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わたしの方が好きでした  作者: 帆々
相違

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「誰があなたに言ったの? そんな大きな問題を……」


 エルではあり得ない。


 おませであっても賢くてもまだ九歳の少女だ。今の幸福を根底からひっくり返すような事実を突きつけるのは、あまりに残酷過ぎる。リゼは目の奥が熱くなるほどそこにいらだちを覚えた。


(一体誰が……?)


 ブーケが告げた人物に彼女はまたひどく驚かされた。


「ミス・ゼノンよ。リゼも公園で会ったでしょう。ミス・クローバーのお友だちの方」


「ミス・クローバーの同郷の方ね。アグネスとおっしゃったわね。おかしいじゃない、そんな方がビングリー家のことを知っているだなんて。彼女が知っているなんてあり得ないわ」


「おかしくないの。ミス・ゼノンは……、わたしのお母様なのだもの」


 リゼの手からハンカチが膝に落ちた。大きな衝撃はリゼから言葉を奪ってしまう。


 アグネスはこの午後ミス・クローバーに伴われビングリー家を訪れた。そしてこの事実を打ち明けたのだという。その後、混乱したブーケが相談者に選んだのはリゼだった。一人で馬車に乗り知らない場所にやって来る冒険はそのためのものだった。


 その心情を思いやると痛々しさに涙がにじんだ。リゼはブーケの手を取り握った。握り返してくる。そうすることでブーケの心の痛みが幾らかでも自分に移ればいいのにと思った。


 アグネスはビングリー家の家庭教師を介してブーケに接触している。直接ブーケに名乗り出たのは、エルやその両親づてでは阻まれると警戒したのかもしれない。


「本当のお父様が亡くなった時のことやお祖父様たちのこと、今のお父様がまだ大学生だったこともよく知っていたわ。ショパン大叔母様まで知っていてとても真実味があったの」


「でもそれらはビングリー家に近い人なら話せる内容ね。わたしでもある程度は話せるもの。そういった人から聞いただけのことかもしれない」


「リゼは疑うの? お父様はお母様のことはほとんど教えてくれないわ。まだ辛いのかもと思っていた。でもそうじゃなくて、話せないからじゃない? そんな人いないから」


 リゼははっとした。ブーケはアグネスの話から過去を眺め真実の匂いを既に感じている。そこに触れる権利は自分にはない。エルと娘が直に向き合わなくてはいけない事柄だった。


「……どうしてアグネスは、まだ赤ちゃんのあなたの前から去ったの?」


「本当のお父様が亡くなった後でお祖父様たちが追い出したの。用のない他人だからと、わたしを奪われたそうよ。その後でお父様に父親になるように仕向けたと言うの」


 ショパン婦人から聞いた話とまるで違う。婦人は母親の方から赤ちゃんのブーケを置いて出て行ったと言った。その際「やり直すために」と大金を要求したとも。その是非はともかく。話が真逆では擦り合わない。どちらかが嘘をついていることになる。


 リゼの感触として、ブーケの祖父母が父亡き子に母まで奪う行為は考え辛い気がする。資産家には保守的で排他的な人間も多い。更に嫡男を亡くした後では混乱も大きかったはずだ。


(でもちょっと、おかしい)


 ブーケの前にミス・クローバーを介して現れるのも作為的な感じがした。今の父親であるエルの許可なくこんな重大事をブーケに打ち明けるのも身勝手さが透けて見える。


(そもそも、なぜ今更?)


「急に会いに現れたのはどうして?」


「急ではないの。この間の子爵邸での慈善劇をミス・クローバーが教えて、こっそり隅で見たのですって。それで、会いたくて堪らなくなったと言っていたわ」


 それでも十分に急な話だ。九年間音沙汰なしだったのだから。それがいきなり母親と名乗り出てきた。話を聞いていい印象が持てない。


「ミス・ゼノンはまたわたしに会いたいと言うの」


「あなたはどう思うの?」


 ブーケは困ったように首を振る。


「わからない。頰の辺が自分に似ている気もするわ。でも、懐かしいとかそんなほのぼのとしたものは湧かない。冷たいのかしら、わたし……」


「そんなことないわ。……実はね、わたしは母と仲がよくなかったの。悪い母ではないのよ。きっと相性ね。だからか、亡くなった後も思い出すことはあまりないわ。敢えて思い出さないようにしていることもある。でも自分を冷淡だとは考えないわ。憎むわけではないのだし、無理のない心の自然なあり方じゃないかしら」


 偽らなくてそのままでいい。それを伝えたかった。ブーケはリゼの目を見ながら頷く。


「お父様に腹が立つの。知らん顔で隠していたなんて……」


 その言葉とは裏腹に小さな肩は悄然として見える。これまでの密度で父娘としていられるのか、そんな少女の迷いがのぞく。甘えた素振りやわがままなおねだりも父への全幅の愛情と信頼の証だった。父ではなく叔父とわかった後で、こだわりなく娘としていられるのだろうか。


 アグネスが真実ブーケの母であるか、否か。また何を目論んでの接触か。それらがどうであれ、事実を知らされたブーケの心は激しく傷ついた。そこへの思いやりがアグネスの行動には感じられない。極論、知らなかった人がくれる愛情で一番密接な人との関係が揺らぐのなら、


(人生への迷惑と暴力でしかない)


 行き場のない怒りを苦くのみ込んでから吐息した。


「あなたのお父様はエルよ。それは間違わないで」


 リゼはブーケの手を両手で包み自分の胸に引き寄せた。


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