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ショパン婦人の友人が工房の品に興味を持っていると聞いた。パイも卸しているレストランには瓶詰めの商品を置かせてもらっている。そこで目を引いたのだという。
ありがたく紹介してもらい、直に足を運んで営業してきた。味も見た目も気に入ってくれ、たくさん購入してもらえた。
「親戚に配りたいの。花だけでは寂しいし、チョコレートは若いお嫁さんには子供の歯に悪いと嫌がられるのよね」
細々取り決め配達までを取り決めてきた。その帰りに、契約のきっかけになったレストランに向かった。新聞の掲載もまだで、もちろん『オレアンダー・ホテル』の大口の販路などなかった頃、飛び込みで何度も押しかけ商品を置かせてもらう契約を取り付けた場所だ。
今では卸したパイが好評で、大きな顧客の一つになっている。
店に入ると昼食のお客で賑わっていた。空腹だったのもあり、挨拶がてら寄って見た。案内されて空いた席に着いた。周囲のテーブルに工房のパイが届けられるのが目に入る。
謹厳と店内を睥睨している支配人の姿もある。営業の最中「売り込みたければ自分の自由になれ」と仄めかされた。窮したところを偶然ある人に救われた。「君はまだそんなことをやっているのか」。そう怒鳴ってもらえたおかげで逃げ出すことができた。
このレストランは別店舗があり、その一つが『オレアンダー・ホテル』にある。ホテルとは同資本だと知ったのもパイを卸すようになったここ最近のことだ。
「お待たせしました」
運ばれたパイを頬張った。普通のミートパイと違い煮込んだ果実が味と口当たりに複雑さを出している。工房の自信作の一つだ。握り拳ほどのふっくらとしたパイは女性なら一つで十分満足できた。レストランでは男性向けにはミニステーキが添えられている。
リゼを救ってくれた男性は今ならエルだったのだとわかる。声になじみがあるしタイの柄にも覚えがあった。
(エルが覚えているかわからないけど)
そのお礼も言えていない。
食事を終えて席を立った。支配人に挨拶をしてから店を出る。
(エルと話さなきゃ)
テリアの何が気に入らないのか、なぜあんなことを言ったのか。「彼は信用が置けない」。そんな何もかも端折ったそんなものではなく、彼の意見をちゃんと聞きたい。
リゼは工房まで歩いた。距離はあったが、考えごとをしながら歩くのは好きだった。工房の扉を開けてすぐ、秘書のネロリが走ってきた。
「オフィスに早く。お嬢様がいらしています」
「お嬢様?」
リゼはバッグから契約のメモを取り出し責任者に渡した。「早く」と手を引くネロリにせっつかれて急いだ。
リゼのオフィスにはブーケがいた。
(なるほど、確かに「お嬢様」だわ)
彼女がここに来るのは初めてだ。しかも一人で。ブーケはリゼを見ると椅子を立ち、しがみついてきた。泣きじゃくり尋常ではない様子だ。
リゼはネロリに温かい飲み物を頼み、ブーケの背を撫ぜた。出て行ったネロリがココアを手に戻ってきた頃にはブーケの涙も峠を超えていた。
ネロリが出ていき再び扉が閉まった。リゼはブーケを椅子に促した。
「落ち着くわ」
とココアを勧める。
ブーケはカップを手に取りちょっと飲んだ。熱さに顔をしかめそろそろと口にする。そんな彼女を見ながら『ハーパー・スクール』で何かあったのか、と思った。
(お友だちとの揉めごとかしら?)
小さないざこざはリゼにも経験がある。振り返った今は些細な問題でも少女の当時は大事に思えたものだ。
「一人で来たの?」
「ええ、通りすがりの人にここまでの行き方を教わったの。馬車にも一人で乗れたわ」
「そう。すごいわね」
エルが聞いたら娘の行動を厳しく叱るに違いない。しかし快挙は快挙だ。そこまでの冒険をして自分に会いに来てくれたことは素直に嬉しい。
「でも危ないこともあるから、ここへ来たい時はわたしに伝えて。迎えに行くから。それならお父様もご安心よ」
ブーケは黙り込んだ。目にはまだ涙の残りがあって痛々しい。ハンカチで拭ってあげる。リゼが手を引っ込めかけた時だ。
「……お父様は、わたしの本当のお父様ではなかったの」
「え」
驚きに手が止まった。その事実ではなく、なぜブーケが知ったのかが謎だった。周囲の大人たちは固く秘していて将来的にも明かす意図はなかっただろう。そんな必要はない。
「嘘じゃないわ。真実なの」
リゼの驚きをブーケは事実を知ったことによるものと受け取ったようだった。彼女はショパン婦人に明かされて以来、誰にもそのことを打ち明けたことはない。エルにすら仄めかさなかった。
「本当のお父様は、今のお父様のお兄様なのだって……。その方が亡くなって、しょうがなくお父様はわたしを引き受けたのだそうよ」




