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朗読会は昼下がりに行われた。文学作品の朗読かと思いきや、意外にもそれは子供向けの本のものだった。広間を会場にした催しには親に伴われた少女の姿も多かった。
小編をある令嬢が語るのを聞く。ほのぼのしたもので子供達の笑い声が上がった。その後には怖い話が控えていて、小さな悲鳴があちこちで聞かれた。
聴衆の前に椅子に掛け本を開いた令嬢の姿にリゼははっとなった。朗読するのは見覚えのある女性で、テリアに誘われた夜会で見かけた歌を披露した人物だった。彼が彼女のドレスをおかしがって笑いそれが本人に届いたらしく、帰りしなに凝視されたのを覚えていた。
朗読が進み、彼女の瞳は本から時に聴衆に移った。広間には三十人ほど。その半分近くは少女であり、大人のリゼは彼女の目にきっとつき易い。また夜会の件を覚えているだろうとも思う。
(そんなに前のことでもないもの。きっと侮辱されたと不快に思っているはず)
美しい声だった。抑揚もあり聞き取り易い。ただ読むだけではなく発声の技巧も必要なのだと知った。以前の夜会での歌も素晴らしかったから多才な人なのだと感心した。
朗読の後では大きな拍手が聞かれた。リゼも手を叩いた。
会の終わりに参加者は手土産に小さな包みを配られている。美しく包装されたリゼの工房の品だ。受け取る人々の好感触な声を耳にできた。実際お客の手元に届く場に居合わせられ、招待してくれたエルに感謝したい気持ちでいっぱいだ。
目的をこなした後でリゼはもう一つのすべきことに取りかかった。歓談している朗読の令嬢の元へ近づいた。話が途切れたのを見計らい、彼女へ声をかけた。
令嬢は話しかけるリゼに驚いたようだった。
「わたしはリゼ・カンパネラと申します。素晴らしい朗読でした。すっかりお話の中に引き込まれてしまいました」
「……ありがとうございます」
褐色がかった金髪の美しい人だ。茶色い瞳がリゼを見つめ返す。
「以前、ある夜会でお見かけ致しました。あなたは歌をご披露なさっていたわ。その時、失礼な振る舞いがあったと思います。申し訳ありませんでした。ご不快でしたでしょう? 本当に失礼でした。お詫びいたします」
「……何のことでしょう? 夜会で歌いましたが、あなたには覚えがないですわ」
それだけ答え、令嬢は軽い辞儀をしてリゼから離れてしまった。名乗ることさえない。意外な反応にしばらくリゼは動けずにいた。まさか、こういった態度を返されるとは思わなかった。
勘でしかないが、おそらく彼女はリゼを夜会の時の人物だと気づいた。当然、あの場のテリアの無礼を忘れてしまったはずがない。その隣にいたリゼも意識したはずだ。自分ならそんな出来事があればきっと長く忘れられない。しかも、リゼは夜会の場と同じドレスを着ているというのに。
まだ彼女はリゼたちを許せず思っていて、その不快さでさっきのような対応になったのだろうか。そうだとしたら、詫びであれ接触することでより感情を逆撫でしてしまう。
既に令嬢は連れの女性と退室してしまった後だ。リゼは残った親子連れに話しかけ、朗読の彼女を尋ねた。
「カレン・ジャレッドさんです。この会を催された方のお知り合いのお嬢様だそうですわ」
リゼは礼を言い、ともかく出口へ向かった。その時、後ろから声がかかった。振り返ると見知らぬ女性だ。リゼより年上の落ち着いた印象の人だ。自分は家庭教師だと名乗り、
「ブーケお嬢様がご挨拶したいと……」
とやや後ろの少女を紹介した。「ブーケ」という名と姿にリゼはすぐ記憶が結びつく。少女はエルの娘だ。
「初めましてではないけれど、お話をするのは最初だもの、初めまして。ミス・カンパネラ」
