chap.11 手向けの灯火
気がつくと――目の前には、人間だったものが転がっていた。
他にも、似たようなものが転がっている。それこそ、この地を埋めるが如く。
その男が訪れたどの星の知的生命体も、血の色は同じであった。
男は、自らの手に握られていたものを見た。
美しかった銀色は、吐き気を催す赤に染まっている。
男の仕事は、戦場を芸術で彩ることだ。
芸術と言えば聞こえはいいが、一生命体としての道を爆撃で焼き払ったかのような、それはもう、醜いものである。
血の海こそが彼のキャンバスであり、臓物こそが彼の画材である。
戦場の最前線にほど近い、敵勢力に加担した村々は漏れなく彼の作品の一部となった。
男も女も関係はなく。老いも幼きも関係はなく。
無慈悲に生命を、残酷なまでに平等に。
男は、芸術を生業としていた。故に、彼に公の罪は存在しない。
罪があるとすれば、それは時勢か運命か、それとも神か。
だが、倫理というものは本能より来るものであり、食欲や性欲と同じく抗うに能わないものである。彼が自ら架した罪は彼の首を淡々と締めた。
故に、男はいつしか、人を人たらしめる心の枷を壊した。
「いや――たぶん、そうじゃない」
男は涙を流し、そう呟いた。
「壊れているのは、私であって、俺じゃない」
「私は俺を救うためにある」
「だが俺は私を許せない」
「私は私を救うためにある」
「俺は俺を殺すためにある」
「なら死ね。私/俺のために」
男は赤子の首を踏み潰した。
†
「ッ! ……フラッシュバックしてきやがった」
闇夜に紛れ影に潜むその男は、ニヤつきの離れない顔を珍しくいびつに歪めた。
「しっかりしやがれ――私。今夜の素材は上玉だってんだからよォ」
スマートデバイスを取り出し、画面に標的の情報を表示する。男は、まるで恋人の過去を覗き見るような、艶めかしい目線でもって再度目を通す。
「ヴァルター"ヴェノム"・ペッシェル。大戦時の影の英雄サマが軍事顧問に、か。ヒッ、ヒヒッ」
第5区画:第一企業街の一角。建ち並ぶ特殊強化ガラスに覆われたビル群の隙間に、ヴァルターはタバコを吸いにと吸い込まれていく。
「いらっしゃっタ」
男は吐き捨てるように呟くと、ビルの隙間に屋上から飛び込み、壁を蹴って加速し、その凶刃を突き立てた。
――だが、その刃は届かない。
男は背後に迫る、自らを狙う第三者の殺気を感じると、手に持つ無骨でありながら洗練された曲線の刃――プログレッシヴ・マチェーテを操り、強烈な斬撃を火花を散らしいなす。
次の瞬間、腹部に穿くような蹴りを喰らい、男は路地の闇から弾き出された。
不格好な体制で不意打ちを受けたことが仇となり、隙を生んだのだ。
「畜生ァ! あの情報屋! 私をハメやがったってのか!?」
見れば、街路灯とビルより漏れ出づる光によって照らされた着物姿に袴とブーツを履いた若い女が、通りと路地の境界に佇んでいる。
周囲に人の気配はなく、人払いは済まされた。
女――アゲハが、覇気に満ち満ちた声でもって告げる。
「汝、アーロン・リーヴィーには、EOW統治局より"処理"判定が下された! お生命頂戴致す! 己が罪を悔いて死になさい!」
「ヒッ、ヒヒヒヒヒヒヒヒャアッハッハハハハ!! 面白いじゃなァのお嬢サン! ハジメまして、そしてェ! さよォならァ!」
ロングマガジンをねじ込まれたハンドガンがフルオートで弾丸を吐き出すようにバラ撒く。
「(思考加速)」
アゲハは高周波ブレードを最小限の動きでもって操り、機関銃のような突きでもって弾幕の弾道を捻じ曲げる。
ギャリギャリと甲高い音を立て火花を散らし、彼女は橙色に照らされた。
マガジン内の弾丸が尽きスライドがホールドオープンした途端、アゲハは斥力放射脚装具――Λブーツと人造筋肉による跳躍力をもって踏み込み、間合いを一瞬にして詰め、袈裟斬りにかかる。
殺意に煌めく刃と刃が交わり、斬撃は受けられる。が、その踏み込みと刃の勢いによる重さは、アーロンを再び後方へと弾き飛ばした。
アーロンは飛ばされながらも、左腕に内蔵された仕込み銃を展開し、弾丸をバラ撒く。不安定な体勢故狙いは甘かったが、突き飛ばしにより構えを崩したアゲハの頬を切るには充分であった。
「オイオイお嬢ちゃん。年頃の娘がしちゃいけねェ面してんなァ」
