chap.10 ジャック・ポット
スターダスト・カジノ&リゾート。
訪れた人々の一攫千金の夢が、星屑の如く激しく輝き燃え尽きてゆく欲望の坩堝。
創業以来受け継がれてきた伝統的とも言えるスタイルの、赤を基調とした高級感溢れる内装は、訪れる者の射幸心を残酷なまでに掻き立てる。
デジタル化が進み空間投影技術までもが一般化した現在においても、このアダルトな遊戯はアナログなトランプという実体ある道具を失ってはいなかった。
現在は、カードに埋め込まれたICチップを利用し、不正の防止と共にアナログとデジタルの融合した立体映像による華やかな演出で、ゲームの場を盛り上げている。
フロアの一角、テキサスホールデム・ポーカーのテーブルに、その男の姿はあった。
そしてその男は隣にいる少々場違いにも感じるオレンジ色の髪の少女と共に、なかなか見られないようなチップの山を築いている。
ディーラーはわけがわからないといった表情でひたすらに不正を探すが、カードのICは淡々と彼らの正当性を告げていた。
彼らに勝負を挑んだ勝負好きな他のプレイヤーは発達しきったシステムが吐き出す結果のせいで、搾れるだけ搾り取られた今も苦笑いを浮かべることしかできない。
「さあ、次のゲームを始めようじゃないか」
「そうですヨ! ほらほら! ディーラーさん!」
「え、ええ……わかりました。では」
額に冷や汗を浮かべながら、ディーラーがカードを配る。ディーラーが最終的に損をすることは滅多にないのだが、ここまでの異常事態にはベテランの彼も困惑を隠せない。
席に座っていた他のプレイヤーはいつの間にか席を立ち、観戦モードに入っている。
二人に手持ちの二枚が配られると、両者とも不自然な程に落ち着いた動作でカードを見た。二人は強制掛け金をボードに出す。
ここで、ディーラーが余興のためにフォールド。残るプレイヤーは二人。一対一の勝負となった。
共有共通の三枚がオープンされる。
カードは、スペードのK、クラブのA、ハートの6。
少女は、自らのカードを再度確認する。手持ちは、ハートの3とダイヤのA。既にワンペアが確定している。
「チェックで」
「私も、チェックだ」
両者ともに掛け金は乗せず。
ラウンドは四枚目の開示に進む。コミュニティカードが追加され、オープン。
スペードの6。
「(これでツーペア……! よし、ちょっとカマかけてみますかね)ベットで」
「ふむ、コールだ」
「(コール……またビミョーに読みづらい。ってか本当に読めない、このオヤジ!)」
「(向こうのテーブルのレディ、胸元がとってもセクシー……良いバストをお持ちですナ)」
お互いに微笑のまま表情を崩さず、見えない仮面を貼り付けたままゲームは進む。
ラウンドは五枚目の開示に進む。最後のコミュニティカードが開示され、水面下での勝敗は決した。
カードは、スペードのA。
「(うおおおおおおっしゃああああああああフルハウス! フルハウスですヨ!! 激アツキタコレェ!)……ベットで」
「……レイズだ」
「(ふ、甘いですヨ。コミュニティに並びがなくてウチがフルハウス。この時点で勝ちは確定したようなもの。上げてきたということはおそらくスペードの柄揃え辺りでしょう。まだまだ!)リレイズで」
その言葉を聞いた男は、小さく舌なめずりをすると手元のチップの山に、静かに手を添えた。
「全掛けだ」
既にゲームを下りたディーラーとギャラリーは目を丸くした。ここで負ければこれまでの勝利を水泡に帰すことになる。当たり前だが、元手は失い、利はマイナスだ。
「(なん……だと……!? ヤツとてここまで稼いだ猛者。こちらの手の内は読まれていると考えていいハズッ! なのに、オール・インだって……!? まさか……まさか、6のフォーカード……!!? ん!? 表情を変えた!? あの余裕の表情……まるで獲物を捉えた獣のような……いや、ブラフなのかも!? ああもうわかんなくなってきた!)」
「(あのウェイターの娘! いいヒップをしている……ボリュームがありながら、それでいて引き締まっていて、さらにタイトな黒のスカートでラインが強調されて……Fantastic)」
「(いったい何を考えてるの!? このオヤジ! だめだ! ……勝てない)フォールド、です」
「え?」
「え?」
卓の上でラウンドを表示していた立体映像の文字が赤の太字を金で縁取りした『Show Down』の文字に切り替わる。