と愛らしくお辞儀した。すぐに家庭教師が小さい声で、
「ご挨拶の前に説明はよろしくないですわ」
とたしなめる。それにちろっと舌を出す様も子供っぽい。おませな印象の強い少女だが、九歳の年相応さが可愛いらしい。
「こんにちは。あなたもいらしていたのね。朗読はどうだった?」
「面白かったわ。でも二番目の怖い話は子供っぽ過ぎ。怯えさせようっていうのが見え見えの内容だったもの。まあ朗読は不味くなかったけれども」
そんな口調もついリゼの微笑を呼んだ。ふとブーケが思いがけないことを言う。
「よろしければこの後でお茶をご一緒しません? お父様にあなたをお誘いするように言われているの」
「まあ、嬉しいわ。喜んで」
連れ立って階下のティールームへ向かう。案内された席に着くがエルの姿はない。次々と茶菓子が並びテーブルが整ってもまだ来ない。ブーケが大仰にため息をつく。
「まったく、お父様ったら。レディを待たせるなんて失礼ね、ミス・クローバー」
「旦那様はお忙しい方なので……」
家庭教師と並んだブーケを眺めながらふと思う。なぜ母親でなく家庭教師が付き添っているのだろう。今日の朗読会だって子供向けの催しで母娘の組み合わせが非常に多かった。不在なのは家庭の事情だろうか。
リゼ自身も母と二人の外出はよくあった。周囲から睦まじい母娘と褒められるのを母が好んだから。帰れば外でのにこやかさを消し、娘の全てを否定するのだが。
ブーケは子供らしく奔放さがあり、過去のリゼのような人の顔色をうかがう様子はない。家庭でも母親に甘える幸福な令嬢なのがわかる。
そこへエルが現れた。リゼに辞儀をし席に着く。彼女の斜め前になる。
「遅いわ、お父様。招待した側がお迎えするものなのに」
「客が来て遅れた。すまなかった。朗読会はどうだった?」
「まあまあ。でも子供騙しね」
おませな口調にリゼは微笑が浮かぶ。と、ミス・クローバーと目が合った。笑った目を控えめに伏せている。その仕草から少女は普段からこのままのようだ。もしかしたら、母親のものまねなのかもしれない。
ブーケは父親が来て嬉しそうにケーキを口に運んでいる。
「リゼ、あなたもいかがでした?」
「朗読会は初めてでしたけれど、面白かったです。お招きをありがとうございました。あの会はどなたが主催を?」
「あれは作家が発起人のはず。出版社の協力もあってうちのホテルを利用することになったと聞いています」
世間では会を催す場合は個人宅でのものが主流だった。晩餐会や舞踏会などの夜会から昼食会、お茶会、音楽会なども。単純な食事やお茶などは店舗を利用するが、何かの集いなどはまだまだ珍しい。
事情で自宅を使いたくない場合でもホテルを使えば会は催せる。スペースを考えずより多くの招待客を招くことも可能だろう。準備の手間を考えれば、むしろ好都合と便利に考える層も少なくないはず。
「住まいの事情で参加者を狭めなくていいもの。ホテルを利用した開催はいい案だわ。まだ珍しいけれど今後は増えそうですね」
「ええ、これまでの宿泊だけの施設ではなく、世間の需要に応じて在り方を広げようとも考えています。そのために外部から魅力ある店舗や品を取り入れるのも重要です。あなたの工房の品もその一つだ」
エルの言葉にはお世辞の匂いがしない。リゼ自身先ほど会の終わりに工房の品がお客に配られる様を見ている。心を込めた小さな贈り物には好意的な反応が多かった。目にして、同情だけで勝ち取った分不相応な契約でないとはっきり感じられた。
(自信を持っていいのだわ)
としみじみ嬉しかった。彼にしても「自分で確かめてみろ」といった思いでの招待だったのではないか。そう思われた。




