27
エルは帽子のつばに手をやり辞儀をした。リゼはうろたえながら気づいた。キッドを追い出した自失していたような時間に彼はとうに去り、代わってエルが訪ねてきたことに。
リゼの乱暴な言葉をしっかり聞いたエルはやや気まずそうだった。
「あなたの忘れ物を届けに……」
「え」
彼は腕に包みを持っている。それは昨日ブーケの馬車に置いてきてしまったガウンの包みだった。
「……ご親切にありがとうございます」
ここで取り繕ってもエルには啖呵を切ったさっきのリゼを知られてしまっている。彼女は涙を指で拭い彼を招じ入れた。
(この人にはみっともないところばかり見られてしまっているわ)
間の悪さを呪いたいが取り返しはつかない。まだ早い鼓動を手で押さえながら詫びた。微笑を作ったつもりがひどくぎこちないのは自分でもわかった。
「ごめんなさい、驚かれたでしょう。勘違いしてお見苦しいところを見せてしまって……」
「誰が来たのです?」
問いながらエルはリゼを椅子に掛けるよう促した。そのまま座り、隣に座った彼に元夫が来たことを告げた。
「……まさか復縁を求められたのでは?」
「いいえ、そんなことでは……」
キッドがここにやって来た目的がエルの示唆したように彼女との復縁だったのなら、自分はこうも心を乱していなかったかもしれない。そう思った。もちろんやり直す意思などないが。斜め上の理論で金を無心するのではなく、今の生活は耐え難い、だから元に戻りたい。または、フランを選んだのは間違いだった……。などの言葉が出たのであれば、謝罪などなくても憤りに我を忘れることはなかったのではないか。
(裏切った元妻にたかるほど生活が苦しいのに)
なのにフランとの今を選び続けるキッドに、リゼはもう一度手ひどく傷つけられているのを感じた。嘘でも「フランじゃなかった」の言葉が欲しかったと思う自分が惨めだった。
(キッドが惜しいのではないのに)
自分が泣いていると気づいたのは、膝に置いた手にぽとりと涙が落ちた時だ。指が頬を拭うより先にエルがハンカチを差し出してくれた。礼を言って受け取った。目に当てる。
「キッドが欲しいのは、わたしのお金なの……。今までだって、ずっとそうだった」
初恋にのぼせ上がるリゼに対していつも彼は冷静だったように思う。「君のために……」、「君を思えば……」などの言葉はよく耳にした。けれど、「愛している」と言葉でもらったことはなかった。新婚時代には問うたことはある。その返しは曖昧でどうとでも取れるものばかり。それでもリゼはそれを男性の照れ臭さだと信じ込んできた。
(言わなかったのは、愛してなどいなかったから)
キッドがそんなリゼとの結婚したのは、彼女が財産を持っているから。のち、父からも継ぐはずの遺産も魅力だったのだろう。世間に経済的な結婚をする人は多い。珍しい話ではない。
でも、その彼が選んだのは財産のないフランだ。彼の心が求めたのは彼女だ。尽くして捧げ続けたリゼではなく。
嗚咽混じりの涙をエルは黙って待ち、静まった頃に、
「せっかくの通告が届かなかったのは残念だな。聞いていればあの鈍い男でも懲りるだろうに」
そう言う。リゼはハンカチを目から離し彼をうかがった。ひどい罵りだったと思う。今頃羞恥が浮かんだ。
「……恥ずかしいわ。聞かれてしまったなんて」
「僕に言われたのかと思った。あなたに僕は高圧的に映るのだろうかと」
「それはないわ」
リゼの否定にエルは少しだけ笑った。
「彼も僕の存在は覚えているだろうから、今後も何かあれば名前を出してくれて構わない。あの手の人物は第三者の男に弱い」
「ご親切に、ありがとうございます」
エルは彼女を眺め、ちょっと間を置いて立ち上がった。包みを差し出す。リゼも立とうとしたがそれを手で止めた。
「昨日はブーケをありがとう。良ければまたつき合ってやってもらえると嬉しい」
そのまま辞儀をしドアから出て行った。




