第26話 出発
月が替わり、視察へと出発する日がやってきてしまった。
けれど、あの日以降もいつも通りの生活をしていたせいで、視察に向かう覚悟というか、心の準備ができていない。
「はぁ、行きたくないなぁ……」
既にアリアのおかげで出発の準備は終わっているというのに、口からはそんな言葉がこぼれてしまう。
正直、どうにかして視察に出るのを中止できないかと考えてしまうくらいには気が重い。
「あー……、行きたくないという気持ちはわかるけれど、残念なことにもう出発の時間なんだ」
「!?
……実は出発は来月だった、なんてことは?」
「ないね」
いつの間にか迎えに来てくれていたレオン様の言葉に慌てて姿勢を正し、ついでに何かの間違いで出発が延期されないかと願ってみたものの、あっさりと否定されてしまった。
いやまあ、自分でもあり得ない願望だとはわかっていたけどね。
そんなちょっとしたやり取りを経て、エスコートしてくれるレオン様とともに屋敷の前で待つ馬車へと向かった。
屋敷を後にした馬車は順調に進み、しばらく前から王都と他の領地とを結ぶ街道を走っている。
ただ、王都を出る前から窓の外を眺めていたものの、街道を走り出してからはあからさまに見える景色の変化が乏しくなってしまった。
なので、変わり映えしない景色を眺めるのをやめ、対面に座るレオン様にこれからのことを確認してみることにした。
「ところで、今回の視察の具体的な予定はどうなっているのですか?」
私の声に反応し、何かの書類を確認していたレオン様が顔を上げる。
そうしてチラッと窓の外に目を向け、こちらの飽きを察したのか、私の相手をするために手元の書類を脇へと置いてくれた。
「とりあえず、目的地であるパーカーまでの移動は、馬車で四日ほどかかる予定だよ。
三日目に公爵領に入るから、公爵領の領都で一泊して、その翌日にパーカーに向かうことになるね」
馬車で四日。
その距離が遠いのか近いのか。
確か、実家の男爵領から王都に移動したときは三日だったはずだし、それよりも離れた場所になるのかな?
「ただ、その後の視察自体の予定は現地の状況次第かな。
一応、現地についての資料はもらっているけれど、それだけだとわからないことも多いから。
現地の調査を数日やって、その結果次第で後の予定を決めることになるよ」
「つまり、現地の状況次第ということですか?
色々と準備されていたようですが」
「まあ、資料は資料でしかないしね。
それに、考えたくはないけれど、最悪叔父の嫌がらせで現地の状況が全然違うという可能性もある。
だから、今回の視察で一気に問題を解決するというより、ひとまずは原因を調査するということを考えているよ」
嫌がらせ云々はさておき、思ったよりも長期戦を想定しているんだね。
まあ、いくらレオン様が優秀だと言われていても、領地の問題をすぐさま解決するというのは現実的ではないか。
「ちなみに、私もレオン様の調査に同行する形でいいのですか?」
「いや、君は現地でお茶会などの社交に誘われるんじゃないかな。
僕の調査に付き合ってくれてもいいけれど、たぶん、面白くはないと思うよ?」
「いえ、私も実家の男爵領では畑仕事も手伝っていましたし、何かお手伝いできるはずです。
確か、今回の視察の一番の目的は収穫量の低下の調査ですよね?」
「ハハハ、君に手伝ってもらえるのはうれしいね。
でも、さすがに一度くらいは向こうのお誘いを受けてもらう必要があるよ」
レオン様の反応に対し、あいまいな笑みを浮かべる。
何というか、私がお茶会やら何やらが嫌でお手伝いの申し出をしたと思われているみたいだ。
いやまあ、それも結構な比率で理由として含まれているけどね。
とはいえ、レオン様の調査に興味があるのも本当なんだけどなぁ。
その後は、レオン様は再び書類の確認に戻り、私もアリアに用意してもらった本を読むことになった。
そうして、馬車の中でまったりとした時間を過ごしながら予定通りに工程をこなし、初日の移動を終えた。