公開された男の手札は、華やかな立体映像の演出と共にツーペアを指し示した。
「だっ、騙されたあああああああああ!?」
ギャラリーから歓声が湧き、拍手が贈られる。
傍から見れば、壮絶な読み合いが行われていたように見えた一局であった。
「はっはっは、今日はツイてるナ。思い切ってみるものだ。君の手は……フルハウスだネ?」
「さいです」
「良い腕だったヨ。最後はちょっとズルか」
スッパァン! と爽快な破裂音がカジノに響いた。
アゲハに容赦なく振るわれた特大のハリセンが、ヴァルターの頭に盛大に炸裂した音だ。
「おんどりゃなにしとんねんワレェ!!」
「口調!? いや、ちょっと情報収集をネ?」
「どう見てもただ遊んでいただけでしょう!」
「ウェイト! 振りかぶらない! けっこう痛いんだソレ!? ほら、彼女! ほら!」
アゲハが視線を誘導された先には、先程大敗を喫した少女。
「フラン殿ではないか。あぁ、情報屋から。そういうことね。って納得できるかァ!」
「勝負に勝ったらサービスするって……ネ?」
「そういうことです。代金はさっきの勝負で私が失ったぶんのチップで結構ですヨ?」
「フラン殿、ハリセンを喰らったことは?」
「んー、ありませんね」
スパァン! とまたも爽快な音が、フロア全体の喧騒を切り裂いて響き渡った。
†
スターダスト・カジノ&リゾートには、リゾートと付くだけありホテルやレストラン、プールやエステ等々、様々な施設が入っている。
高級なレストランはドレスコードに引っかかったため、フランらはカジノに併設された安めの(それでも相場より値は張る)レストランに入り、席をとっていた。
「トレイラー氏、でしたね。彼、射手としてはもちろん、指揮官としても成果を挙げていたことは……まあ知ってますね?」
そう語り始めたフランは、先程とは異なり少しだけ真面目な面持ちである。
「ああ」と答え、ヴァルターは腕を組み、目を閉じて耳を澄ませた。
「彼、結果のためには手段を選ばないらしく、ゲドーもゲドーのエグいことやってたらしいです。非戦闘員とかお構いナシ。で、当然事実は闇の中。ぶっちゃけ殺されて当然ってカンジです。武勇伝みたいに酔った勢いであっちのバーで漏らしてたそうですヨ」
そう言ったフランは自らの持つ事実の情報を思い返し、気分を悪くして一呼吸を置いた。
「もう一つ。最近、彼と似たような軍人やら傭兵やらがポツポツと姿を見せなくなってるって話です。どこに行ったんでしょうね? ……とまぁ、そんな具合です。聞き出すためにそれなりにゲームして仲良くなるの大変だったんですヨ? 気がついたら儲かってましたけど」
「フラン殿はヤリ手と聞いていたが……見上げた根性と言うべきなんでしょうね。このボンクラと違って」
「そんな褒められると困っちゃいますヨ」
「ここの従業員はそこそこ口が固いからネ。ま、進展があっただけ良いじゃないか」
「お役に立てたようで何よりです! まいど!」
事実として成果を挙げたヴァルターは悪びれもせず、本日の収益を舐めるように見ながら脚を組みくつろいでいる。
彼のスマートデバイスに表示された電子財布の爆発的に増えた残高を尻目にアゲハは溜息を吐き、アイスティーに刺さったストローを咥えた。
すると、グレンから通信が入る。
『お二人さん、そっちの収穫は?』
『おおグレン君。そりゃあもうガッポリ』
『二つの意味で、な』
『あとで一杯奢ってもらっても?』
『ゲームに勝ったら考えてやろう。で、君は?』
『条件の該当者を見つけました。コイツも第二次宇宙世界大戦の関係者でして……情報の並列化に移りますよ』
ネットワークを介しリンクしたそれぞれのCBが情報を共有し、記憶野の内で記憶情報をデータとして統合・複製。視覚内ウィンドウに表示する。
僅か数秒の内に、事件に関する情報は完璧に共有された。
ヴァルターが整えられた顎髭を撫で始める。
「なるほど……しかし、これでは被害者の関連性は……目的はなんだ? それに、この経歴。だが、まあ良い。我々の目的は殺人犯の排除だ。成すべきことは決まった」
言葉を発しながら、ヴァルターは目の色を変え、狩人の目となる。
アゲハは先程までの呆けた表情から一変し、武士の一面を表に出しつつ、その名を小さく呟いた。
「戦場の……切り裂き男」
†
「こんばんは、殺人鬼さん」
「……?」
「ちょっと美味しい情報、要りませんか?」




