22
仕事めいた話が過ぎればブーケが話題を主導した。大人びた口ぶりは時にエルも口元を緩めている。個性を認めて好きに任せているというよりかは、おしゃまな娘の言いなりになる甘い父親のようだ。少女もそれをわかっているから振る舞いに自信がある。
リゼも過去、癖があり厳しい母親とは違い、父の前ではその絶対の愛情を信じて自由でいられた。それを幸福だったと思う。だからブーケの様子にもその幸せを見るだけだ。
微笑むリゼを前にブーケがふと神妙な顔になる。
「ミス・カンパネラは『アナベル学院』をご存知?」
リゼが答えるより先にエルの制止が入った。「ここでは止めなさい」と。娘にひたすら甘い彼には珍しい。ミス・クローバーも父と娘を交互に見て動揺している。
「……アナベル女史のフィニッシングスクールのことなら知っているわ」
アナベル女史はお王宮に長く勤めた女官で、退官後中~上流令嬢向けの花嫁学校を始めた。礼儀作法から裁縫、美術、音楽、室内装飾などを学ぶ。幾らもあるフィニッシングスクールでここが有名なのは、厳しさの他アナベル女史の見事な経歴からだった。
「わたし、そこに不合格だったの。態度が生意気でふさわしくないのだって……」
「あんな所行かなくていい。ミス・クローバーがいてくれるじゃないか」
「歩き方やダンスまではミス・クローバーには習えないもの。おつき合いで恥をかくのはわたしよ」
「まだそんな心配は早い。生徒を選り好みするような教師には学ばなくて好都合だ。寄付金も莫大であの女史はどうも胡散臭い。他でいいじゃないか」
娘を侮辱されエルは声に怒りにじませている。
「そうね、お父様がおっしゃるようにそこでなくてもいいのではない? それに奇遇ね。わたしも『アナベル学院』を落ちた口なの。入学したお友達に聞いたけれど、鞭や木の定規で叩かれるなんて当たり前らしいの。ゾッとしたわ」
リゼが不合格だったのは素養の他、当時もあった莫大な寄付金に父が難色を示したのも理由だろう。母に悔しげににらまれたのをよく覚えている。
ブーケが驚いた顔でリゼを見つめた。
「ほら、ろくでもない所じゃないか。男だって今時そんな躾けられ方はない」
「別に『アナベル学院』こだわっていたわけじゃないわ。一番有名だからだけよ。わたしのことをよく知らないのに「生意気」だって決めつけられたのが悔しかったの」
「あら、わたしは顔立ちが上品じゃないのだそうよ。聞いて母が泣いていたわ。あなたのお父様と同じで、父はそんな学校に行かなくていいと怒ってしまったけれど。今考えればとても失礼な対応ね」
「それは怒っていいわ。侮辱罪で公開鞭打ちにすべきよ。これからはブーケと呼んで下さって構わないから」
ブーケは相身互いに思うらしく頷きながらリゼの手に自分のを重ねた。
「ありがとう。わたしもリゼでお願いするわ」
「失礼だが、リゼ、あなたはどちらのフィニッシングスクールを?」
「『ハーパー・スクール』です。小さい所だけれど先生方は親切で丁寧だわ。今もおつき合いがあって工房の品を買って下さっています」
「なるほど。ブーケ、ミス・カンパネラの出られた学校はどうだ? 彼女は信用できるから、お父様は検討すべきだと思う」
「いいわ。わたしだってどうせなら優しい先生の方がいいもの。それともう不合格にされない所」
父娘の意見が合致したところで、エルはリゼに『ハーパー・スクール』への紹介を頼んだ。彼女は易く応じた。リゼは家庭教師が付いたのではなかったからブーケより幼い頃から通い出し、勉強から学んだ。
「安心してね、ミス・クローバー。わたしが『ハーパー・スクール』に通い出しても、あなたは必要な人よ。お勉強とピアノはこれからもあなたから教わるつもり。お父様にも言っておくわ」
本来なら少女の母親格の人が口にすべき言葉だった。本人から聞くことでそのおませ振りが引き立つ。大人たちは笑った。
お茶を終え、ロビーに出ると父娘に遅れてリゼとミス・クローバーが並んだ。
「よろしかったですわ。お嬢様、不合格だったので落ち込んでいらっしゃったから。『ハーパー・スクール』のお話が出てほっとしました。旦那様もご不快なのはおわかりでしょ。お邸内はぴりぴりしていましたわ」
「お役に立てて良かったですわ」
「父娘のみのご家庭では緩衝的な役割がいないので、ちょっとしたことで雰囲気が重くなりがちですわね。わたしは家族でないのであまり口幅ったくでしゃばれませんし」
「え」
リゼは一瞬ぽかんと口を開けた。その様子にミス・クローバーは薄く笑った。知らなかったのがおかしいように見えた。
「あら、ビングリー様の奥様はいらっしゃらないのですよ」




