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リゼは工房内の状況を把握した後で、ブーケを伴い外へ出た。少女は無断で家を飛び出して来ている。ミス・クローバーが慌てて探し回っているだろう。しかし、アグネスの手引きをした彼女に同情は感じなかった。
「ミス・クローバーからホテルのお父様に知らせが届いているかも。そうなら、心配させてはお気の毒だわ。早く帰って安心させてあげましょう」
ブーケは父親に会うことに抵抗があるようだ。父と信じてきた人がそうではないかもしれない。その可能性に動揺するのは当然だった。更に、それがほぼ真実だろうと認めてしまっている場合には。
リゼは馬車を頼みビングリー家まで走らせた。予想とは違い自宅にエルの姿はない。ブーケの帰宅にミス・クローバーは飛び出してきて少女を抱きしめた。安堵に涙する様子に嘘はなさそうだった。
「良かったこと……。本当に良かった」
「ごめんなさい。一人で外出するのはいけないと知っていたのに」
「そうですわ、いけません。お父様がお許しになりませんもの。どちらにいらしたの?」
「リゼの所よ」
答えたブーケは家庭教師から離れた。居間に向かったようだった。リゼとミス・クローバーもそれに続いた。
「エルにこのことをお知らせは?」
「いいえ。無駄にご心配させてしまうようで控えましたの。もう少し待ってからと考えていました」
それも一つの判断だが、外出を禁じられている少女が消えたのに悠長過ぎると感じた。周囲を探し見当たらない場合、すぐにエルに知らせるべきではないか。後の判断は彼に委ねた方が捜索の選択が増えるのだから。
(わたしならそうする)
「もう少し待ってから」にミス・クローバーの家庭教師としての落ち度を隠そうとする保身を感じてしまう。
「お茶はいかが? ご用意させましょうか?」
ミス・クローバーのそれにブーケは首を振る。一人掛けの椅子に座り小さく起こる暖炉の火を眺めている。その場所はエルの座る場所だったはず。ブーケはいつもは長椅子を好んだ。
「わたしはいただきたいわ」
リゼの言葉にミス・クローバーはベルを振った。ブーケから離れたテーブルにお茶の用意が整った。席に着きお茶が注がれるのを待ってからリゼは口を開いた。
「ミス・ゼノンのお話はブーケから聞きました。あなたはそれをいつお知りになったの?」
「アグネスに再会したここ二月ほどのことです」
ミス・クローバーは声をひそめた。
「悲劇的なお話でしょう。最初はあんまりに驚いてしまって……」
「ミス・ゼノンと同郷のお友だちならご存知ね? 彼女がビングリー家に嫁いだのは事実なのですか?」
「先様までは存じません。王都の資産家としか……。アグネスは同年代のグループの一人で、そこまで親しかったわけでもありませんし。でも、未亡人になって帰ってきたのは噂になりましたわね。王都で偶然再会して初めてビングリー家に嫁いでからの詳細を聞きました」
「ブーケに会う提案をしたのはあなたが? それともミス・ゼノン?」
「アグネスです。わたしと会うとその話ばかりになり、……迷いました。それで『ハーパー・スクール』の慈善劇を教えました。ご家族からは離れて見たそうです。彼女、嬉しそうに興奮していたわ。些細な一幕を気の毒なくらいに……」
「ミス・ゼノンはなぜ今になってブーケに会いたがるのかしら? これまでだってたくさん時間はあったのに。去年でもその前でもなく、なぜ今なの?」
「それはアグネスにしかわかりませんわ。わたしと再会したことで、ビングリー家へにつながりが持てたことも大きいのではないかしら? その可能性に、抑えていた感情が込み上げたのではないかと思います。母親ならきっとそうなのではありません?」
リゼは頷きかねた。母親ではないこともあるが、九年抑えが効いた感情が急に込み上げるのも妙な気がした。お茶を飲んでから尋ねた。
「ミス・ゼノンはブーケに直接会って、この後どうなさりたいの?」
「ブーケとの絆を保っていたいと言っていました。よくわかりますわ。自然な欲求ですもの」
ミス・クローバーが微笑んでお茶を飲んだ。それを待ってから問いかけた。責める口調がにじむが、どうしようもない。
「ブーケは傷ついているわ。一人でわたしの工房に駆け込んでくるほどにね。どれほど心細かったことか。事の真偽はともかく、それを知らせるかどうかの判断は父親のエルに任せるべきでしょう。早まったことをする前に、なぜ彼に知らせなかったの?」
「アグネスに止められて……」
「阻む権利は彼女にはないわ」
ぴしゃりと言うとミス・クローバーはきまり悪そうに口ごもった。
「出生に絡む話は大人にだって衝撃だわ。それをブーケが一人の時に知らせるなんて、あまりに残酷よ。長くブーケの側にいらっしゃるあなたがどうして思い遣ってあげられなかったのか、とても残念でならないわ」
そこまで話し、リゼはブーケを見やった。少女は椅子の上で膝を抱え顎を埋めている。眺める彼女の頬にミス・クローバーの言葉がぶつかった。
「もしかして……、このことは旦那様にはお知らせなさいますの?」
返事をするのも嫌になって、リゼは頷いて答えに代えた。
(内緒にしていられると思う方がどうかしている)