「そんなはずはないでしょう。私は恋をしているのだから」
「ほう、何にサ」
「――戦場に」
アゲハは頬を伝う血を舐めとる。その仄暗い影にギラついて光る目は、殺意を微塵も隠そうとはしない。
「そいつァ素敵なこって」
空気の壁を突き破り、アゲハが跳躍する。ビルを保護補強する微弱な斥力場を足場にし、ビルの四階ほどの高さの壁を蹴り、空中から重力加速を乗せて閃光が如く斬りかかる。
だが、斬撃は躱され残像を裂いた。アーロンもまたΛブーツと機械化された肉体を駆使し、立体機動戦闘へと移る。
ピンボールの玉のようにビルの壁に靴底を反発させ勢いのままマチェーテを振るう。振るわれた刃はアスファルトを切り裂き大きな傷を抉り描いた。
一瞬たりともまともな姿を捉えさせないような超高速の近接戦闘。二人は燕のように大通りの上を跳び回り、弾丸の介在し得ない剣戟の応酬を交わし続ける。
喧騒の消えた夜の街に、金属音と火花が激しく弾け溢れる殺意を撒き散らす。
一秒に満たぬ鍔迫り合い、掠めては鋭く傷を浮かべ迸る血液。
度重なる空中での斬り合いは双方に傷を生み、血風はより勢いを増した。
アーロンは路上に駐車されていた車両のすぐ横に着地し、車両を持ち上げて盾とすることでアゲハの飛び蹴りを受け止めた。
アゲハが飛び退くと同時に車両を蹴り飛ばす。緩やかな質量弾と化した車両を、アゲハは一太刀で両断する。
「――眠れ、切り裂き女」
「貴様ッ――!!」
両断された車両は、アーロンの投げ込んだグレネードの作動と共に爆発した。閃光発音筒と発煙筒までも仕込んだのか、尋常でない光と音、そして煙が撒き散らされアゲハの視界を遮る。
『チ、姑息な真似を! グレン殿! ヤツは!?』
罠に気づき路面と壁を蹴って再度空へと舞い上がったアゲハは、間一髪で爆発から逃れていた。
しかし、アーロンの最大目標である戦闘からの離脱は、感覚を奪われた一瞬の内にその完遂を許してしまった。
数秒前まで激しく刃を交えた殺人鬼の姿は、既に闇に溶け消えている。
『逃走した。Λブーツの高速機動だ。追いつけない』
壁を駆け上がりビルの屋上から周囲を見渡すが、これも意味を成さない。
聞こえるのは、轟々と燃え盛る炎の音のみであった。
†
戦闘発生地点から数キロ離れたビルのルーフフロア。逃走し姿を消したアーロンは、刀傷だらけの体で佇んでいた。
左腕の仕込み銃は弾切れ。マガジンは残っているが、ハンドガンは落としてきた。が、マチェーテは手に握られている。
左腕をマチェーテで抉り、非常時の措置としてマガジンを突き立てる。邪魔な手首から先は切り落とし、左腕は完全な銃となった。
ふらふらと垂れ下がった人工皮膚が生々しい。
薬室に弾を送ると、背後に気配を感じた。
「やあ、元気そうだネ」
その声に振り返ると、背後、10メートルほど先にヴァルターが立っていた。
「チ――!」
仕込み銃を向け、様子を見る。相手は手練であり、下手に発砲しようものなら即座に死に喉を喰い破られることは明白であった。
「落ち着いて、よく見なさい。ホラ、私、丸腰だよネ?」
ヴァルターがひらひらと両手を振る。
「で、まんまとハメられた私になにしようってんだ、ジジイ」
「少しばかり、お話を」
ヴァルターはニッコリと微笑み、煙草に火を点けた。
「最近知り合ったヒトに君の知り合いがいてネ。いや、何度か会っただけだそうなんだがネ、二度目に会ったときは、別人かと思った、と言っていたヨ」
「それがなんだってんだ?」
「君は、仮面か? 本人か?」
「答える義理はねェが……そうさなァ、私は俺のために存る、ってコトだ」
「……そうか。答えてくれてありがとう。ああ、生憎、私は器用でなくてネ。こと精神面には何も手立てがなかった――許して欲しい」
ヴァルターは煙草を左手に持ち、口から煙を逃すと右手を肩の位置まで上げた。
アーロンは一瞬、絶望に顔を歪ませる。だが、次の瞬間には、どこか諦めたような、かつ、何かに満足したような、安心したような、安らかな顔を見せた。
「君の死が、悲劇でないことを願う」
右手の指を、パチン、と鳴らす。
アーロンは力なく膝から崩れ落ち、跪く。
彼の首は、ぬるりとずれるようにして地に落ちた。
ヴァルターはゆっくりと歩み寄る。
彼は生きているかのような死に顔の瞼を撫でるように閉じると、煙草をそっと咥えさせた。




