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『まず、先日の非礼をお詫びさせて下さい。とても生意気な態度だったと深く反省しております。
それに、厚かましくもありました。信じていただけないでしょうけれど、紳士の方を追いかけて詰問するのはあれが初めてです。緊急事態だと思ってしまったので。普段はそんなことは決してありません。
あの時あなたはご不快そうには見えませんでした。今もそうでないとよろしいのですけれど。もしわたしの行動でご機嫌を損ねてしまったのでしたら、申し訳なく思います。親切にして下さったのに、勝手な深読みで手を引っかれたようなものですもの。感謝こそすれ、なじるようなことを申し上げるのは、全くの筋違いでした。ただ恥入っております。
そして、そちら様との契約の件です。まだお気持ちはお変わりないでしょうか? 従来通り契約を続けさせていただきたいと思っております。もし再考をなさりたいのであれば、お知らせ下さいませ。遅いかもしれませんが、お詫びとご説明に伺わせていただきたいのです。
リゼ・カンパネラ』
リゼはエルへ謝罪の手紙を書いた。『オレアンダー・ホテル』に宛てた。契約の件が絡むから妥当だと思った。そもそも彼の住まいを知らない。
詫びに行こうか迷ったが、止めておいた。再び彼の時間を奪うことになるし、リゼも顔を合わせるのはまだためらわれた。
手紙を出してしまってから礼を書いていないことに気づいた。唇を噛んだがもう遅い。「僕など利用すればいい」。と些細なことにはこだわらない気性のようでもある。
(お礼なんて望んでいないようだけれど)
次回機会があれば、と追って手紙を出すのも止めた。涼しい容貌はやや冷たくも感じられ、取りつきにくい印象だ。
それが片づけば、すぐにテリアとの約束の晩餐が迫ってきた。見映えのする献立をメイドと考えた。リゼ一人分を作るだけでは腕が鈍るようだ。料理上手なメイドは珍しいお客が来るのを喜んでくれた。
当日テリアは花を持って現れた。大学に通ういつもの身なりではなく晩餐用に礼服をまとっていた。先着のショパン婦人は彼を見て、
「学問の人というからもっと冴えない人を連想していたわ。ごめんなさいね。素敵な人じゃない」
とリゼに囁いた。確かに水際だった紳士で男爵という爵位も似つかわしく見える。
社交的な婦人の会話もあって晩餐は和やかに進んだ。テリアも楽しげに寛いでいるようだ。彼の親戚とショパン婦人が友人というつながりも親近感を与えた。
「あなたの継がれたゼニファー家もトネルコに領地がおあり?」
「いえ。僕が継いだ男爵の家は領地はもうありません。先代が居をこちらに移してしまった。王都に屋敷と土地を持っているだけの物持ちに過ぎません」
リゼも土地と屋敷を継いだ身でその一部を人に貸し賃借料を得ている。更に工房を経営しているから暮らしに困らないが、テリアは無給に近い学者だ。それで悠々自適な生活が成り立っているのだから、裕福なのは見てとれた。
「領地の維持の苦労もなく、身軽だとご親族から羨まれているのではない?」
「とんでもない。実家まわりの人々にすれば、領地を持たないのは格が落ちるという見方です。実際、婦人のおっしゃる通りで全く田舎の偏見ですよ。むしろ家から外れたのは、学者の僕にはありがたい」
「でもご実家だもの、交流はあるのでしょう?」
「まあそれは、両親も顔を見せろと言ってきますね」
晩餐の後で居間に移りお茶を飲んだ。テリアが誘い彼の伴奏でリゼは歌を披露した。会話も弾んだが夜も更けた。辞去を告げるお客を見送り、リゼはほっと息をつく。少しの疲れはあったが心地いいものだ。
ささやかな晩餐の会を婦人もテリアも楽しんでくれたようだ。もちろんリゼ自身も。
寝室に下がる前に気づいた。来客で慌ただしく手紙を改めていなかった。しかも猫のピッピが手紙を置く盆に乗っていたからなおのことだ。縁のかじられた跡のある手紙の封を切った。
中にはカードが入っている。『オレアンダー・ホテル』で開催される朗読会への招待状だった。隅に見覚えのない筆跡で文字が綴られている。
『あなたの工房の商品を使用する最初の会です。
直に反応をご覧になってはいかがですか?
エル・ビングリー』
彼女の送った手紙に対しての返事だ。挨拶もない無駄を省いたもので、彼女が頼み込んだ契約の続行に関しての文言もない。しかしそうする必要もないのがわかる。
(良かった。怒っていない)
自然、リゼの頬がほころんだ。
火の始末をしてピッピを抱き寝室に向かう。頭に浮かぶのは朗読会に来ていくドレスだ。前の夜会用に作ったものを着ればちょうどいい。
あくびが出た。いい一日だったと思う。




