。
マンションエントランス前で管理人さんにお辞儀する奏。
その後ろを誰かがオートロックを解除して入っていく。
自動ドアを通り抜けて階段を五階までのぼりきると、玄関を開けて中に入る。
奏は両手を広げた。
「セーフ!」
「アウトーーーーーー!!!」
そこには、いつもの魔女ルックで仁王立ちして出迎える母がいた。




